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この度、獣人世界に転移した普通の人間である私が、幻獣人を束ねる「鍵の聖女」に任命されました。  作者: 阿井りいあ
なんだか急展開ってやつじゃないですか!?

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手の上で転がされている気がします


「その様子ですと、ご存じのようですね。ああ、あまり怖がらないでください。確かに私はそれなりに戦えますが、王直属の部下になる条件としてある程度の強さが必須だからにすぎません。私など、その最低ラインですよ」


 宰相という立場なのにこうして出向くことが出来るのも自衛手段があるからです、とルチオは言う。

 た、確かに重要な役職なのにわざわざ出向くなんて不思議だな、とは思ったんだよね。獣人の世界はやっぱり力が物をいう、ってところがあるのかも……。


 っていうか、世界一危険な鳥が最低ラインって。もう、怖すぎませんか、獣人の世界っ!


「ですので、幻獣人様とやりあえば私は瞬殺されるでしょう。ははは、見つからずに目的地に辿り着けそうで安心しています」


 そ、そんな明るく言う内容? 感覚もついていけない。クラクラしてきました……。

 っていうか、今辿り着けそうって言った? もう到着するのかな。


「あ、あの。私は王城に向かっているのでしょうか……?」


 聞いても教えてなんかもらえないか。目隠しされていたわけだし。と、思っていたんだけどルチオは意外とあっさり目的地を教えてくれた。


「いいえ。王城であれば目隠しをする必要などありませんよ。向かっているのは王宮です。それも、王だけが住まうことを許された特別な場所……」


 王宮? って、王族が住む建物っていう認識でいいのかな。しかも口ぶりからいって王宮は一つではなさそう。

 え、そんな場所に連れて行かれるの!? 私はただの一般人なのに! これだから聖女だなんて肩書きは断固拒否したかったのに。

 そうはいってもこの獣人の世界に来てしまった時点で拒否なんか出来なかったのだけど。もう、不安しかない。


「その王宮は存在も隠されています。幻獣人様方やアンドリュー様には見つかってしまうでしょうけどね。まぁ、時間稼ぎにはなります」


 絶対に見つからないわけじゃないんだ……。それだけでなぜかホッとしてしまう。そして気付いた。

 私、知らない間にアンドリューや幻獣人たちに頼り切りだったんだなぁ。


 心細い。最近はずっと、みんなが側にいてくれたから。甘ったれになっているんだ。一人には慣れていたはずなのに、寂しくて仕方ない。


 そうだよ、私はいつも一人だった。その中で、お姉ちゃんだけが私を心配してくれる唯一の人だった。

 でも今は側にいてくれる人が増えて……だから欲張りになっているんだろうな。

 しっかりしなきゃ。一人の時を思い出して、なんとか耐えるんだ……!


「わ、私はどうなるんでしょうか」

「ご安心を。何一つ不自由はさせませんので」


 それが不安なのですが! 勇気を振り絞って聞いてはみたものの、たったこれだけのやり取りですでに心が折れそう!


 幸せって、残酷だなぁ。知れば知らなかった頃には戻れないし、失えば焦がれて仕方なくなる。


 負ける、もんか。




 馬車は、ゆっくりと速度を落として停車した。馬車の外から声が聞こえたかと思うとドアが開き、ルチオが先に降りていく。それから私を見上げながら手を差し伸べた。

 降りないわけにもいかないけれど、素直にその手を取ろうとも思えなくて、迷う。


「困った聖女様ですね。失礼しますよ」

「え、きゃ……っ」


 動かない私に微笑みかけながら、ルチオはあろうことか私を横抱きに抱え上げた。意地張ってないで手を取っておいた方がまだマシだったぁっ!


「お、下ろしてくださいっ! 歩きます、歩きますからっ!」

「この方が早いですから」


 それはそうかもしれないけどっ! もう、獣人っていうのは人間基準では考えられないほど力持ちだから本当に驚くよ。人を気軽に抱えすぎだと思います! 私がジタバタしてもビクともしないし。

 はぁ、無駄な抵抗は止めておいた方が私の体力が減らなくて済む。諦めた私はすぐに大人しく抱えられることにした。


「賢明なご判断です」

「……それは、どうも」


 居た堪れない! 恥ずかしくて泣きそうだったけど、唇を噛んでなんとか耐えた。


 馬車から下りてルチオに抱えられたまま古めかしいけど立派な門の前に辿り着く。

 もっと豪華絢爛な建物を予想していたから拍子抜けというか……。あ、そういえば隠された王宮なんだっけ。目立ったら意味がないんだものね。

 蔦が巻き付いていたり、古く見えるのも案外わざとなのかも。だとしても、見えてきた建物は王宮と呼ぶよりも別荘と呼んだ方がしっくりくる佇まいだった。


「意外ですか?」

「えっ、いえ、その」

「いいのですよ。あえてそう造られているのですから。けれど、内部はかなり豪華です。その差に驚く顔が早く見たいですね」


 急ぎましょうか、と告げるとルチオの歩くスピードが一気に上がった。え、待って、これ歩く速度じゃないよね? 獣人のスペックーっ!


 声を上げる暇もなく、気付けば私は建物の入り口に立たされていた。横抱きから下ろされる動作にも淀みがなさ過ぎてポカンとしてしまう。


「ここからは、さすがに歩いてくださると助かります。どうしてもというのなら……」

「あ、歩きますっ!!」


 クスクスと笑うルチオに複雑な心境になりながらも、促されるまま建物の内部へと足を踏み入れる。うぅ、転がされてる、転がされているよぉ! 


 本当は今すぐ逃げ出したい。中には入りたくない。でもここで逃げたり、抵抗したとしてもあっさり捕まるだけだもの。そのくらいわかってる。

 腹を括らなきゃ。で、でも、怖いよぉぉぉ……!


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