どれだけ優しくされても怖く見えてしまいます
私がゆっくりと頷いたのを確認したルチオは、片手を上げて周囲の四人に指示を出した。シスターを解放してくれるのかな、と思いきや、縛られたままだし口に布で猿轡まで噛ませている。ちょ、話が違いませんか!?
「申し訳ありません。ここで大声を出されては困るのです。せめて我々が逃げ切ってからでないと。先ほども結局、声を上げてしまいましたしね。ですがご安心を。結び目は緩くなっていますので、頑張ればご自分でも解くことが出来るようにはしてありますから」
ぜんっぜん安心出来ませんけど!? ああ、シスター、私のせいで怖い思いをさせてしまってごめんなさい。私を最初に匿ってくれたばかりに……。
そうこうしている間に、私も同じように猿轡を噛ませられ、手を後ろで縛られた。確かにきつくはないけど、そういう問題じゃない……。
気付かれてはまずいっていうのはわかるけど、教会には子どもたちやカラもいるんだから、抵抗なんてする気はないのに。
パッと顔を上げると、心配そうにこちらを見るシスターと目が合った。
大丈夫、きっとすぐにシルヴィオたちが助けてくれるはず。危害を加える気はないっていうのは本当みたいだし……。本当、だよね? うぅ、怖い。
私はたぶん国王のところまで連れて行かれると思うけれど、少なくともそれまで危害は加えられない、はず。
話をしたいって言っていたんだもの。抵抗さえしなければ、暴力も受けないと思う。そう信じたいだけだけど!
とにかく。今は抵抗しないで様子を見なきゃ。シスターを見付けたシルヴィオが黙っているはずないもの。きっと助けに来てくれる。
……暴走しないかは、心配だけれど。
急に視界が暗くなる。目も隠すのね? 随分と用心深い。
「失礼します」
耳元でルチオとは違う男の人の声が聞こえたかと思うと、すぐにグンッと抱き上げられるのを感じた。ひゃああっ!?
も、もう少し丁寧にお願い出来ませんかね? 突然すぎて心臓が飛び出るかと!
「もっと丁重に。軍人とはいえ一人の紳士でしょう? 今の扱いでは聖女様が驚かれるではないですか」
「はっ! すみません!」
いや、拘束する時点で紳士とは言えないと思います……。さらに言うならこのルチオが一番怖いです、私は。
「馬車で移動しますから。ある程度ここから離たら拘束も解かせていただきますので。それまでご不便をおかけします」
だから! あとで拘束を解くとか、そういう問題じゃないからーっ! 怖くてフルフルと小刻みに震えてしまう。
せっかく教会に来られるようになったのに……。こんなのってない。私には小さな幸せさえも必要ないとでも言われているみたいだ。
帰って来られるかな。教会や、朝露の館に。鼻の奥がツンとなって、涙が込み上げてくる。だ、ダメダメ。泣くんじゃない。
「撤収するぞ」
「はっ!」
ルチオの指示を受け、部屋にいた人たちが一斉に移動を始めたのが気配で分かった。
ガタゴトと馬車に揺られてどのくらいが経過しただろう。国王軍と宰相ルチオとともに、私は教会から無事に連れ出されたようだった。ぜんっぜん無事なんかではないけれど。
しばらく無言が続いた。体感で十五分後くらいだろうか、少し失礼しますという声の後、猿轡と目隠しが外された。眩しいかと思ってゆっくり目を開けたけど、馬車の窓はカーテンが閉まっているからか薄暗く、すぐに目が慣れた。
「この度は強引に貴女を連れ出してしまい、本当に申し訳ありませんでした。我々も、心苦しいとは思っているのです。信じてはいただけないかもしれませんが……」
目の前にはルチオが座っていた。箱型の客車の中には、私とルチオの二人だけ。その事実を知って、より緊張感が増した。
「ああ、どうか怖がらないでください。貴女には傷一つつけるなと王にも厳命されていますし、何より……」
ルチオの手が私の髪に伸びて、反射的にビクッと身体が震える。彼もそれには気付いていたはずだけど、気にすることもなくそのまま私の髪をひと房手に取った。
イスに浅く座っているからか、距離が、近い。
「美しいお嬢さんには、笑っていてほしいですから」
そのまま髪に口づけを落とし、ルチオは微笑む。
出会い方が違ったら赤面していたかもしれないけれど、今の私にはその言動の全てが恐ろしく見えて仕方ない。硬直して、ピクリとも動けなかった。
そんな私を見てクスッと笑ったルチオは、困ったように眉尻を下げて手を離す。
「まぁ、すぐには無理ですよね」
そのまま背もたれに寄りかかるように座り直し、腕と足を組んで目を閉じた。な、何を考えているのかさっぱりわからない。
目を閉じているのをいいことに、こっそりとルチオの姿を観察する。
黒い髪をオールバックにした、パッと見は物腰の柔らかい紳士。切れ長でスッキリとした目元に薄めの唇。シャープな輪郭で、かなり整っていらっしゃる。瞳は黄色みがかった黒だったよね……。
なんの獣人なんだろう? あ、耳の周辺に鮮やかな青や黄色、赤い色をした何かが見える。羽飾り……?
「……あまり見つめられると照れてしまうのですが」
「っ! す、すみません……!」
バレてた! ど、どうしよう!? 慌てて下を向くと、構いませんよ、という声が降ってくる。
「種族が気になりますか? 聖女様は人間ですから、あまり馴染みがないのでしたっけ。いいでしょう、お教えします。私はヒクイドリという鳥の獣人ですよ。ご存じですか?」
ヒクイドリ、ってあのヒクイドリ……? 私の知識とこの世界のものが同じかはわからないけれど、そう聞き取れたってことはたぶん、同じ。
冷や汗が流れる。だって、私の知っているヒクイドリは世界一危険な鳥だって言われていたもの。つまりルチオは……。
「飛べない鳥の獣人です。けれど、脚力には自信がありますよ」
や、やっぱりめちゃくちゃ危険人物だぁっ!
おっとりして見えるけど、これ絶対に武闘派じゃない!? これで宰相? 軍のトップとかじゃなくて? 嘘でしょお……?