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この度、獣人世界に転移した普通の人間である私が、幻獣人を束ねる「鍵の聖女」に任命されました。  作者: 阿井りいあ
だいぶ慣れてきましたが慣れてしまったら終わりな気もします

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もう何度転んだかわかりません


「歩きにくいわね。ちょっと一帯を更地にしてもいいかしら」

「だ、ダメですよっ! さすがに!」


 マティアスが思わず苛立ってそう呟いてしまう程、雨の谷は道が悪かった。ただでさえずっと雨が降っていて視界が悪い上に、足元は滑りやすい。それに雨だから緑がめちゃくちゃ育っているんだよね。


 ただ、魔道具のおかげで全身ずぶ濡れにならなくて済んでいるのは本当に良かったって思う。

 だって、これで濡れていたらそれだけで私は体力が低下するもの。後で風邪をひくなんてこともあり得る。なんせ、弱すぎる人間なもので。もちろん黙っているけど。わざわざ自ら精神ダメージをくらいたくはないのだ。


「チッ、聖女に言われちゃ出来るものも出来ないわね。鬱陶しい」

「ご、ごめんなさい」

「半分は冗談なんだから、本気で謝ってくるのやめてちょうだい。アタシが性格悪いみたいじゃないの」


 冗談がわかりにくいです、マティアス……! でもここで許可をしていたら、あらそう? とか言って本当に更地にしそうで怖い。

 まぁ、気持ちはとてもわかるけどね。さっきから何度も転んでいる身なので特に。だって罠かと思うほど足下に木の根や蔦が……わっ!


「……転び過ぎじゃない?」

「面目ないです……」


 魔道具がなかったらすでに泥まみれだろうな、私。

 マティアスが手を差し出してくれたのでありがたく掴まると、グイッと引っ張って立たせてくれる。これもすでに十回目くらいだろうか。ため息を吐かれても仕方ないのだ。す、すみませんっ!


「飛んでいくにしても木が邪魔だしねー。まるでギディオンが近寄るなって言っているみたい」

「こっちだって好きで向かっているわけじゃないのにムカつくわ。行くのを止めたくなってきたわね」

「こ、ここまで来て今更引き返すのもしんどいですよ? どうせアンドリューには解放してこいと言われるでしょうし」


 そんな二度手間はもっと嫌だ。マティアスやカノアも同じことを思ったようで、長くて重いため息を吐く。


「……二度手間になるのはエマだけだよね?」


 カノア、そういう意地悪はやめようね!? 頼むからっ!

 というかそれはそれで次は誰が向かうかで揉めるヤツだよね。シルヴィオは喜んで来てくれそうだけど。


「文句言ったって仕方ないわ。はぁ、気配の感じだとまだまだ先ね」


 マティアスが常識的なことを言ってくれるの、本当に助かります。でもまだ先なのかぁ。私、辿り着くまでにあと何回転ぶのだろうか。


 内心でうんざりしていると、マティアスがジッとこちらを見下ろしていることに気付く。え、何? 何も言われてないのに謝りたくなる圧を感じるのですが。


「走るわよ、カノア」

「え、珍しいね。ドロドロになるから嫌とか言いそうなのに」

「当然、嫌に決まっているでしょ。服が汚れるじゃない。でも、アンタたちは汚れない。魔道具があるから」


 そう言うと、マティアスは徐に私を片腕で抱き上げた。そ、そんな子どもを抱っこするかのような!


「予想通り、アンタを抱えておけばアタシも魔道具の効果の範囲に入るみたいね。どうせ転んでばかりのこの子がいたんじゃ夜になるし、さっさと移動しちゃいましょ」

「えっ、で、でも重いんじゃ……」


 マティアスが強いのはわかるけど、ずっと抱えたまま移動するのは大変なんじゃ……? そう思っただけなのに、マティアスには軽くデコピンされてしまった。痛いっ!!


「はあ? これのどこが重いのよ! アンタはもっと肉を付けなさい。まるで子どもみたいじゃない」


 子どもみたい……!? ど、どうせ身体の起伏がないですよ。別に必要もないからいいのだけど、ここまでハッキリ言われると軽くショックです。


「エマは本当に軽すぎ。栄養足りてないんじゃないの? それともこれが人間の普通なの?」

「これが普通であってたまるもんですか! 明らかに栄養が足りていないわよ。ったく、どんな生活を送ってきたのかしら」


 それが覚えていないんですよねぇ。小さな声で呟くと、マティアスは一瞬片眉を上げて私を見て、すぐに視線を前に向けた。


「……まぁいいわ。これからアタシが管理するから」

「管理?」

「ええ。健康と美容の管理よ。返事はハイしか認めないから」

「……ハイ」


 ちゃんと聞いたわけではないけれど、マティアスはやっぱり美意識が高い人っぽいよね。そもそも佇まいがいつでもシャンとしているし、指の先まで手入れが行き届いているというか、いつ人に見られてもいいようにしているというか、隙がないというか。

 もはやプロの貫禄がある。そんな人に管理されるなんてめちゃくちゃ怒られる気しかしない。私が褒められるポイントなんて早寝早起きくらいしかないもの。


「エマ、綺麗になるね。良かったね」

「あ、ありがとう……?」


 しかしカノアはわかっているんだか天然なんだかわからない言葉をかけてくる。まぁ確かにマティアスの指導はおそらく私にとっていいことだろうけど、運動系は苦手なのでお手柔らかにお願いしたい。


「さ、喋ってないで行くわよ。飛ばすけど、着いてこられるかしら?」

「え、僕は自分のペースで行く。エマはマティアスが見ていてくれるんでしょ? それなら僕の仕事は帰りの扉を出すことだから、それまでに着けばいいでしょ?」

「ああ、それもそうね。じゃ、先に行って解放してくるわ」


 えっと? つまり、カノアは後から自分のペースで追いつくから先に向かえってことかな? じゃあギディオンの解放はマティアスと二人でやることになるのかな。


「ちゃんと掴まってなさいよ、ダメ聖女」

「は、はい、うあっ!?」


 私の返事を全て聞く前に、マティアスはグンッとスピードを上げた。

 は、速いぃ! もー、最近こんなのばっかりじゃない!? 私は舌を噛まないように慌てて口を閉じ、歯を食いしばった。


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― 新着の感想 ―
[一言] マティアス、調教師かと思ったけどプロデューサーの方がしっくりくる 地下アイドルをメジャーデビューさせる凄腕プロデューサー 『はいはい!ステップステップ!ワンツー!ワンツー!』 『わワンツー…
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