四人目の解放をしました
泉の中では思うように身体が動かせなかった。呼吸も出来るし、全身濡れたりはしないけど、水の重さみたいなものはなんとなく感じるからかもしれない。
というか、地に足がついているわけじゃないから、泳ぐように移動しないと泉の底まで辿り着けないのだ。
当然、私は泳げないのでカノアに引っ張ってもらっています。重ね重ねすみませんね。
「く、暗いですね……」
「そりゃあね。底に行けば行くほど陽の光が届かないし」
考えてみればそれもわかるんだけど……。底の見えない恐怖、半端ないです。手を繋がれているだけでは心細くて思わず腕にしがみつく。
「エマ、さすがに泳ぎにくい」
「ご、ごめんなさい。でも何も見えないから……!」
「え、見えないの? この暗さで?」
カノアの人間情報がさらに下方修正されたのがわかった。見えないよ! ただの人間だもの!!
「んー、でも光の魔法が使えるわけでもないし、魔道具もないし。わかった。エマ、僕の背中に乗って」
片腕の自由が利かないと底に辿り着くのにものすごく時間がかかる。だから首にしがみ付いていて、とのこと。そうすれば安心でしょ? とも。
うぅ、ごめんね。さっきから謝りっぱなしだ。私、ダメすぎる。
「もー、謝りすぎ。出来ないことは仕方ないじゃん。それに女の子に頼られるのは結構気分がいいってわかったから気にしないで」
「え、カノアもそんなこと思うんです?」
「思うよ。男だもん」
意外だ。カノアって小柄だし、可愛らしい顔付きだし、いつものほほんとしているマイペースな印象だったから。幻獣人もそんな風に思うことがあるんだなぁ。
言われた通り、私はカノアの背に回ってしっかりと首筋に腕を回した。苦しくないか聞いてみたけど、むしろ何が? という勢いで返される。
リーアンの時もそうだったけど、私のような人間ごときが強く絞めたところでビクともしないんだろうなって思った。
私が背負われる形になったことで、カノアはぐんぐんとスピードを上げた。たぶん、こっちの方が泳ぎやすいんだろう。
最初からこうしておけばよかった。ギュッと目を瞑ってしがみついていれば、怖さも紛れるし。頼りっぱなしで申し訳ないけど。
どれほどの時間潜っていっただろう。カノアに声をかけられてハッと目を開ける。
きっと目を開けても閉じても変わらず真っ暗なんだろうな、と思っていたんだけど……。不思議なことに、足元の方が淡く水色に光っているのが見えた。
「あれは見える? たぶん、マティアスが僕の気配に反応して光ってるんだと思う」
「そんなことも出来るんですか?」
「うん。封印中はほぼ寝ているけど、時々覚醒することがあるんだよ。動けないけどね。で、今マティアスは起きている状態。そこに知った気配を感じたからああやって存在をアピールしているんだよ。たぶん」
そうなんだ。封印中はずっと眠っているものだと思ってた。すでに何人か解放もされているから、他の幻獣人もその気配を感じて覚醒しているかもしれないとカノアは続けた。不思議だなぁ。
そのまま真っ直ぐ光る場所に向かい、ついに泉の底に足が着く。光っていたのは巨大なサンゴ礁だった。すごい……綺麗。
「泉にあるものでしたっけ、サンゴ礁って」
「知らなーい。でも、ここら辺の泉は全部海に繋がってるって聞いたことがある」
なるほど。魔道具のおかげで濡れないからわからなかったけど、ここの水は海水に近いのかもしれないな。
まぁ、ただの泉だったとしてもここは異世界。まさかこんなところに? という物があっても不思議ではないよね。細かいことを気にしたら負けです。
「じゃ、解放してあげてよ。待っているっぽいし」
「う、うん。わかりました。……あ! その前に!」
言われるがままサンゴ礁に紋章のある右手で触れようとした時、私は大事なことを思い出した。
何って? このままでは水中でこいのぼりになってしまうということだ。だからどうか私の身体を押さえていてほしいと頼む。
「なにそれ、面白そう」
「いや、こっちは必死なんで。しかもこの泉の底でカノアと離れ離れになったら私は詰みます」
本当に! シャレにならないからね! しかも手だけ離れず飛ばされるのって腕が痛いんだから。いつか千切れる。そう言うとカノアはサッと顔色を青くして「そうだ、弱いんだった」と呟いた。
自分で言ったことだけど、こういう反応をされる度に複雑な気持ちになりますね。
面白がるのを止め、カノアはしっかり私の腰に腕を回してくれた。というか右手以外ガッシリホールドされている。一見、どういう状況? って感じかもしれない。
「じゃ、じゃあ、解放しますね」
「うん、いいよ」
ゴクリと喉を鳴らし、そっと右手を伸ばしてサンゴ礁に触れる。
その瞬間、いつものように目が開けられないくらいの光が溢れ、風が吹く代わりにものすごい勢いで水中が荒れた。う、渦潮みたいなことになってるぅ!
「あ、無理」
「えっ、カノア!?」
どうやら、さすがに水中では踏ん張りがきかなかったらしく、一緒になって流されてしまった。あーっ!
でも私のことはしっかりホールドしているので、今回は二人で一緒にこいのぼり状態である。対策の意味ーっ!!
「むぅっ。よいしょっ、と」
けど、私の腕が千切れるという言葉を信じていたのだろう、カノアは必死になって片腕でサンゴ礁にしがみつき、私を引き寄せてくれた。わぁん! おかげで楽になったよ、ありがとうっ!
「あ、ほら出てきたよ。マティアス」
「え?」
身体が固定されたことで少し余裕が出来たので、カノアに続いて上に顔を向ける。そこには、私の想像を超えた幻獣の姿があった。
「お、大きすぎません!?」
「んー、僕と同じくらいじゃない?」
確かにそうかもしれない。カノアのドラゴン姿もかなり大きかったもんね。でも水中という環境だからか、それはものすごい存在感を放っていた。
まるでドラゴンのような、いや、どちらかというと龍? 水中だしウミヘビ? あ、ウツボっぽさもあるかも。あーもう、わかんない。ウミヘビでいいや。
私たちの頭上で、全身藍色の巨大ウミヘビが、水面を目指して一気に上昇していく姿がそこにはあったのだ。




