朝からドタバタでドッと疲れました
翌朝も朝早くに自然と目が覚めた。体内時計が仕事をしてくれたのだろう。
教会での生活もそこまで長くはなかったけれど、早起きが習慣化されるのは悪くない。だって、朝早い時間の空気はとても気持ちがいいもの。
窓を開けて外の空気を吸い込む。カノアが空間を切り取った場所の空気なのだろうけど、どこかの山だったのかな。空気が少しだけひんやりとしていて美味しい。
「今日はセイの都市に向かうんだもの。頑張らなきゃ」
背伸びをして自らを鼓舞する。私にしてはとても珍しい行動だ。ここへ来てようやく自主的に頑張ると決められたのは、彼らとの関わりがあったからだと思う。
良くも悪くも自分に正直な幻獣人たち。色々と手を回して協力してくれる王太子のアンドリュー。それから、教会のシスターやカラ、子どもたち。
私がこの世界で出会って来た人たちはまだこの程度だけれど、どの出会いも私に色んな影響を与えてくれている。
ただもちろん、聖女とは認めませんけどね! 私は私、エマとして少しでも彼らの力になれたら、って。そう思っているだけですから。
「エマ様! おはようございます!」
身支度を整えて一階に下りると、すでにシルヴィオが活動していたようで嬉しそうに駆け寄ってきた。しかも、テーブルの上には朝食が並べられている。
そして、ヒラヒラの白いエプロンがやたら似合っていた。い、違和感がない!
「お、おはようございます、シルヴィオ。これは、貴方が?」
「はいっ! オレ、実は料理も得意なんですよ」
確かにテーブルの中央に置かれたオムレツは綺麗な形になっており、見るからにフワフワでとても美味しそう。彩り豊かな野菜を使ったサラダや、湯気が立ち上る黄金色のスープは見ているだけで食欲をそそる。
「昨日はエマ様が作ってくださったので。今日はオレ、ここに留守番ですからこのくらいはさせてください。お留守番ですので」
お留守番を二回言った。まだ根に持っていたんだね……。この話題にはあまり触れない方が良さそう。私は案内されるがままに椅子に座った。
「いただきます。……わ、美味しい!」
「ふふ、良かったです。今、紅茶も入れますね」
シルヴィオの用意してくれた朝食は本当に美味しかった。サラダにかかっているドレッシングがすごく爽やかだなぁ。レモンを使っているのかな? 後でレシピを教えてもらいたい。
「お、エマチャン、シルヴィー、おっはー! めっちゃうまそーな匂いしてんじゃん!」
「おはよう。お腹空いた」
朝食に舌鼓を打っていると、リーアンとカノアが料理に視線を釘付けにしながらやってきた。その気持ちはとてもよくわかる。
私は二人に挨拶をしつつ、今日はシルヴィオが用意してくれたのだということを伝えた。
「これはエマ様のために用意したのですけれど」
しかしそこはシルヴィオ、冷ややかな視線で二人を見下ろしている。ただこの程度で折れる二人ではない。
リーアンもカノアも臆することなく椅子に座ると、当たり前のように朝食に手を伸ばし始めた。あ、それは私のパン……。
「エマ様の物を横取りするとはいい度胸してやがんじゃねぇかごらぁ!?」
当然、それを許さないシルヴィオがリーアンの手を叩き落とす。スパーンっていった! スパーンっていい音した!!
リーアンは叩かれた手をヒラヒラと振りながら、いったーい! と頬を膨らませている。
「もー、シルヴィーったらケチ! いいじゃん、こんなにたくさんあるんだからさー!!」
「ん、美味しい」
「カノアてめぇ勝手に食ってんじゃねぇ!!」
おう、カノアはしれっと口に運んでいる。鋼のメンタルだ。
はぁ、朝から大騒ぎですねぇ。これ、たぶん私が仲裁しなきゃいけないんだよね? うぅ、セイに行く前からゴタゴタに巻き込まれるなんてっ!
結局、私が間に入って「とても美味しいのでみんなで食べましょう?」と言うことでどうにかこうにか場を落ち着けることが出来た。
シルヴィオのお怒りはそのままだったけど、私を困らせることは本意ではないようで意外とあっさり受け入れてくれたよ……。ドッと疲れた。
でもちょっとだけコツを掴んできた気がする。幻獣人たちを教会にいる子どもたちだと思えばいいのだ。
そう、これは子ども同士の喧嘩。案外、その感覚で仲裁すると騒ぎがおさまったりするので、しばらくの間はこの対応でいこうと決めました。
でもこれからどんどん大きな子どもたちが増えていくんだよねぇ。今日、解放する予定のマティアスはそこそこ話の分かる人だというアンドリューの情報に賭けたい。本当に、頼みます……!
「よーっし、お腹も膨れたことだし? オレっちは禍獣をサクッと狩ってくるよーん! カノアっち、昨日アンドリューが言ってた場所の近くに扉出してー」
一番初めに席を立ったのはリーアン。やる気満々である。というのも、この前の国王軍の時とは違って遠慮せず倒せるのが楽しいらしい。
せ、戦闘狂かなにかでしょうか……。ま、まぁ、やる気があるのはとてもいいことなので何も言いません。
リーアンの言葉を受け、もぐもぐとパンを咀嚼しながらカノアが片手間に扉を出すと、彼は水色の髪を揺らしながら振り返ることなく扉を通って行った。鼻歌まじりで本当に楽しそうだなぁ。
「あれ、扉は消えないんですね?」
「うん。だって戻って来られなくなる。リーアンしか通れないし、戻ってきたら消えるようにした」
「自由自在なんですね……」
改めてカノアのすごさを垣間見た。だって片手間にヒョイッと出したのに、複雑そうなことをしているんだもの。
「じゃあ、僕たちもそろそろ向かう? はやく街に行きたい」
「カノア! 目的は街ではないのですよ!? 真っ先にマティアスと、ついでにギディオンを解放して、その後は真っ直ぐ帰ってきてください!」
「はぁ、シルヴィオうるさい。もー、わかったってば」
絶対ですからね! と何度も言うシルヴィオを見ていたらなんだかかわいそうになってきた。
だって一人でお留守番だし、面白くもないだろう魔石の魔力補充作業になるんだもの。
ものすごく嫌々ながらも引き受けてくれたのだから、ちゃんと早めに戻れるように頑張ろうと思った。で、出来るかどうかは置いておいて!