種族を聞いてもよくわかりませんでした
ひとまず二日後、空の魔石を回収しに行くという約束をして、私たちは再び水の峠に向かうことに。カノアが忘れそうというので私がしっかり覚えておくよ。
アンドリューと会うのも二日後かな。時間帯によっては会えないみたいだけど、二日後なら新しい幻獣人もいるだろうからぜひ会ってもらいたい。主に私の精神安定のために!
本当はカラやシスターに会いたいんだけどね。ううん、そのために解放を急ぐのだから弱気になっちゃダメだよね。はぁ、頑張ろう。
「さっきの場所を一時的に登録しておいたから。一度なら水の峠に扉が出せるよ」
「そんなことも出来るんですね。カノアはやっぱりすごいです」
カノアはふふん、と少しだけ得意げに扉を出す。ちょっと可愛い。
「では、突然お邪魔してすみませんでした、アンドリュー」
「いや、こちらの考えが足りていなかったからな。今後はそういうことのないように気を付けよう」
ああ、ホッとする。常識があるというだけでものすごく安心する。二日後は絶対にアンドリューが部屋にいる早朝か夜に尋ねよう。そう心に決めて私はカノアと共に扉を通り抜けた。
扉の向こうは先ほど見たばかりの景色が広がっていた。何度使わせてもらっても不思議な扉だ。
「あそこに三つ泉が並んでるでしょ? その向こうに二つあって、その右側の斜め後ろくらいにあるのがマティアスのいる泉だよ」
指を差しながらカノアが説明してくれたけど、全然わからない。まず三つ並んでいるらしい泉がわからない。これは私の視力も伝えなければならないのだろうか。
しかし私はここで曖昧に微笑む。悪い癖だとは思うんだけど、せっかく説明してくれているのに「よくわからない」だなんて言いにいんだもの。
「エマ、わかってないでしょ」
「うっ」
でもカノアにはお見通しだったみたい。それだったらちゃんと言った方がよかったかな? こういうこと、よくあるんだよね。
でも結局、私はいつもその場では言い出せないことの方が多いのだ。気を付けるけど、次からちゃんと出来るかは微妙です。すみません。
「わかんなくても大丈夫。僕が連れて行くから。泉をいくつか超えるから、抱えて飛ぶね」
「えっ!?」
「……ちゃんと気を付けて飛ぶ」
また空の移動? と思って身構えたんだけど、私がいかに弱いかを学習したカノアは先ほどとは違ってかなり気を配ってくれた。
具体的にはしっかり自分の身体に引き付けるように横抱きにしてくれたり、いちいち今から飛ぶよ、曲がるよ、と言ってくれたり、低めにゆっくりと飛んでくれたりなどだ。やれば出来る系紳士だ……! とても助かるよ、ありがとう!
「はい、到着」
「この泉の底に、マティアスがいるんですね」
ゆっくりとはいえほんの数分ほどで目的の泉の到着すると、カノアはソッと地面に下ろしてくれた。ありがとうね、本当に。
「あの、潜る前に一つ聞いてもいいですか?」
「何?」
私はここへ来てようやくずっと気になっていたことを質問することにした。いやだって、なかなか聞く機会がなくて……!
「マティアスって……なんの幻獣人なんですか?」
これまで出会って来たのはユニコーン、フェニックス、ドラゴンだったよね。他にどんな幻獣人がいるんだろうって思っていたんだ。
思えば私、それ以外に知らない気がするし。聞けばわかるのかもしれないけど、パッと思いつかないというか。
「ああ、リヴァイアサンだよ」
「そ、そうなんだ……?」
聞いてはみたものの、リヴァイアサンって、何……!?
名前はうっすら聞いたことがあるような気がしなくもないんだけど、まったく姿が想像出来ないのですが。水の中に封印されているみたいだし、水棲の幻獣人なのかな、って予想がつくくらいだ。
「あれはねー、本当に怒らせたら最凶なんだよね。強いし怖い。あとちょっと口うるさい」
そ、それって本当に解放しても大丈夫なやつですか? あれ? 比較的話が通じるヤツって聞いていたんだけど心配になってきた。
「そんな不安そうな顔をしなくても大丈夫だって。滅多に怒らないから。……たぶん」
「たぶん!?」
そこは断言してほしかったんですけど! 軽く震えていると、会えばわかるでしょと言いながらカノアが腕を引っ張った。えっ、このまま潜るの?
「魔道具があるから服も濡れないよ。もう。ビビり過ぎだよ、エマ」
「だ、だって私、泳げないんだもの」
正直に白状すると、またしてもカノアの中の私の弱さ度が上がった気がするけど仕方ない。おかげでカノアが絶対に手を離さないことを約束してくれたから良かったと思おう。
だから憐みの目を向けられても気にしないんだから……。
カノアはギュッと私の手を握ると、先に泉に足を入れ始めた。よ、よし。魔道具の力を信じよう。私も恐る恐る足を泉に入れ、ゆっくりと先に進んでいく。だんだん深くなってきた!
「ほ、本当に濡れない……!」
足を浸けた瞬間から不思議な感覚はあったんだけど、膝まできてようやく実感した。薄い膜が体中を覆っている感じっていうのかな。てっきり空気のシャボン玉の中に入るようなイメージをしていたから予想外だ。
「だから言ってるじゃない。さ、行くよ」
私の反応を見て、カノアもホッとしたようにそう言った。本当に世話の焼けるヤツですみません。よし、四人目の幻獣人を解放しに行くよ!




