移動手段を聞いておくべきでした
シルヴィオの主張が続く中、カノアはスッと立ち上がると私の手首を掴んでさっさと扉を出してしまった。
い、意外と力が強い! 私は成す術なくカノアに引きずられるように扉へと向かうことに。ま、待って! まだ食事の後片付けが終わってないのですが!
「じゃ、行ってきます」
「カノア!!」
転ぶ、転ぶ! そんなにあからさまにシルヴィオを避けなくてもいいのに! というかちゃんとついていくからそんなに強く引っ張らないでー!
そんな私を見たからか、シルヴィオの怒声が館内に響く。
「え、えっと! 片付けは帰ったらやりますからー!」
「エマ様はそのようなこと気にしなくてもいいのです! ごらぁカノア! もっと丁重にお連れして」
「じゃーねー」
こうして、私は半ば強引にセイへと旅立つのでした。あああああ心の準備とか! ほら!!
パタンと後ろ手に扉が閉まると、リーアンの時とは違って扉はすぐに消えてしまった。扉を出せるカノアがいるのだから当然といえば当然だけど、どことなく不安が襲う。
だって、これでもう引き返せない。館に戻るには幻獣人を二人解放してカノアに出してもらうしかないんだもの。
ふと顔を上げる。どうやら私は湿原のような場所に立っているようだった。ザァーッという水の流れる音が聞こえたり、雨の後のような匂いを感じる。
「あ、ごめんね。無理に引っ張っちゃって。だってシルヴィオ鬱陶しいんだもん」
「えっと、それはいいけど、露骨すぎない……?」
パッと手を離してくれたカノアは、いつも通りの無表情で淡々と話す。自分に正直すぎるなぁ。
ただカノアは、シルヴィオのことを口うるさい保護者のように思っているだけだと思う。ちょっとかわいそう。
「平気だよ。シルヴィオは打たれ強いし。小言はうるさいしすぐ怒るけど、切り替えが早いところは高評価だ」
なるほど。カノアから見たシルヴィオの評価はあながち的外れでもなさそう。なさそうだけど! 私の常識で見ていると本当にそれで大丈夫なの? って心配になるよ。こっちが見ていてヒヤヒヤするし、胃が痛む。
「そんなことよりエマ、あれが雲海の街だよ」
「え? あ、わぁ!」
カノアが指差した先に目を向けると、確かに街らしき場所を発見した。
でもまるで雲の中に浮かんでいるかのように幻想的で、あれは幻なんだよ、と言われても納得出来てしまうほど神秘的な光景だった。
あれは一体、どうなっているんだろう? 首を傾げながら観察していると、フフッと笑いながらカノアが説明してくれる。
なんでも、セイの都市は澄んだ水が豊富にある都市なのだそう。その影響と独特な立地や気候によって、あの街はいつも雲に覆われているのだという。
住人たちはほぼ水の属性を持つ獣人だそうなので、彼らにとってはかなり住みやすい街になっているんだって。よく見れば、確かに川や湖なような水場があちこちにあるみたい。なるほどねぇ。
人間的には湿気で困るかもしれないな、などと考えていると、隣に立っていたカノアがスタスタと歩き始めてしまった。え、待って? その方向って……?
「ちょ、ちょっとカノア!? 真っ直ぐ解放に向かうって……!」
「黙ってれば、バレない」
やっぱり! カノアは街に向かうみたいだ。早速シルヴィオの言いつけを破るなんて、やんちゃすぎる!
ああ、もうどうしようー!
しかし、カノアの歩くスピードは速い。さっき腕を引っ張られたことから、力づくで連れていくことも不可能だ。第一、封印場所を私は知らない。
詰んだ。
諦めてカノアの後を追いつつ雲海の街へと足を踏み入れた。ば、バレたらどうしよう。
そんな私の胃痛を知らないカノアは、呑気に出店を見て回っている。美味しそうな食べ物があれば買って食べ、あっちへふらり、こっちへふらり。自由過ぎるよ!
しかも差し出されたイカ焼きをありがたくいただいてしまったため、もはや私も同罪である。罪悪感が半端ない。
だ、だって、水棲生物っぽい獣人ばかりで見慣れていないから緊張しちゃって……! されるがままにしか動けないのだ。チキンなんですよ、私は!
「あ、これエマに似合いそう。買ってあげようか」
その途中、アクセサリーを扱う露店でカノアが立ち止まってそんなことを言った。
手に持っているのは貝が使われたブローチで、角度によってシャボン玉のように色を変える、綺麗なものだった。いや、確かに綺麗だけど!
「そ、それはさすがに……! シルヴィオに見つかったら大変なことになりそうだし、それにっ!?」
形に残るものはさすがに買っていけない。私に隠しきれる自信はないのだ。
すでに買い食いをしてしまっていることを隠し通せる自信もないのに。顔に出やすい自覚があるので。
しかしそんな私の言葉をスッと人差し指を当てて止めたカノア。無表情ながらどことなく嬉しそう?
「見せつけるに決まっているでしょ。シルヴィオが悔しがるの、面白くて好きなんだよね、僕」
せ、性格が悪い……! 完全に楽しいからという理由で言っているでしょ、これ。
頼む、頼むから悪事の片棒を担がせるのをやめていただけないでしょうか!
「わっ、私は面白がれないです! 罪悪感で押しつぶされそうですーっ」
言ったぞ。私はちゃんと自分の気持ちを言ったぞ!
ドキドキしながらカノアの反応を待っていると、少しだけプクッと頬を膨らませたカノアは一言だけ呟いた。
「……つまんないの」
そのまま持っていたブローチを元の位置に戻すと、ムスッとした様子を隠すことなく再び歩き始めた。
機嫌を損ねてしまったのは心が痛むけど、やっぱり人としてよくないと思う! 今回ばかりは自分の対応が正しかったと思いたい!
ただ、もう少し言い方があったかも、なんて反省するあたり、私のウジウジ性質は変わらないな。はぁ。
「じゃ、飽きてきたし、向かうね。水の峠。飛んでいくから、掴まっていてよ」
そのまま街から出るまで無言で歩き続けたカノア。この居た堪れない時間が果てしなく感じられた頃、カノアはなんの前触れもなく背中から黒い翼をバサッと広げた。
え? あ、ちょっと待って? 油断していたかも。
すぐに動き出せなかった私をカノアはヒョイッと横抱きにすると、のんびりとした声で「行くよー」とだけ告げて地面を蹴る。
そしてそのままグングン上昇していき……!
「い、いやぁぁぁぁ!!」
「エマ、うるさいよ。耳元で叫ばないで」
カノアにしがみ付きながら、恐怖の空の旅が突然スタートしたのだった。
移動手段を前もって確認するべきだったぁぁぁぁぁ!!




