理由がわかって安心しました
シルヴィオに連れられて館の裏にやってきた私はしばらく声が出せずにいた。だ、だってこれはすごい。
「見事でしょう? カノアはよくこんな素敵な場所を見つけられましたよね。オレ、この場所が大好きなんです」
エマ様にも気に入ってもらえると嬉しいのですが、と言うその言葉に、私はようやくハッとなって声を出す。
「す、すごいです。本当に……!」
ただ、語彙力がなさすぎてこれしか言えないのが申し訳ない。いや、人はすごすぎるものを目の当りにしたら著しく知能が低下するのだと思う。
淡いピンクの小さな花が一面に咲き誇り、まるで絨毯みたい。館の近くに木に吊るされた布製のハンモックがかけられていて、それがまたお洒落だ。
心地好い風がハンモックを揺らし、花畑を撫でていく。平和が、そこにはあった。
「教会のみんなにも、見せてあげたいな……」
でも、子どもたちが来たら花畑が荒らされてしまうだろうか。前もってしっかり注意しておかないといけないな。
「エマ様はやはりとても清らかです。最初に誰かを連れて来てあげたいと言うなんて、心が優しくないと出てこない言葉ですよ」
「そ、そんなことないです」
本当にシルヴィオはすぐに私を褒めてくる。何を言っても褒めてくれるけど、捉え方が前向きすぎて私には眩しい。
いいなぁ、物事をそんな風に捉えられたら幸せだよね。私もそうなりたいとは思うんだけど、なかなか難しい。どうしても、自分にはそこまでの価値なんかないって考えが先にきてしまうから。
「エマ様はきっと、本当にそんなことはないとお思いなのでしょうね?」
「えっ、う……」
その通りだ。言い当てられて言い淀むと、シルヴィオはそれさえもわかっているとばかりにクスクス笑った。見透かされている……!
「無理に変えようとは思わなくてよいのですよ。自分に自信が持てない、そんな考えをすることも含めてエマ様なのですから」
「え……? で、でも、面倒臭くないですか?」
「ちっとも!」
すごいな、シルヴィオ。私は自分で自分が面倒だと心思うのに。こんな自分を変えたいと思いながら、変える努力もしない。そんな自分が大嫌いなのに……。
心が広すぎるというより、ここまでくるとさすがに異様に思えてくる。聖女というだけで、どうしてこんなにも特別扱いをしてくれるのだろうか。
「エマ様がご自分を嫌おうが、オレは貴女が好きですし素敵だと思い続けます。たとえ悪事に手を染めることがあっても、永遠に味方です。これは決して揺るぎませんよ」
……おかしい。絶対におかしいよ。だって、悪いことしても味方だなんて。それは、本当に相手を好きと思ってのことなの?
なんだろう。シルヴィオの真意が見えない。私を褒めて、いい気分にさせるのが目的だったりするのだろうか。
ここへ来て初めて、シルヴィオの優しすぎる対応に疑問を抱く。恐怖さえ感じる。
私はそっと手を離し、一歩後ろへ下がった。
「どうして、そこまで思えるんですか? 正直、まだ出会って間もないのにそんな風に思えるのは不自然です……。理解、出来ません」
思わずそう、口走ってしまうほどに。
言ってしまった後、慌てて口を押さえる。でも時すでに遅し。恐る恐るシルヴィオを見上げると、彼はほんの少し目を細めて、珍しく口角を上げるだけの笑みを浮かべた。
「やっと、ほんの少し本音を見せてくれましたね」
「え……」
意地悪に見える笑みを見せたシルヴィオは、それからすぐに申し訳ありません、といつも通りの丁寧な所作と笑顔で謝罪した。
続けて、嫌なことを言わせてしまったお詫びにオレの本音もお教えしますね、と苦笑いする。
「理由は簡単です。それがオレの存在意義だからですよ。聖女様にお仕えすることで、オレは存在出来るんです」
それは、どういう……? 首を傾げると私の疑問を察したのか、シルヴィオは眉尻を下げて困ったように告げる。そうすることでしか、自分の存在を認められないのだ、と。
じゃあ、これまで私に優しくしていたのは自分のためだった、ってこと? 聖女様に尽くす自分であることで、シルヴィオは自身を認められるから……?
なんだろう、普通だったら嫌な気分になるところかもしれない。でも、私にとってはその理由の方が納得出来て、妙に安心した。
「実を言うとこれまで出会っていた聖女様の中に、いくら努力しても好きになれない方は何名かいらっしゃいました。それでもオレは誠心誠意お仕えしましたし、同じことを言いましたよ。永遠に味方だと。そしてその言葉に偽りはありません」
衝撃の事実を聞いた気がする。シルヴィオでさえ好きになれない聖女がこれまでにいたんだ……!?
でも、内心はどうあれ聖女に変わらず真摯に接するシルヴィオ、というのは想像が出来る。……めちゃくちゃ怖い。
「エマ様のことは好きです。女性で、聖女様ですから、当然『好き』からのスタートですので。今はそのスタートラインに立っているにすぎませんが、いつかは心の底から貴女を好きになる予感がしています」
シルヴィオは私の前に片膝をつくと、片手を胸に当ててこちらを見上げた。淡い紫色の瞳が真剣な光を帯びて私を真っ直ぐ見つめてくる。
「弱いことを隠そうとしない貴女ですが、エマ様の心の奥には強さを感じるからです。そして何度も言いますがとても清らかなのですよ。貴女はお仕えするに値する方だと、オレは信じているのです」
……やっぱり、彼は眩しい人だ。そして彼が信じているのは私ではなく自分なんだ。
なるほど、幻獣人は曲者揃い。たぶんだけど、利己主義なんじゃないかな?
シルヴィオは自分の存在の確立のためなら気持ちに嘘をついてでも聖女に尽くす。でも出来れば、仕える相手は好ましい方がいいものね。だから信じようとする面が大きいのだろう。
「……安心しました。私、シルヴィオからの気遣いが少し怖いと思っていたので」
「怖い……? それは、初めて言われましたね。オレとしたことが、不甲斐ないです」
やや落ち込んだように項垂れるシルヴィオに、違うんです、と慌てて次の言葉を投げかける。
「だから、本当は自分のための行動だったんだって知れて、ようやく安心出来たんです。ちゃんと理由があったんだ、って。だから、その。シルヴィオにはこれからも、隠さずに本音を教えてもらいたいです」
私がそう伝えると、シルヴィオはきょとんとした顔で数秒固まった。それからフッと笑みをこぼして立ち上がると、私の手を再び優しく取る。
「……やはり、貴女のことは本気で好ましいと思います。いつか絶対に、自分が誰からも愛されるに値する存在だと認識させてみせますよ」
「それはたぶん、世界を救うより難しいと思います……」
余計に燃えますね、とシルヴィオは楽しそうに笑う。
それはこれまで見たどの笑顔よりも無邪気で、幻獣人相手にこの表現はどうかとは思うけど、人らしくて素敵だと思った。
明日はまた新たな幻獣人を解放しに行く。きっと色んなことが起こるし、私は戸惑ってばかりだと思う。
でも、この世界に守りたいと思える人たちがいる。少しだけ信じてみようと思える仲間がいる。
ただそれだけで、なけなしの勇気を振り絞れる気がした。




