心に大ダメージです
「エマ」
「ん……。あ、れ……?」
誰かに肩を叩かれたような気がして目を開ける。数秒、自分が今どこにいるのか思い出せず、ボーッとしてしまう。
ふと顔を上げると、赤い髪が目に入り、続いて金色の瞳と目が合った。
「ああ、起きたな。おはよう、エマ」
「あ、アンドリュー……!」
その瞬間、一気に思い出した。えっ、あれっ? 私、寝ちゃってたの!? 噓でしょ!?
慌てて立ち上がると、大丈夫だとそっと肩に手を置かれ、再び椅子に戻ってきた。ひえぇ!
「大体状況は察した。訪問理由はわからないがな。カノアに振り回されたんだろう?」
「えっと、確かにそんな感じですけど……。あ、そういえばカノアは?」
わかってくれるアンドリューには感謝しかないよ。そうそう、こうなってしまった原因である彼はどこにいるんだろう?
そう思っていたら、アンドリューがスッとベッドの方を指差した。ま、まだ寝てる……!
ハッ! というか、今何時くらいだろう? 私はどのくらい眠っていたのだろうか。
バッと窓の外に目を向けると、まだ明るい陽射しが射し込んでいた。夜じゃなくてよかったぁ!
「部屋に書類を取りに戻ったら、二人して眠っているから最初は驚いた。だがまぁ、カノアがいたからな。すぐに納得した」
「ほ、本当にごめんなさい。私まで眠ってしまうなんて」
「気にするな。疲れがたまっていたのだろう」
仕事の方は大丈夫なのかと訊ねると、少し休憩していたと言えば大丈夫だとのこと。そ、そっか。
でもそれなら余計に早くカノアのことを起こさないと。アンドリューが来たら起こしてって言っていたしね!
すぐにベッドに向かい、カノアの身体を揺する。アンドリューが来ましたよ、と何度も耳元で声をかけているんだけど、なかなか起きてくれない。手強い。
しかしここで諦めるわけにもいかないので、何度もそれを繰り返した。
「カノア、きゃ……っ!」
突然グイッと身体が引き寄せられ、次の瞬間に私はカノアの腕の中に閉じ込められていた。何、このお約束的な展開。私は抱き枕じゃないんですけど!
しかもカノアは全然起きないし。至近距離で幸せそうに眠る顔を見て、思わずジト目になってしまう。
「アンドリュー……。笑っていないで助けてください」
「くくっ、すまない。この状況で部屋に戻ってきていたらと思うと笑えてきた」
いい性格してますよね、アンドリューも! 確かにそれはかなり私も慌てただろうけど、経緯を見ていたんだからこうなる前にどうにかしてほしかったです! あー、もうカノア! いい加減に起きてよー!
「ふむ、それで私の下に来たというわけか。すまなかったな、エマ。水中での呼吸について失念していた」
その後、アンドリューの力技でやっと起きたカノア。まだ寝起きでぼんやりしているのか私を膝の上で抱えたままボーッとしているけど、とにかく話は進められそうなので気にしないことにした。
たぶん、起きてから頭がハッキリするまでに時間がかかるタイプだろうからね。こういう人はしばらく放っておいた方がいいって何かで聞いた気がする。
「……そうだ。そうなんだよ、アンドリュー。人間の中でもエマは特に弱いんだ。だから僕らがしっかり守ってあげないと死んじゃうんだよ。……あっ、ギュッてしすぎた? 折れてない? 生きてる?」
「生きてます。特に苦しくもないですけど、そろそろ離してもらえると助かります……」
だいぶ大げさな気はするけれど、実際この世界では何が私にとって命取りになるのかわからない。気を配ってもらえるのなら助かるのは事実だ。
ただシルヴィオにしろカノアにしろ、加減を覚えてほしいところですね……。
「前聖女様も、確かに我々より弱かったのを覚えている。人間という種族の特徴なのだろうな」
「いやだからさ、マリエよりもずっと弱いんだよエマは。だって、ちょっと走っただけで息切れするんだよ?」
うっ、それはただの運動不足です、すみません。さらにカノアは、私がいかに弱いかを無表情で力説し続けた。
筋トレは二、三分で力尽きる、呼吸は三十秒止めたらフラフラになる、走るのがすごく遅い、などだ。心に大きなダメージを負った。
「……本当に、すまない」
アンドリューにまで本気で謝られてしまった。居た堪れない! そろそろ泣くから勘弁してください! ちょっとは運動するようにしますからぁ!
「せっかくだからカノアの分も魔道具を持ってこよう。ただ、魔石に魔力はない」
「自分で魔力入れろってことね。わかった」
お城には魔力が切れた魔道具が集まるので、大抵の魔道具は揃っているんだって。魔力の問題さえ解決すれば、かなり生活が楽になるってことだよね。この世界における幻獣人の存在って本当に重要なんだな。
でもそれならどうして現国王は解放をそこまで嫌がるんだろう。自分達だけの力でなんとかしたいっていう主張はわからなくもないよ?
だけどそれなら、幻獣人に何かあった時のため、または彼らに頼り過ぎないための技術として計画を進めればいいのに。排除したい何かがあるのかなって疑っちゃうよね。
もちろん、そう思うだけで首は突っ込みません。だって、どう考えてもキナ臭いもの。これ以上のゴタゴタには巻き込まれたくないから。
それに私は今、出来っこないけど幻獣人を束ねる仕事で手一杯なんですからねっ!