なんだかホッとしました
「わぁ、中はこんなだったっけ? 意外と綺麗じゃん。僕はもっと暗い方が好みだけどぉ」
「うわ、いたんですかギディオン。空からサーベルが降ってくるからやめてくださいよ」
ギディオンを見た時のシルヴィオの反応は概ね予想通りでした。空からサーベルって、この世界にも似たような言い回しがあるんだなぁ。
「アタシはシャワー室に籠るわ。絶対に邪魔しないでちょうだい」
館に足を踏み入れるや否や、マティアスはそれだけを言い捨てて颯爽と階段を上って行ってしまった。久しぶりだというのに、まるでちょっと出かけて戻ってきたかのような……。
まぁ、封印中はほぼ寝ている状態だって言うし、時間の感覚も違うみたいだし、彼らの中ではそこまでの日数が経っていないのかも。にしても我が家のような慣れ具合だ。
「ヒヒッ、僕も部屋に行こうかな。どこだったっけ、カノアクン」
「絶対に覚えているでしょ、それ。君の部屋以外、君は入れない仕組みになっているから安心して探してきてよ」
冷たいねぇ、と答えつつ、ギディオンも結局は気にした風もなくその場を後にした。足取りに迷いはないから、まず間違いなく部屋の場所も覚えているのだろう。く、食えない人だなぁ。
「素晴らしい仕組みですね、カノア」
「嘘だよ」
「嘘なの!?」
感心したように褒めたシルヴィオに対し、しれっと答えるカノアに脱力する。嘘だったんだ? カノアの嘘は真実との見極めが難しい。
「嘘ってことはギディオンもわかってるよ、たぶん。それより、しっかり見張ってないと危ないよ。さっき、エマになんか仕掛けようとしていたし」
「は? あのヘビ野郎がですか?」
え、やっぱり何かしようとしていたんだ? うわぁ、気をつけないとなぁ。特に私は軟弱な人間なんだから。役立たずがもっと役立たずにならないように気をつけないと。
「そ。エマは弱すぎるから、ちょっと痺れる程度の毒でもきっと死んじゃうよ。シルヴィオ、ちゃんと守りなよ」
「……言われるまでもありません。エマ様。オレが必ずお守りしますからね!」
えーっと。今の言い方じゃ、まるでさっきギディオンが私に毒を盛ろうとしていたように聞こえるんですが。
まさかね、と笑ってみせたけれど、二人はどこか心配そうな顔で黙ってこちらを見つめるばかり。……え? 本当に?
「前聖女様も盛られたことがあるのですよ。あの時は痺れ薬でしたね……。口うるさいから少し黙ってもらいたかったと嘯いていやがりましたよ」
「エマはそんなことしなくても黙っているのに、今度は何を盛るつもりだったんだろうね。どっちにしても油断はダメだよー」
前科があったんだ……!? ただ、ギディオンに悪気はあまりなく、命の危険があるほどの毒は絶対に盛らないだろう、とのこと。それでも私は弱いから油断は出来ないとカノアは言う。
いや、命の危険がなくても毒をくらうのは嫌なのでちゃんと気をつけます、はい。
「とにかく、今日はお疲れ様でした、エマ様。部屋でお休みになられますか? それとも、何か食べます? なんでも言ってくださいね!」
「あ、ありがとう。でもシルヴィオも疲れてますよね? 魔石に魔力の補充をしてくれていたんでしょう?」
早速、甲斐甲斐しく世話を焼こうとしてくれているのはありがたいのだけれど、シルヴィオだって仕事をこなしてくれていたはず。一人で黙々とこなす仕事っていうのも、結構疲れると思うんだよね。
「エマ様、なんとお優しい……! オレは平気です! 届いた箱に入っていた分は全て終わらせましたし、時間も余りましたから」
「え!? アレを全て一人で終わらせたんですか!?」
アンドリューから預かった魔石は三十箱分はあったと思うのに、それを半日と少しでやってしまっただなんて。ゆ、有能すぎませんか?
「エマ、勘違いしないでね。癒しの力を注ぐことに慣れているシルヴィオだから出来るんだよ。他の幻獣人じゃそんな芸当は無理」
「な、なるほど……」
消去法で決めた役割分担だったけど、シルヴィオに魔力補充を頼んだのは正解だったみたいだ。やりたい仕事かといえばまた別なのだろうけど。
「ですから、遠慮なくおっしゃってください。今日はエマ様成分が足りていないのです。お世話をさせてくれませんか……?」
跪き、私の手を取って懇願するシルヴィオ。うっ、そんな捨てられた子犬のような目で見上げないで……!
「えと、じゃあ、何か軽く食べたい、です」
しどろもどろになりつつ答えると、シルヴィオはパァッと嬉しそうに顔を綻ばせて立ち上がると、ウキウキとダイニングテーブルまで私をエスコートしてくれた。
不思議だ、人型なのにブンブン振り回す尻尾が見える……。
「そういえばカノア。魔石の箱に手紙が入っていましたよ」
「僕に? ……! ケーキがアンドリューの部屋に用意してあるって。行ってくる」
シルヴィオから手紙を受け取ったカノアはその場で読むと、あっという間に扉を開けて姿を消し、その数秒後にまた戻ってきた。その素早さに呆気に取られてしまう。
でも、どことなく嬉しそうにケーキの箱を抱えたカノアを見ていたらちょっと癒されたかも。本当に甘いものが好きなんだなぁ。
「シルヴィオ、僕にもお茶ちょーだい」
「調子に乗らないでください」
ケチー、と言いながらも渋々キッチンへ向かうカノアと、鼻歌まじりで軽食を用意してくれるシルヴィオを見ていたら、ようやく肩の力が抜けた気がする。
とにかく、無事に二人の幻獣人を解放して館に戻って来られて良かったぁ。なんだかんだいって私、ここが安心する場所になっているのかもしれないな。




