聖女には特別な力がある、のかもしれません
翌日は朝早くに目が覚めた。まだ外は暗い時間帯だろう。素早く身支度をして、朝食はしっかりと食べる。
だって、今日はいよいよさらに二人の幻獣人を解放するんだから。昨日のアンドリューの話から、国王軍との戦闘が待っているかもしれないわけだし、せめて体調は万全にしておかないと。
「お前ら、エマ様に傷一つつけんじゃねーぞ」
「あら、誰に言っているのかしらシルヴィオ? なんならまずはアンタを捻り潰して証明しましょうか? アタシがどれだけ強いかってこと」
「ヒヒッ、怖いねぇ。僕がいなきゃ、死んじゃうってのに、偉そうな態度とっていいのかい?」
ただ、彼らの仲はいつも以上にピリピリしております……。まだ出発前なのにっ!! オラオラモードのシルヴィオは手が付けられないよぅ。
「答えになってねぇんだよ! エマ様を死ぬ気で守ると誓えねーなら表に出ろや、蹴り飛ばしてやる」
「あらあら、準備運動にちょうどいいかしらねぇ」
「聞いてないでしょ? 僕の言っていたことは聞いていないでしょ? はーあ、血気盛んな武闘派にはついていけないな。でも、二人の殴り合いは見てみたいねぇ」
ぎ、ギディオンが押されている……? これは貴重かも。ってそうじゃない。無駄な体力も時間も使っている場合じゃないのだから。
止められないだなんて弱音を吐いていてはダメなんだよね。ゆ、勇気を出すのよ、エマっ! 私は大きく深呼吸を繰り返した。
「す、ストップですよ! シルヴィオ、マティアス! それにギディオンも、不穏なことを言って火に油を注ぐのはやめてくださいーっ!」
半分ヤケになりつつ涙目で叫ぶと、ようやくシルヴィオが通常モードに戻り、他の二人も興が削がれたと言った様子で互いに顔を逸らしてくれた。
よ、よかった……。ああ、朝からドッと疲れました。精神的に。
どうにかこうにか喧嘩を止め、カノアにドアを出してもらうようにお願いする。眠そうを通り越してまだ半分以上夢の中にいるカノアも心配だったけど、ちゃんとコクへと繋がるドアを出してくれた。
うん、もうベッドに戻っていいよ。ゆっくり休んでください。
「では、行ってきますね!」
「ああ、エマ様! どうかご無事でーっ!!」
シルヴィオの声を背中で聞きながら、私はマティアスとギディオンを引きずるようにドアを通り抜けた。
だって、これ以上この三人が近くにいたらまた喧嘩が始まりそうだったから! はぁ、やっとここまで来られた!
「うっ、わ……」
と、安心するのはまだ早かった。というより、油断していたとも言う。
ドアから一歩外に出た瞬間、急に立っていられないほどの眩暈を感じてよろけてしまった。な、何? 急に苦しく……!
「あーあー、そんなに急いで出るから。まだ毒から身を守る膜で覆っていないのに」
倒れかけた私を、どうやらギディオンが支えてくれたらしい。ニヤニヤとした口調と口元とは裏腹に、抱きとめてくれた腕はどことなく気遣いを感じる。
線が細くて色白のギディオンだけど、骨ばった手といい力強さといい、男の人なんだなって実感した。
「ちょっと失礼」
「え? あ、えっ!?」
ぼんやりとしてる間に、ギディオンが突然私の額に唇を当てた。な、何ごと!? と動揺したのも束の間、フッと身体が軽くなっていくのを感じる。
もしかして、解毒してくれたのかな? ああ、楽になってきたぁ。
「人間って本当に弱いのね。特にアンタが、かもしれないけれど。マリエは数十秒くらいは耐えていたもの」
「面目ないです……」
身体が楽になったところで自分の足でしっかり立つ。それと同時に謝罪する私。締まらない……!
「ギディオンも、ありがとうございます」
「ヒヒッ、これもオシゴトだから仕方なく。だって、聖女サンがいなきゃここに来た意味もなくなるだろ? 無駄足になるのはごめんだね」
い、言い方は相変わらずだけど、ギディオンが言っていることは事実なので嫌味は聞き流すことにします。完全に、慌ててドアの外に出た私が悪いのだもの。
けど、すんなり受け止めた私の反応はどうもギディオンのお気に召すものではなかったらしく、つまらなそうに先に歩いて行ってしまった。
そうだった、嫌がる顔が好きなんでしたっけね……。
ここからはまず、幻獣人が封印されているらしい場所に向かうという。ジュニアスとジーノだったよね。どちらがどちらに封印されているかはわからないけど、二つの場所はなんとなくわかるとのこと。
私はその場所に到着するまではただの役立たずなので黙ってついていくことに。……でも、少し気になっていることがあるので思い切ってマティアスに聞いてみることにした。彼ならまだ話しかけやすいから……!
でも、聞いてもいいですか? という問いかけにさっさと内容を言いなさいよ、と返されたので早速心が折れそうです。うっ、ま、負けないで私っ!
「え、えっと。マリエちゃんは、禍獣の王やあなたたちを封印したんですよね。その、聖女って特別な力を使えるものなんですか? 私には使えないから……」
話を聞いた時からずっと気になっていたことなんだよね。マリエちゃんだって同じ日本人なのだから、すごい力なんて使えなかったはず。それなのに、封印という力がここでは使えたっていうのが不思議で。
すると、マティアスはチラッとこちらに視線を落として小さくため息を吐く。ご、ごめんなさい! と謝りかけて言葉はギリギリのところで飲み込んだ。セーフ。
「聖女のことなんかアタシにはわからないわよ。ただ事実として、マリエは禍獣退治の時もかなり役立ったわね」
「えっ、禍獣の退治もしたんですか!?」
すごい! 私なんて、怖くて少しも動けなくなるのに! 完全なお荷物である私とは大違いだ。
あ、たぶんマティアスもそう思っていますよね。役に立たなくて申し訳ありません……。
「ヒヒッ、退治とは違うねぇ。一時的に禍獣を封印するだけだろ」
そこへ、話を聞いていたらしいギディオンが口を挟む。
今日は私への制限が特にないので自由におしゃべりが出来るギディオン。危うくシルヴィオがまた同じ誓いをさせようとしたので止めたのだ。だって、いざという時に困るかもしれないと思って。
「あら。それでもなかなか便利だったわよ。マリエの力は錠をかける力。つまり封印ね。だから敵の動きを止めることで戦いに貢献してくれたってわけ」
な、なるほど。確かにそれは便利だ。それに、逃げる時間も作れるからすごく助かるよね!
マリエちゃんはすごいなぁ。まさしく聖女って感じ。
……私にも、何か出来たりするのかな? 想像もつかないけれど。でも出来るのなら、力になれることがあるなら全て試したいって思う。
私はドキドキしながら質問を続けた。




