心が暴かれている気がしたのです
目的地がわからないまま、マティアスにしがみついて歩くこと数分。突然足を止めた彼に合わせて私も足を止める。
「ここよ」
「えっ!? で、でも何もないですよ?」
その場所にあるのはこれまで通って来た道と変わり映えのない水溜まりと芝生、それ以外には何もない。
ところどころにあった低木もなければ大きめの水溜まりというわけでもないその場所は、言われなければ素通りしているだろう。
「アイツは極端に人と関わるのを嫌がるのよ。こういう何もないところを封印場所に選んだのもわざとでしょ。願わくば封印を解かないで寝ていたいとか、面倒ごとを避けたい、って本音が透けて見えるわ。クソ腹立つわね」
あー、なるほど、そういうタイプかぁ。でもごめんなさい、その気持ちはすごくわかる。
アタシだってあんな面倒なヤツ解放しなくて済むならそうしたい、とマティアスはため息を吐いている。ままならないデスネ……。
「あの、先に聞いておきたいんですが……。ギディオンはなんの幻獣人なんでしょう?」
マティアスの時もそうだったけど、結局聞くのがギリギリになっちゃったな。聞いたところで私が知らない可能性があるけど。
「バジリスクよ」
「バジリスク……えっ、バジリスク!?」
聞いたことある! 詳しくは知らないけど、確か猛毒を持った蛇みたいな幻獣だったと思う。私の知っているのと同じだとしたら、とても危険なイメージなんですが……!
「そ。だから絶対に目を合わせちゃダメよ。本人も一応気を付けているけれど、うっかり目を見てしまう、なんてことがなくもないんだから」
え、目を合わせたら死ぬとかそういうアレですか? こ、怖すぎるんですが!?
あ……でも。もしかして、ギディオンが人と関わりたがらないのって、それが理由の一つだったりするんじゃないのかな。自分がいるせいで人を死なせるのが嫌だからとかそういう繊細な事情があるのかも。
「あ、アンタ今、ちょっとかわいそうだとか思ったでしょ。そんな心配するだけ無駄よ」
な、なんで考えていることがわかったんだろう? しかもそこまでわかった上でこの反応。意地悪で言っているわけじゃなさそう。
心底うんざりしたようにため息を吐いているし、ギディオン……そんなに性格がアレなのだろうか。
「そ、それはどういう……?」
「質問ばっかりしてんじゃないわよ。あとは自分で確認してちょうだい。聞けばなんでも教えてもらえると思ったら大間違いよ」
す、すみません。口から出て来そうなところを慌てて手で押さえて止める。危ない、また謝るところだった。
いや、あれ? 今のは謝ってもいいところでは? もう謝罪のタイミングがわからなくなってきた。
「はぁ、アンタって本当に不器用ね?」
ややパニックになって硬直していると、予想外にもマティアスが少しだけ微笑む。えっ、笑った!? なんで!?
それから軽くポンと私の頭に手を置く。あの、そんな子どもみたいに……。
「聖女に選ばれるなんて、アンタも災難よね。こういう大役は元々向いていないんじゃない?」
「え、そう、そうです……その通りなんです! 私はとても人から敬われるような存在じゃないんですよ! どう考えても人選ミスです、絶対に務まるとは思えません! こんな自覚も責任もないフラフラした人間に期待なんかしたらダメですっ!」
「急に饒舌になるじゃない……」
しまった。マティアスが私の本質を見抜いてくれたものだから、ついこれまでの鬱憤が溢れ出てしまった。呆気にとられたように口元を引きつらせるのも無理はない。
「気持ちはよぉくわかったわ。でもね、それは逃げてもいい理由にはならないわ。そのくらい、アンタにもわかっているんでしょ? なんだかんだでこうして役目を果たそうとしているわけだし」
「……っ!」
本当に、この人はどうしてこうも言い当ててくれるのだろう。そうですよ、本当にその通りです。本当は逃げ出したい。重圧に耐えられないもの。
だけど、私には逃げる勇気もない。結局、言われるがまま、流されているだけなのだ。そこに自分の意思はない。
「ちょっ、なんで泣くのよ!?」
マティアスは役目を果たそうとしている、と言ってくれたけど、そうじゃない。私は従うことしか出来ないからそうしているだけ。ここで、それなら役目を果たさずに好きなところへ行ってもいい、と言われても身動きが取れなくなるだけなのだ。
私は、誰かに何かを指示されないと何も出来ない人形。言われたことをやるくらいしか出来なくて、それ以外の存在価値がないのだから。
「面倒臭いわね! アタシが泣かせたみたいじゃないの。ほら、涙を拭きなさい」
「うっ、す、すみませ、あっ、えっと」
「今は謝ってもいいところよ。このアタシのハンカチを汚すんだから」
この涙は、なんの涙なのか自分でもよくわからない。無力さが情けないのか、悔しいのか、悲しいのか、怖いのか……。
だけど、そのどれも違う気がする。なんで泣いているんだろう、私は。
でもまぁ、いっか。渡された白いハンカチはなんだか心が落ち着く香りがするから。ごめんなさい、そしてありがとう、マティアス。
私が泣き止むまで、不機嫌そうな顔をしてはいたけど彼は黙って待っていてくれた。