理解出来る日はくるのでしょうか?
「ヒヒヒッ、なんで意地悪するのかって? 酷いなぁ。僕は別に意地悪だなんて思ってないよ。ただ、人が嫌がる顔を見るのが好きなだけどさぁ」
「えーっ! 変なの!」
「嫌がる顔を見るために何かするんだったら、やっぱり意地悪してるよ!」
ギディオンの目元は見えないけど口元は微笑んでいるので、一見すると和やかな雰囲気なんだよね……。
ヒヤヒヤするけど、まだそこまで酷いことは言ってない、よね? いや、ちょっとアウトかなぁ?
「へぇ、君はなかなか賢いね。そうか、それなら僕は意地悪をしているんだろうねぇ。ヒヒヒッ、僕は意地悪が好きなんだ。初めて知ったよ」
う、うーん。内容が子どもたちにとって悪影響を与えるものになってきたかも。止めなきゃ、って思ったんだけどすぐには踏み出せなかった。
だって、意外にもちゃんと会話をしているんだもの。それに、子どもたちはえーっ!? と言いながらも楽しそうに盛り上がっているから。
それにしても、子どもたちに囲まれるギディオンの図はものすごくシュール。
「君達だってイタズラをすることがあるだろう? それはどうして? 驚く顔が面白いからだ。ほぅら、君達だって意地悪が好きじゃないか」
「ぎ、ギディオン! そんなこと言わないでくださいっ」
いけない、いけない。さすがに止めなきゃ。慌ててギディオンの前に立つと、彼はわざとらしく両手を広げて肩を竦めた。
「おっと、聖女サンに注意されちゃったねぇ。僕に近付くと、みんなも怒られちゃうよぉ?」
そしてそのまま子どもたちに背を向けて教会の建物の方へ立ち去ってしまった。
うぅ、やっぱり何を考えているのかわからない。どうしたらいいんだろう……。
「ねぇ、エマお姉ちゃん。僕も意地悪なのかなぁ……」
立ち去るギディオンの背を見つめていたら、クイッとスカートを引かれて振り返る。ダニエルが不安そうに俯いてそんなことを言うので困ってしまった。な、なんて答えたらいいのーっ!?
「違うわ、ダニエル。みんなも聞いて?」
すぐには言葉が出て来なくて黙っていると、カラが先に答えてくれた。ギディオンの話を聞いていた他の子どもたちにも向けて。
「いい? 確かに悪戯は誰でもするわ。あたしだってたまにするもの。でも、本当に相手が嫌がることはしない、やりすぎない。これさえ守ればそれは意地悪じゃないってあたしは思うわ」
カラの言葉に、良い意地悪と悪い意地悪ってどう違うの? よくわからない! という声が飛び交う。う、うーん、説明が難しいなぁ。
でもカラはそんな子どもたちの騒ぐ声を手で制して再び話始める。
「相手が嫌がったらちゃんと謝ることの出来る人は、意地悪な人じゃないわ。ちゃんと優しい人よ。だってそうでしょ? 人の気持ちを考えられるってことだもの。あたしは、ここにいるみんなはそういう優しい子たちだって信じているわ」
だから良いか悪いかも自分で考えられるはずよ、とカラは微笑む。
か、カラーっ! なんて素敵なことを言ってくれるのだろう。子どもたちと一緒になって私も感動しちゃったよ。
「カラお姉ちゃん……! うん! 僕、嫌がることはしないし、しちゃったら謝るよ!」
ダニエルがそう言うと、他の子どもたちも口々に自分も、と元気に声を上げてくれた。良かったぁ。
さぁ、遊んでらっしゃいというカラの声に子どもたちは一斉に走り去っていく。胸を撫で下ろしてそれを見送りつつ、私はカラに声をかけた。
「ご、ごめんね、カラ……。ギディオンを止めるのも遅れちゃったし、子どもたちにも何も言えなくて」
「いいの、いいの。気にしないで! でも、不思議な方ね、ギディオン様って」
「嫌な気分にさせてしまった……?」
明るく笑ってくれるカラにはすごく救われるよ。でも、やっぱり迷惑をかけてしまったから申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
「ううん。確かに嫌なことを言う方だな、とは思ったけれど……。なんていうか、わざと人を、子どもたちを遠ざけているようにも見えるのよね。人と関わるのが苦手なのではないかしら」
人が、苦手……。確かにそうかもしれない。出来るだけ一人でいたいから、わざと嫌なことを言って遠ざけているのかも。
「違います」
「ひゃあっ!? え、あ、シルヴィオ!?」
納得しかけたその時、背後から急に声が聞こえたからものすごくビックリした。
シルヴィオは驚かせて申し訳ありません、と謝ると、それはもう完璧な微笑みを浮かべながらギディオンについて話し始めた。笑顔が怖い……。
「アイツはそんな繊細な心は持ち合わせていませんよ。根っこから腐っているので。人の嫌がる顔が好き、と言っていたでしょう。あれだけが事実で、アイツの行動原理なのですよ」
幻獣人、全員に聞いてみても同じことを言いますよ、とシルヴィオは言う。
そうは言っても決め付けるのはよくない、と思いかけて止める。そうだ、私たちなどよりシルヴィオたち幻獣人の方が彼との付き合いは長い。とてもとても長いんだものね。長い付き合いの中でそういう結論が出たのなら、本当にそうなのかもしれないなぁ。
カラと二人で苦笑いをしていると、やや強めの風が私たちの髪を揺らした。慌てて顔にかかる髪を手で押さえる。
「ちょっと風が強くなってきたわね。雨が降るかもしれないわ。エマは幻獣人様を建物内へ案内して差し上げて」
「ありがとう、カラ」
そう言い残してカラは子どもたちの方へと駆け出した。私もそちらを手伝いたかったけど、シルヴィオもいるし、ギディオンにも声をかけにいかないとだものね。
すぐに声をかけようと振り返ると、シルヴィオの手が私の首元に伸びてきた。
「エマ様、髪が首元のボタンに引っかかっていますよ?」
その手を見た瞬間、覚えのない光景が脳裏に過る。
『消えて、ちょうだい……!』
真っ直ぐに伸びてきたその手は、私の首を掴み、そして────
「っ、い、いやっ……!!」
「!」
気付けば、私はシルヴィオの手を思い切り払いのけていた。




