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この度、獣人世界に転移した普通の人間である私が、幻獣人を束ねる「鍵の聖女」に任命されました。  作者: 阿井りいあ
そろそろ腹を括って聖女を名乗らねばならないようです

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気持ちの変化がくすぐったく感じます


 さて。アンドリューも来たところで気を取り直して今後のことについて話し合います。ギディオンは外の様子を見に行ってしまったけど、後で伝えるからいいとのこと。わ、わかりましたぁ……。


「今の状況について一度、今いる幻獣人様たちと情報の共有をしようと思う。どうやら封印される前後の記憶があやふやのようだからな。おそらくだが、私が知っている状況と記憶に違いがあるようだ。そのすり合わせをしたい」


 なんでも、シルヴィオはマリエちゃんが禍獣の王と一緒に封印されたことを知らなかったみたい。そしておそらくみんなも知らないだろうとのこと。


「オレが封印されたのは幻獣人の中でも最後でしたからね。間違いないでしょう。封印をしたのはマリエ様でしたし」


 だからこそ、本当は何が起きていたのかを知っておく必要があるってことか。

 けど、そのためには一度、朝露の館に戻らないといけないわけで。でも、そうなると教会をそのままにすることになる。


 あんなことがあった後だもん。また教会が狙われてしまわないかすごく心配。


「カノアに頼めばいいのですよ。ドアを開けたままカノアを連れて来ましょう」


 私が不安を溢すと、当たり前のようにシルヴィオがそう告げた。え、カノア? 私が理解出来ていないことに気付いたのか、アンドリューが説明してくれた。


「カノアの空間魔法を使えば、教会周辺を空間ごと移動出来る。もちろん一時的に、だが。つまり、カノア以外は教会に辿りつけなくなる」

「そ、そんなことも出来……ますね。カノアですもんね」


 なんだか段々慣れてきたかもしれない。あの立派な館も別空間に移動出来るんだもの。教会に同じことをするのも出来ておかしくない。ただ、負担がなければいいけれど。


 そうと決まれば早速行動、だね。私とアンドリューでシスターに説明しにいき、シルヴィオがカノアを呼んでくる。教会が安全なら安心して作戦会議も出来るというものだ。

 シスターやカラ、子どもたちにわかるように説明するのと、疲れるから嫌だとごねるカノアのご機嫌をとるのには苦労したよ……。特にカノアの方。

 でも安全が一番だからね! 頑張りましたよー! 頑張ってくれたのは主にアンドリューだけど、なんとかなってよかった。ホッ。


 朝露の館から大きな広場を挟んで教会が立っている光景はなんだか不思議だった。そう、カノアはわざわざ館と同じ空間に移動させてくれたんだ。これならいつでも遊びに行けるでしょ? ってホールケーキを抱えるように食べながら言ってくれた。

 嫌々やってくれた割に素敵すぎる配慮をしてくれるなんて……! 私がケーキを贈りたいくらいだったよ! 贈る術がないんだけど……!


 広くなった草むらを子どもたちが大喜びで駆け回っている。不思議な空間をひたすらうっとりと眺めている子もいるみたい。その気持ち、すごくわかるよ。私もまだ慣れてないもの。


「それにしても……いいんですか? 教会の分まで食材を調達してくれるなんて」


 嬉しい気持ちはあるんだけど、素直に喜べないのはそこなんだよね。アンドリューがあっさり申し出てくれたんだけど、当然シスターも戸惑ったし遠慮した。

 けど、調達してくれないと生活が出来ないのも事実。困惑するシスターを前に、迷惑をかけたのは王家だからと笑顔で押し切ってしまったのだ。


「本来、教会に集まる子どもたちのことは、国が支えなければならない。それをこれまでずっと教会に任せっきりだったのだからな。私に今出来ることなどこのくらいしかないんだ。いつかは国が援助の体制を整えたいと思っている」


 楽しそうに笑う子どもたちを、目を細めて見ながらアンドリューは言う。そんな風に考えていたんだ……。次期国王様が頼もしくてホッとするよね。


 ……私も、だ。やらなきゃいけない。怖いし、逃げたいけど、逃げられない理由が今はいくつかある。

 この世界にきて良くしてくれた人たちや子どもたちの未来のためにも、私は頑張らないと。

 いくら未来の国王様が素敵でも、禍獣の王を倒さないと体勢を整えるどころじゃないもの。人任せで、後ろ向きな私がそんな風に思えることがなんだかくすぐったく感じた。


「アンドリューが王様になったら、きっと世界に笑顔が増えますね」


 ポツリとそう呟くと、隣に立っていたアンドリューが言葉を詰まらせる気配がした。チラッと横目で見上げると、少し目を丸くしてこちらを見ている。それと、ちょっとだけ恥ずかしそう? あれ? 照れているのかな……?


「困ったな……昔、マリエにも同じことを言われた」

「マリエちゃんも……? それは、なんだか嬉しいですね」

「エマが嬉しいのか」

「はい。私、マリエちゃんに憧れているので」


 でも、そっか。それだけで、アンドリューが子どもの頃から変わっていないんだってことがわかる。マリエちゃんと同じことを考えていたなんて、やっぱり嬉しい。


「聖女様二人にそう言われたら、成さねばならないな。責任重大だ」

「ふふ、はい。楽しみにしていますね」


 まだまだ先は見えなくて、不安ばかりだけど……。望む未来は明るい方がいい。きっとね、マリエちゃんならそう言うと思うんだ。


 私一人だったら、もう無理だって諦めていたし立ち上がる気力もなかった。怖がってばかりで何も出来なかった。


 けど、私の記憶の中にいるマリエちゃんがグイグイ引っ張ってくれる。だから私は頑張れるんだ。もう一度、会うために。


「エマは、とても強くなったんだな」

「……いいえ。強くならないといけないんです」

「そう、か。だが、あまり強くなりすぎないでくれ。私の存在意義がなくなる」

「え、なくなりませんよ? 頼りにしているんですから」


 そう、頑張ろうと思うこの気持ちも全てはマリエちゃんからの借り物で、いわばハッタリだ。私は強くないから。でもいいんだ。悪いことじゃないもの。前に進む勇気を振り絞れるならそれでいい。


 ちゃんと話そう。私の気持ちを、協力してもらうみんなに……!


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