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この度、獣人世界に転移した普通の人間である私が、幻獣人を束ねる「鍵の聖女」に任命されました。  作者: 阿井りいあ
だいぶ慣れてきましたが慣れてしまったら終わりな気もします

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手強い相手


 そんな時、遠くの方から久しぶりに聞く声が耳に入る。おーい、とこちらに向かって呼び掛けているみたい。あの声は!


「カノア!」

「はー、やっと見つけた。なんでこんなところにいんの? 封印場所からだいぶ離れてる」


 あー、それは話せば長いんだよ、カノア。あはは、と乾いた笑いをしつつ、よくこの場所がわかったなぁ、なんて考えた。

 ギディオンの光が見えたか、気配を追って来たか。いずれにせよ私には絶対に出来ない芸当を幻獣人たちは当たり前のようにこなすよね。


「それはこのクズに聞いてちょうだい」

「ヒヒッ、酷い言いようだなぁ」

「あー……じゃあいいや。面倒臭そうだし」


 不機嫌そうに半眼で睨むマティアスに、うんざりしたように追求をやめたカノア。

 そんな顔をさせた張本人であるギディオンはニヤニヤとギザギザな歯を見せて笑っているけれど、前髪で目が見えないから表情まではしっかり読めない。


「えーっと。それじゃあ、館に戻りますか?」


 このままここで睨み合っていても意味はないものね。というか、私が居た堪れなくて怖い。早く帰りたい。今ばかりはシルヴィオの甲斐甲斐しさが恋しい。


「おっと。まさか僕も館に行くと決めつけていないよなぁ?」

「え、行かないんですか?」

「むしろなぜ行かないといけないんだぁ? メリットは? 僕はみんなと仲良しこよしなんかする気はこれっぽっちもないぞ」


 ギディオンがポケットに両手を突っ込みながらニヤニヤ笑う。うーん、これは確かにこれまでの幻獣人よりもずっと手強そう。困ったな……。


「で、でも、魔石への魔力の補充とか、禍獣の討伐とか、他の幻獣人の解放とか、やることはたくさんあって……」

「そんなの、他の人たちでやってくれよ。どうして僕もやらなきゃならないんだ? 僕にとっては世界が禍獣に呑み込まれたとしても、どうでもいいんだよなぁ」

「そんな……」


 でもまさか、この世界がどうなってもいいとまで思っているとは思わなかった。なんだかんだ言っても、幻獣人だって世界が禍獣に襲われるのは嫌だから協力してくれると思っていたから。


 私をただからかうつもりはある、と思う。ずっとニヤニヤとしているし。

 だけど、それが完全に嘘とも言えない雰囲気も感じる。本当にどうでもいいと思っているみたいというか、自分の命さえあまり重く捉えていないように見えるというか。


「無駄よ、ダメ聖女。コイツは前聖女も手を焼いていてね、滅多に館には行かなかったわ」

「そうそう。コイツに何かさせようと思ったら、聖女権限で命令するしかないねー」


 そんな私たちの様子を見て、諦めたように目を細めながらマティアスとカノアが首を横に振っている。


「へぇ……? 僕に命令するのか? ダメ聖女サン」


 顎に手を当て、ギディオンが面白そうに私に訊ねてくる。やっぱり面白がっている……。

 というか私、まだ名乗っていなかったね。


「あ、あの。とりあえず私はダメ聖女でも聖女でもないです。呼ぶならエマと呼んでください」

「は? 聖女じゃ、ない?」


 あ、反応するのはそこなんだ。名前は覚えてくれただろうか。


「聖女になるの、嫌なんだって」

「心構えも自覚も全くないでしょ、アンタは! それでも聖女に違いはないからダメ聖女なのよ。はー、もういいじゃない。こんなヤツ放っておいてアタシたちだけでも早く帰りましょ。解放はしたんだから仕事は終わりよ!」


 ギディオンの疑問に答えたのはカノアとマティアスだった。あ、その言い分なら確かにダメ聖女ですね、すみません……。


 うーむ、そろそろマティアスは我慢の限界かもしれない。イライラが目立ってきたもの。この場所から早く立ち去りたいって最初から言っていたものね。私だっていい加減、マティアスにくっつきっぱなしというこの状況にも疲れてきたし。


「なぁ、なんで聖女になりたくないんだぁ? いいじゃん、聖女。僕ら幻獣人に偉そうに命令出来るんだぞ? 最高じゃないか」


 でも、思いの外ギディオンはこの話に食いついてきた。何か気になるポイントがあったのかな?

 マティアスは舌打ちをしているけれど、せっかくの話題だからちゃんと答えておいた方がいい、よね? 少しでも交流しておかないと、いざという時に困るかもしれないもの。禍獣の王と戦う時、とか……。


「わ、私は、人に何かを偉そうに言えるような人間じゃないからです。柄じゃないんですよ。私なんて、誰にも迷惑をかけないように、出来るだけ部屋から出ないようにしているのがお似合いなんです……」


 あ、自虐が過ぎたかもしれない。でも、本気でそう思っているし、そう言われてきたから……。

 ん? あれ? そう言われてきた、のかな? そっか、だからこの卑屈な考えが染み付いているのかもしれないな。そもそも、私の性格がこうだから言われてきたのだろうけど。


「アンタ、本当に根っこから叩き直す必要がありそうね」

「ごめんなさ……あ、また」


 謝ってしまった。意識をしていれば大丈夫だけど、咄嗟の時にはつい謝罪の言葉が出ちゃうな。マティアスには大きなため息を吐かれちゃった。すみません。


 ところで、さっきからやけにギディオンにジロジロと観察されているような気がする……! 自然とマティアスの後ろに隠れる位置に移動してしまう。


「へーぇ。ふーん、なるほど、なるほどぉ」


 な、何を納得しているのでしょうか……? ビクビク。


「気が変わったぁ。僕も館に行くぞ」

「! 本当ですか!?」


 どんな理由で彼の気が変わったのかはわからないけれど、ちゃんと来てくれるのだからホッとしました! やっぱり、情報交換や連絡を伝えるのに他の場所にいられるとちょっと困るもの。

 だけど……。


「はぁっ!?」

「えー……」


 激しく拒否反応を示したのはこの二人。え、本気でギディオンを置いていくつもりだったの!?


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