思ったよりも不思議な空間だったようです
さらにカノアの部屋の隣には、小さな寛げるスペースが設置されていた。ソファやローテーブルが置かれている。
その奥には小さなシャワールームがあるみたい。ちょうど一階のダイニングやキッチンがある位置だね。
一階にもバスルームがあったけど、お風呂でのんびり寛ぎたい人は一階の方を、ササっと済ませたい人は二階の方を利用するようだ。
というか、私の使っている部屋にもシャワールームがあったし、おそらくカノアの部屋にもあるだろう。本当にどれだけ豪邸なのかな?
「では、一階に行きましょう。一応、他のヤツらの部屋もご案内いたしますよ。一応」
露骨に嫌そうな表情を浮かべながら、シルヴィオは私の手を取りつつ階段を下りていく。
本当に男には容赦ないって感じだなぁ。あはは、と乾いた笑いを浮かべることしか出来ません。
さて、階段を下りた先はすぐにリビングルーム、そしてダイニングキッチンだ。午前中にずっといた場所だね。
そこから階段の向こう側に、幻獣人たちの部屋が並んでいるみたい。
手前からリーアン、その隣にはジーノという人、そして突き当りにある私の部屋の真下に当たる場所に二部屋あって、右からギディオン、ガウナ、と並んでいるらしい。
まだどんな人かもわからないからいまいちピンときていないけれど。
「まぁ、別に覚えなくても問題ありません。オレの部屋が隣だということだけ知っていてもらえれば」
だってオレが案内すればいいだけですし、と笑顔で微笑みかけるシルヴィオは、やっぱり愛が重いなって思った。
あ、ありがたい話なんだけどね! 逆に言うと、この人に失望されたら終わりだな、とも思う。気を付けよう……!
一階は他にも来客室や倉庫などもあって、館の広さを何度も思い知らされた。いつかはシスターやカラも呼びたいなぁ。
「では、いよいよ庭に行きましょう。さぁ、早くこちらへ!」
ウキウキしているシルヴィオが可愛らしい。愛の重さにヒヤッとした次の瞬間に無邪気な笑顔を向けてくるのはずるいよね。計算かな? どのみち油断のならない美形さんである。
相変わらず私の手を優しく引きながらシルヴィオが扉を開くと、眩しい陽射しが目に飛び込んできて咄嗟に目を細める。
「え、あれ? あれれ? 館の外ってこんな景色でしたっけ?」
一歩外に出ると、足元には青々とした芝が数十メートルほど先まで広がっていて、その向こう側が空だった。
もう一度言う、空だった。
え、えーっと、この館に来た時ってどうだったっけなぁ。やたらフカフカとした芝生の上を歩いたって記憶しかないんだけど。
あ、そうか。ここに来た時は館の方を向いていて、後ろも見ずに中に入ったから外の景色を見てないんだ!
「こ、ここって空の上なんですか!? 大地が浮いてる……?」
数歩前に出てキョロキョロ見回しながらこの館が建つ場所を確認してみたけど、やっぱりどう考えても大地が浮いているとしか思えない。
怖いから端まで行って下を覗くなんてことも出来ないから、本当にパッと見た感想でしかないけれど。
「カノアの趣味ですね。この空間は狭間と呼ばれている場所ですので、実際は何もない真っ白で無機質な場所なのだそうです。でもそれだと楽しくないから、とカノアが自由に空や雲、館や芝生などを置いていったとか」
「置いていった、って。それ、置いていけるものなんですか……?」
オレにも詳しいことはわからないんですよねー、とシルヴィオは朗らかに笑う。
どうもここにあるものは全て、ベスティアの世界のどこかから切り取ってきたものらしい。うん、わからない。
「空間を司りますからね、カノアは。オレたちの世界のどこかをあちこちから空間ごと切り取ってこの狭間に並べたらしいのです。館もそうですよ。もちろん、所有者は元々カノアなのでご心配なく」
そ、そんなことも出来るんだ? まるでパズルか何かのように……。幻獣人、半端ない。
ちなみに、切り取られた場所はぽっかりと穴が開いている状態らしい。下手に近付くと空間の狭間に迷い込んで出られなくなる……って。怖すぎませんかね!?
あ、ちゃんと誰も入れないように対策はしている? そ、それならよかったけど……。
「ちなみに、太陽光は届きますが太陽はありませんよ。切り取った場所の気候がそのままここに反映されるんですって。この場所と向こうの空は別の場所を切り取っているので、同じ天候であるとは限りませんが」
「そろそろ理解が追い付かなくなってきました……」
いや、言っている意味はわかるんだけど、私の中の常識が邪魔をして理解が出来ないというか。
つまり、極端に言えば屋敷の周りが晴れていても向こうの空が嵐、ってこともあり得るってことだよね。
あ、やっぱり理解は出来ない。私は考えることを放棄した。
「今日がどちらも晴れていて良かったです。館の裏側にある花畑を見ながらハンモックに揺られるのは最高ですよ!」
「! それは楽しみですね」
芝生だけでも美しいのだから、きっと花が咲き誇る様子はもっと素敵だろうと、つい顔が綻ぶ。
ハンモックかぁ。一度乗ってみたかったんだよね。覚えていないだけで体験したことがあるかもしれないけれど。
私が内心でワクワクしていると、シルヴィオはヒョイッと私の顔を覗き込むようにして微笑んだ。
「ふふ、やっと嬉しそうなお顔が見られました。驚くエマ様も素敵ですが、オレはその顔が見たかったのですよ」
「ちょっ……!?」
不意打ちの殺し文句に一気に顔に熱が集まる。恥ずかしいセリフをサラッと言いましたね!?
「ああ、その顔もいいですね。実際の光景を見たらもっと素敵な笑顔が見られそうで楽しみです」
「わ、私ではなく景色を見ましょう!?」
本当に彼には振り回されてばかりだ。素敵なものでもなんでもないのに。シルヴィオの表情や言葉に嘘は感じられない気はするけれど……。
それなのに私は、自分に向けられる褒め言葉を素直に受け止めることは出来ない。それが酷く心苦しいと思った。




