もはや悪感情でなければなんでもいいです
洞窟の奥に進むにつれて闇が深さを増した気がする。最初から真っ暗で何も見えなかったけれど、慣れればうっすら至近距離にいるジュニアスの顔くらいはわかったのに、今はそれさえ見えない。
縦抱きにされていなかったら進むべき方向も見失っていた気がする。それなのに迷いなくズンズン進むこの二人は少し暗くなってきた程度だという。嘘でしょ……。
「アレ」
「え? どうしましたか、ジュニアス?」
突然、歩みを止めたジュニアスが一言ポツリと呟いた。アレ、ということは何かを指差していたりするのだろうか。
……何もわからない。きっと二人は、キョロキョロしながら見当違いの場所を見ている私が滑稽に見えるだろうなぁ。
「指差しても見えてないよ、エマサンには。当然、アレも見えてないでしょ」
はい、ギディオンその通り! なんにも見えていません!
そっか、やっぱりジュニアスが何かを指差しているんだね。言葉が単語なので解読が難しいけど、ちょっとだけ察せて良かった。あまり意味は成していないけれど。
「ギディオン、アレとはなんですか?」
とにかく、聞いてみないとね。視覚に頼れないんだから仕方ない。
「洞窟の最奥にねぇ、石碑があるんだ。あれにジーノは封印されているよ」
「もうついたんですね! じゃあ早速、石碑に触れて……」
「た、だ、し」
意外にも早く目的地に着けたらしいことに安堵した私が喜び勇んでそう言うと、ギディオンがそれを遮りながら愉快そうに告げた。
「手前にウヨウヨいるんだよねぇ。禍獣が」
「ええっ!?」
か、禍獣がいるの!? こんな洞窟の中にまでっ!? で、でもこういうところに負のオーラが溜まりやすいってマティアスが言っていたっけ。禍獣がいてもおかしくはないんだ……。
でも、それにしては二人とも落ち着いているよね。それに、襲ってくるわけじゃないみたいだし。え、襲って、こないよ、ねぇ?
「あの禍獣はコウモリ型だ。今は寝ているみたいだよぉ。音を立てずに近付いて石碑に触れるしかないねぇ」
「で、でも、封印を解いたらすごい風が起きますし、起きてしまうのでは……」
「そうなったら倒すしかないねぇ。あ、僕は自分の身を守るので精一杯なんで。ジュニアスがエマサンを守ってよ? マティアスに頼まれているでしょ」
参考までに、どのくらいその禍獣がいるのかを聞いてみたら「いっぱい」というアバウトかつ知りたくなかった情報を教えてくれました。
うじゃうじゃいる系のヤツだぁぁぁっ! そこまで強くない個体だとはいうけれど、集団の力はやっぱり怖いし気持ち悪い……!
封印を解く時は風で近付いては来られないだろうけど、それが収まった時のことを考えたくない!
これはジーノが解放されてものんびりと事情の説明をしている暇はなさそう……!
「よ、よろしくお願いしますジュニアス。私は恐らく、どんなに弱い個体でも禍獣に触れるだけで致命的だと、思いますので……」
「……承知」
そこはかとなく呆れられたような雰囲気を感じたけれど、ここで強がったってなんの意味もない。自分の身を守るためにも、いや守ってもらうためにも正直にお願いするのが一番だよね。ほんと、すみません。
「きっと、本当に私は足手纏いにしかならないので。解放したら全速力で洞窟から出るのがいいと思うんですが……どうでしょう?」
「それしかないねぇ」
「ただ、ジーノに説明する暇があるかどうか」
それだけが気掛かりだ。だって、解放された直後に弱い個体とはいえコウモリ型の禍獣に襲われてしまうかもしれないんだもの。
「平気」
「えっ」
だけど、そんな心配をしているのは私だけの様子。ジュニアスが迷いなくそう言い、ギディオンはククッと喉の奥で笑った。あ、あれ? いいのかな?
「ヒヒヒッ、解放されたばかりのジーノより遥かにエマサンの方が死ぬ確率高いから。そんなヨワヨワに心配されてジーノはさぞ屈辱だろうねぇ。なかなかいい嫌がらせだ。やるじゃないか」
「も、申し訳ありませんでしたっ! もう言いません!」
心の底から反省します。ギディオンの言い方はちょっとアレだけど、確かに私なんかに心配されたくはないよね。それは本当にその通りだと思う。
「……さぁて。ここからはあまり大きな声を出したらダメだ。僕はここで待機しているから、二人は解放してきてよ」
急にギディオンの声に緊張感が走る。いつものらりくらりとしている彼がここまで緊張感を漂わせているのだから、本当に危険なんだってわかる。き、緊張してきた。
私が身体を硬直させていると、ふいに背中をさすられるのを感じた。
「平気」
「え、あ、ありがとうございます……」
その手は当然ジュニアスのものだったので、戸惑いながらもお礼を告げる。マティアスにしか興味がない様子だったのにまさかの気遣い。
「ヒヒッ、エマサンはジュニアスにとって小動物枠に入ったようだ!」
「小動物……」
なんでも、彼は小さい動物が好きらしい。カタカタと震える私が小動物のように感じたのかな……。
心底、愉快そうに笑うギディオンの声を聞きながら、複雑な心境になりました。
ま、まぁ悪感情を向けられるよりはずっといいよね! ま、前向きに捉えようね! ね!