全力でやる覚悟は出来ています
自分がこれから禍獣の王と封印されなければならない状況だというのに、どうして他の人のことばかり考えるんだろうなぁ、マリエちゃんは。
そこがらしいといえばらしいわけだし、その優しさに甘えきっていたのは他ならぬ私なのだけれど。
「私は、マリエを励ましていたつもりはなかったのだが……知らぬうちに彼女の助けとなれていたのだと知った。だから今度こそは、自らの意思で聖女様の力になろうと決めていた」
溺れていた私を助けてくれた時のことを思い出す。そうだ、アンドリューは出会ったその瞬間からずっと親切だった。どうして見ず知らずの私に優しくしてくれるのかって不思議だった。聖女だと言われた後は、そのせいかと納得もいたのだけれど……。
そっか。マリエちゃんとの約束を守ろうとしてくれていたんだね。自分の意思で、私の助けになろうと一生懸命だったんだ。
私自身は後ろ向きだし、聖女なんてやらないって言い続けていた嫌なヤツだったと思う。だから、どうしてそこまでこんな嫌な相手に優しく出来るのかって不思議だったのだけど、ようやく納得出来た。
そしてますます申し訳なく……! ワガママばっかりでごめんなさい。
「禍獣の王と封印されることを決めたマリエはさぞ恐ろしかったことだろう。彼女の覚悟を思えば現国王に変わって私が国を引っ張ることなど、些細なことだ」
アンドリューはギュッと拳を握って悔しそうに俯いた。十分すごい覚悟だよ。アンドリューだってえらい。
でもやっぱりすごいなぁ、マリエちゃんは。異世界に来て大変な目に遭っていても変わらず優しくて、強くて。弱さを人に見せなかったのだろうな。
そんな性格にさせたのは私かもしれない。私が頼りないから、弱気を人に見せられなくなったのかも。
「……必ず、マリエちゃんを救いましょう、アンドリュー。私たちは、ずっとマリエちゃんに助けてもらってばかりみたいですから」
「エマ……。ああ、そうだな」
私も強くならなきゃ。次に会った時、マリエちゃんが安心して泣いてくれるように。ずっと辛かったね、ありがとうって笑顔で言えるように。自信なんかないけど、やらなきゃ。
「話が逸れたが。つまり、今後はますます現国王派、禍獣の王が妨害してくるだろうことが予想される。魔石の魔力補充や各地の禍獣討伐も引き続きやってもらいたいが……エマの守りを優先したい」
「で、ではオレも一緒に……!」
「とはいえ! あまり人数が多いと動きがバレて余計に狙われかねない」
アンドリューの言葉に食い気味に重ねてきたシルヴィオだったけど、さらに重ねるように告げられたアンドリューの言葉に口を尖らせている。な、なんか本当にごめんね。
「とはいえ、相手も幻獣人を解放することくらいは把握しているだろう。残る場所はコクとオウの二カ所。コクにもそれなりの戦力が集まっているかもしれない」
「それって、言うなれば最後のオウに行くときは国王軍と総力戦になるということですか?」
告げられた現実に、背筋が凍る。
そ、そっか。これまでは単純に国王様の地位が脅かされる恐れがあるから、私は狙われているのだと思っていたけど……。禍獣の王に操られていると知った今、目的は聖女と幻獣人を潰すこと。
少なくとも禍獣の王との戦い前に、戦力を削いでおきたいと考えていてもおかしくない。っていうか、考えるはず。
「あ、あれ? そういえば、国王派は魔石に魔力を補充する道具が完成間近とか、そういう話じゃありませんでしたっけ……?」
確か、それがあるから空の魔石に魔力補充が出来る幻獣人が邪魔だったって話を聞いた気がするんだけど。
「そうだな。私も調べてはみたんだが、巧妙に隠されているのかその道具については何もわからなくてな。もしくは……」
眉間にシワを寄せながら教えてくれたアンドリューの言葉を、シルヴィオが引き継ぐ。
「そもそも、そんな道具など作っていないか、ですね?」
えっ、それって……どういうこと? 国民の間で噂されていたんだよね? それが嘘だったってこと?
希望だけ持たせるような噂を流すなんて……! この国に住む人たちの心情を思うとやり切れない。
だって、いつか魔石に魔力が補充されるからと思って、大事な魔石を渡していただろうに。教会のみんなだってそう。結界の魔石だっていつ魔力が切れるかってビクビクしながら、それでもいつかはって希望に縋って生きていたのに。
本当に、幻獣人を解放して良かったな。おかげで魔力の補充が出来るようになったのだから。もう二度と、封印しなくて済む世の中になればいいのに……。
「ああ、そうだな。だが使える魔石を大量に集めていたのは事実だ。それがどこで使われているのかも一切見えなかった。一体に何に使うつもりなのか……その辺りも何かあると思って警戒しておいてほしい」
大量の魔石を何に使うか、か。禍獣の王の意図だとすると、普通に考えたら幻獣人たちを倒すための何か、だよね。禍獣の王にとって邪魔なのは幻獣人たちだもの。そして、聖女である私も。
それを思うと、すごく怖い。戦争なんて遠い過去の話だと思って生きてきた、平和ボケした私は震えることしか出来ない。
自分で自分を抱き締めるように腕を抱えていると、フワリとシルヴィオの腕が私の肩に回される。それから彼はそっと抱き寄せてくれた。私を安心させるように、とんとんと肩を優しく叩いて。
「たとえばオレたちを消すための兵器だったとしても、魔力の塊で作られた道具なんかでやられるほどヤワじゃありませんよ。貴女のことも必ず守ります。だから、そんなに不安そうな顔をしないでください、エマ様」
覗き込むように私を見たシルヴィオの目は優しく細められていた。子どもをあやすかのような温かさを感じる。
ああ、もう。私は本当にダメダメだ。覚悟を決めてもダメなまま。だけど。
「ありがとう、シルヴィオ。信じます。それに、歩みはもう止めません」
小さくても、出来ることを。みんなを信じることと諦めないことしか出来ないのなら、それを全力でやろう。そう決めたのだから。




