ギディオンとちゃんと話せた気がします
慌てる私の前で、シルヴィオがギディオンに軽く蹴りを入れた。ひえっ。
でも、ギディオンはギリギリでその蹴りを交わし、ゴロンと転がるようにイスの下に落ちて着地。一見すると蹴られて落ちたようにも見えるけど、私は見た……! 直前でギディオンがニヤッて笑ったのをっ!
「で、お前はどうしてここで仕事もせずにのんびりしてやがるんです?」
「ヒヒッ、だって僕が行っても、聖女サンには触れられないからね。足手纏いってヤツだろう?」
寝起きだというのに床に胡坐をかいてよどみなく答えるギディオン。あ、これ絶対に起きていたよね。いつから目覚めていたのかはわからないけれど。
「そうではありません。貴方にはここの守護を任せたでしょう?」
「ちゃんと守護していたさ。お前だって、ここに危険が迫ってないことくらいわかっていただろぉ? 無理していい子ちゃんぶらなくてもいいんだよぉ?」
氷点下のオーラを漂わせて見下ろすシルヴィオに対し、臆することもなくニヤニヤ笑うギディオンはどこまでも楽しそう。ゆっくりと立ち上がるとシルヴィオに顔を近付けて挑発までし始めた。
ひぃ、怖いよぉ……。喧嘩にならないでね? お願いだからっ!
「挑発には乗りませんよ。はぁ、ここまで平気で寛げる神経がわかりませんね。本当に教会を守っていたんですか? 何ごともなかっただけじゃないですか」
「いいことじゃあないか。何ごともないだなんて。ヒヒッ、僕に非は何もないねぇ」
シルヴィオのお怒りもすごくわかるけど、ギディオンの言うこともわかる。たぶん、本当に危険が迫ってきたらギディオンだって動いたよね? ……たぶん。
でも、教会のみんなが不安に思っている中、ギディオンの態度を見たら余計に不安になってしまうのも事実。
とはいえ、頼んだのは守護であってみんなの心のケアじゃないものね……。うーん、的確に指示を出すべきだったのかもしれないけど、そんな暇もなかっただろうし。
そもそも、そんな指示を出したところでギディオンにそれが出来たかというと疑問でもある。
ああっ、私が連れ去られてしまったばっかりに! そもそも私が悪いってやつじゃない?
「し、シルヴィオ、ギディオン! そこまでに、してくれません、か?」
とにかく、このまま険悪なムードでいられたら、子どもたちが余計に怯えちゃう。そしてそれを止められるのは私だけ。うぅ、荷が重い。
「シルヴィオが怒るのもわかります。ギディオンがその調子だと、教会のみんなは守ってもらえるのかって不安になるので……。でも、ちゃんと役目は果たしていたとも思うんです。どうやって待っていようとギディオンの自由なのは確かですし」
オロオロしながらどうにか思いを伝えていく。心情的にはシルヴィオの意見に寄ってはいるけど、それだけでギディオンを責めるのもおかしいと思うから。
だから、どうしてもどっちつかずというか、甘ったれた意見になっちゃう。
「へぇ? エマサンってば、僕のことも庇ってくれるんだぁ?」
「ひぇ……」
すると、今度は私の方に顔をズイッと近付けてギディオンが言うので、思わず変な声が漏れた。
「おい、てめぇ、離れろごるぁっ!!」
「ひぃ……」
グイッとギディオンの顔を手で押して私から引き離したシルヴィオの凄み方が怖くて、またしても変な声が漏れる。……胃が痛い!
「二人とも、エマが困っているぞ」
「あ? ……ああ、アンドリューですか。遅かったですね」
「お前が速すぎるんだ……」
きゅ、救世主ーっ!! 私は涙目になってアンドリューを見上げた。それを受けてアンドリューは苦笑しながらポンポンと私の頭を撫でる。子ども扱いだろうが甘んじて受け止めますっ! 助かりますっ!
シルヴィオとアンドリューがさらに言い合いを続けている間に、ギディオンがやたら私をジッと見つめていることに気付く。
睨んでいるわけでもなく、ただひたすら無表情で見られるのはちょっと怖い。思い切ってどうかしましたか? と訊ねてみた。
「ああ、よかった。話しかけてくれないと、僕からは話しかけちゃいけないってルールだからね」
「あ、そうでしたね……」
なるほど、言いたいことはあったけど話しかけられないから待っていたんだ。声をかけるくらい構わないのに、なんでこんな契約をしたのか。ま、まぁ今日だけの契約らしいからいいけど。
「それで、なんでしょう?」
「……君さぁ、なんで嫌がらないの?」
「へ?」
改めて聞き返すと、ギディオンからはよくわからない質問をされてしまった。嫌がらないかって? え、何を?
首を傾げたまま返答に困っていると、ギディオンが呆れたように半眼にして腕を組む。
「僕が何を言っても、何をしても、嫌そうな顔を一切しないじゃない。困ったように戸惑うか、曖昧に笑うか、諦めるだけ。だから、つまんないんだよねぇ」
え、えーっと。それって、ダメなことなのかな? 確かに、ギディオンは人を嫌な気持ちにさせる言動をするけど……確かに私は嫌だと思ったりはしない。いつも困ってはいるけど。
「人って、神経を逆なでされると怒るじゃない。嫌悪感を抱くじゃない。けど、エマサンはそういうのが一切ない。それってさぁ……心がないか、心が壊れてるかどっちかじゃないのぉ?」
「え……」
喜怒哀楽の中で、私には怒りの感情がないってギディオンは言う。
怒り、か。怒ることはあんまりないかもしれない。怒ると疲れるし、もういいやって諦めてしまう。さっきギディオンが言った通りだ。
「心がないとか、壊れているとかはわかりませんが……怒りをあまり感じないのは本当です。でも」
私は一度そこで言葉を切ると、真っ直ぐギディオンを見つめた。相変わらず長い前髪で目がどこにあるかはわからないけど。
「でも、大切な姉が封印されていると知って、怒ってます。マリエちゃんが一人で抱え込んだことに怒ってるんですよ、私」
そう、そうだ。私はマリエちゃんが封印されているって知って、ビックリして、悲しくて、酷いと思った。
こうなってしまった状況にも理不尽だと思うけど、それ以上にマリエちゃん本人に怒っている。当時の状況はわからないけど、それでも禍獣の王と一緒に封印されるって決めたのはマリエちゃんだと思うから。
そうならなくてすむなら、そうしたかもしれないよ? 他に道がなかったのかもしれない。けど、それでも……。
『エマはさ、自分が犠牲になることを気にしなさすぎなんだよね』
貴女だって、同じじゃないって。文句を言ってやらなきゃ。そして、今度は私が救うんだ。
「へぇ。そういう顔も出来るんだぁ。まだ時間はかかりそうだけど、これならいつかエマサンの嫌そうな顔も見られそうだ」
「なんの話ですか……」
「? 最初から、同じことしか言っていないだろぉ? 僕は、人が嫌がる顔を見るのが好きなだけだって」
え、まさか、本当にそれだけの理由なの!? だからなんとかして、私の嫌がりそうなことをしたり言ったりしていたってこと? り、理解出来ないのですが!
「あー、やっぱりまだダメか。今のそれは困った顔と、呆れた顔だ。なかなか嫌がってもらえないねぇ」
ギディオンはブツブツとそんな独り言を残してその場から立ち去ってしまった。呆気に取られながらその背を見送っていると、いつの間にか隣に立っていたシルヴィオが嫌そうな顔で告げる。
ほら、ろくでもないヤツだったでしょう? と。ちょ、ちょっとだけ納得しそうになりました……!




