それは強烈な顎クイでした
「確かギディオンの封印地は雨の谷よね。ジメジメしたアイツにピッタリの場所」
「うん、雨の谷もすごくジメジメしているもんね」
やっぱりすごい言われようだな。でもジメジメ具合なら私も負けていないと思う。
もちろんギディオンに会うのは不安だ。というか、幻獣人の解放は毎回不安だらけです。
「あ、マティアスにもしっかり注意点を話しておかないと。エマはね、すごく弱い人間の中でも特に弱いんだよ」
早速、その雨の谷とやらに向かおうとしたところで、カノアによる私のダメ講座が始まってしまった。辛い。しかしそれが現実です。
しっかりとした認識は大事だもんね……。私はあと何度この精神ダメージを耐えればいいのだろうか。
「へぇ? ま、仕方ないわね。アンタも少しは体力つけるくらいの努力はしなさいよ。アタシ、与えられたものに満足するだけで努力しない人って嫌いなの」
「はい、努力します……」
耳が痛いお言葉だ。でも正論です。これからは時間の空いた時に、朝露の館の周りをランニングでもしようかなぁ。筋トレとかも……。続くかは微妙だ。
「確かにカノアじゃ神経を使ったかもしれないわね。次からはアタシが護衛をしてあげるわ」
「うん、助かるー」
神経を? 確かにいちいち困惑していたけれど、そんなにだったのかな。そんな疑問が顔に出ていたのだろう。マティアスが理由を教えてくれた。
「カノアはね、力の加減がものすごく苦手なのよ。力だけならアタシ以上にあるし、破壊力なら幻獣人の中でも断トツのトップよ」
「え? で、でも戦えないって」
「戦えないわよ。人型になった時、最も力を削がれるのがカノアだもの」
なんでも、幻獣人たちは人型になるとその力を半分ほどしか引き出せないらしい。は、初耳です!
ではなぜ人型になるのかと言えば、本来の姿だと力の制御がままならないからだ、という。細かな調整は人型じゃないと無理なんだって。
そんな中、破壊力がえぐいナンバーワンのカノアは、人型になった時の制限が多めらしい。というのも、そもそもその制御自体が苦手だからだそう。
人型になった時、あまり制御が出来ないか、ほとんど戦う力が残らないかの二択。その後者をとっている、と。難儀な……。
それでも、私のような弱すぎる人間を片手で捻ってしまえるくらいの力はある。加減が苦手なカノアにとって、私を傷付けずに護衛する、という任務はかなり神経をすり減らしたってことか。
飄々として見えたけど、そんなに気を配ってくれていたんだ。
「純粋な戦闘力に数えちゃダメなのはそういう理由。ただ、カノアは空間も司るドラゴンなんだから実質最強よ? 世界だって滅ぼせるんだから」
「興味ないかな」
「興味あってたまるかってのよ」
や、本当に良かったよ。カノアがそういう性格で。なにはともあれ、だ。
「ご、ごめんね、カノア。色々と気を遣ってもらって……」
私が弱いばっかりに。ちょっとくらい平気だって言えたらいいんだけど、自分がそのちょっとにも耐えられないのはわかっている。
項垂れていると、急に誰かが私の顎を掴み、強制的に上を向かされた。えっ、何!?
「アンタ、何をウジウジしてんのよ。ハッ、今回の聖女は威厳もへったくれもない根性なしってワケね」
美しいお兄様に罵倒された……! 私を見下すその瞳は切れ長なのと水色なのもあって余計に冷ややかに見える。凍えそう。
怖いよ? いや、本当に怖いんだけど……。なぜか、馴染みがある感覚っていうのかな。こうやって言われるのが当たり前のような、そんな感覚があった。
「……はい。私は、聖女なんて器じゃありませんから」
無理矢理顔を上げさせられているから、視線だけを逸らす。真っ直ぐ私の目を見ようとするマティアスは、私には眩しすぎるから。
自分に自信がある人というのは、私のような卑屈な人が許せないんだと思う。だから、申し訳ないなって思うよ。そんな私がマティアスたちを束ねるというのだもの、お怒りなのもわかる。
「反論もせず、受け入れるのね。随分と……ああ、まぁいいわ」
それだけを言うと、マティアスはフンッとそっぽを向く。諦められた、そう思った。
だけど、それでいい。期待してもらえるようなものなんて、私には何もないから。
そうしてまた後ろ向きに考えて俯きかけると、再び顎を掴まれて上を向かされる。首! 首がグキッていった!!
「下なんか、向かせないわよ。アンタが聖女の器じゃないとかどーでもいいの! ただ、このアタシの上に立つのよ? それは変わんないんだから、せめてそれなりに見えるようになるまで鍛えてあげるわ。覚悟なさい」
「ひぇ」
あ、諦めてなかった……!? ううん、違う。諦めたのは私の性格についてだけだ。その上でちゃんとさせてみせる、と言っているんだこの人!
え、調教? 私、調教されるの? こうと決めたら突き進むことが多い幻獣人だものね。間違いなくこの人はやる。
「ほら、とっととギディオンを解放して館に戻るわよ。やることはいっぱいねー。腕が鳴るわ」
「あーあ、目を付けられたね、エマ。でもマティアスが見てくれるなら安心」
どの辺がどう安心なんでしょうか!? 私は不安でしかないですーっ!!
そんな心の叫びとは裏腹に、私は力なく「はい……」と返事をすることしか出来なかった。今、これまでで一番、自分の性格が恨めしいと思ったかもしれない。




