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この度、獣人世界に転移した普通の人間である私が、幻獣人を束ねる「鍵の聖女」に任命されました。  作者: 阿井りいあ
ちゃんと頑張りますよ? でも聖女と崇めるのはやめてください!

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ちょっと褒めすぎだと思います


 シルヴィオの説得を続けること二時間。やっとの思いで彼を説得した私はすでに疲労困憊だった。説得だけで午前が終わったよ……。これ以上は無理です。

 最終的に頬を膨らませながら「わかりました……」と言ったんだから、もう撤回はなしですよ、お願いだから。まだちょっと可能性あるかな? って目で見ないで?


「あ、そろそろお昼の準備をしないと。アンドリューはどうしますか? 食べていきます?」


 とはいえ、疲れたのは説得することで酷使した喉と精神力だけなので体力は残っている。料理をしていると気が紛れるからむしろ作りたいくらいだし。

 朝食の件もあるから幻獣人たちはみんな食べるとして、アンドリューに聞かないわけにもいかないよね。そう思って聞いてみると、驚いたように目を見開かれてしまう。どうしたんだろう?


「私も、いいのか?」

「? それはもちろん。……あっ、王太子ですもんね。手料理を振舞うだなんて失礼でしたか……?」


 王子様なのだから、いつもは料理人が作る美味しいものを食べているのだろう。私が作るのは一般料理だから、口に合わないかもしれないよね。軽率だったかも?


「そんなことはまったくない。前にも言っただろう。聖女様の方が私などよりも敬われるべき存在だ、と」


 心配になって聞き返すと、アンドリューは心なしかムッとして腕を組む。え、何か気に障るようなことを言っちゃったかな? でもその言葉には私もこう返させていただきたい。


「わ、私も言いましたよ? 聖女として扱うのはやめてくださいって」


 敬われたくないんだってば。だから聖女として扱われるのを拒否し続けているというのに。それをアンドリューだって知っているはずだ。


「ふ、頑固だな」


 笑われた……。いいの! 頑固で結構! 自分が面倒臭いヤツだってことは誰よりも知っているんですからね!


「私も、エマと同じだ。ここにいる間くらい、王太子という立場を忘れさせてもらいたいんだ」

「あ……」


 でも、続くアンドリューの言葉にハッとなる。そっか、普段はずっと堅苦しい中で気を張っているんだものね。

 幻獣人たちは気軽に接してくれるし、私もこの世界の常識がないから、王太子に対する態度というものは取れていない。もしかすると、このメンバーの中にいるのはアンドリューにとって息抜きになっているのかも。


 それなら、今回は私が悪かったよね。特別扱いされるのが嫌なのは、よくわかる。


「……では、アンドリューの分も作ります。ちゃんと残さず食べてくださいね」

「ああ。それはもちろん」


 たぶん、それ以上の言葉はいらないよね。軽く微笑み合ってから、私はジャガイモの皮むきを開始した。




「温かな料理など久しぶりだ。ありがたくいただこう」


 少しだけ時間がかかってしまったけれど、決めていた通り昼食は気合いを入れて作った。


 ひき肉らしきものがたくさんあったので即席ミートソースを作り、ジャガイモを粗めに潰してポテトグラタンに。小麦粉やミルクもあったので、ホワイトソースも作っちゃった。

 材料は教会で使っていたものよりも新鮮で、良い素材だったから作るのは楽しかった。いかに少ない材料で量を増やすか、と頭を悩ませながら作るのも楽しいんだけどね。


「エマチャン、マジやばーっ! これ、めっちゃ美味しいー! アガるんだけど!!」

「美味しい。おかわり、ある?」

「ああ、さすがはエマ様です! こんなに美味しい物を作ってしまうとは!」


 と、とはいえ褒め過ぎだよ……! さすがに照れてしまう。

 でも、次々におかわりを嬉しそうに求めてくる彼らはなんだか可愛い。普段はあんなに曲者なのに。なんだか餌付けをしている気分。


「本当に美味しいな。城で食べているものよりもずっと」

「そ、それはさすがに言い過ぎですよ!?」


 アンドリューからもお褒めの言葉をいただいた。いくらなんでもお城の料理人とは比べ物にならないからね!?


「そんなことはない。本当に美味いぞ。普段は毒見をしてもらってから一人で食べるから、より温かさが染み渡るな」

「それは、出来立てをみんなで食べているからそう感じるんだと思いますよ?」


 それもあるかもしれないな、と言った後は黙々と食べ進めるアンドリュー。

 お城の料理と比べてどうかは置いておいて、本当に美味しいと思ってくれているのは食べっぷりから伝わる。


 ああ、なんだか嬉しいな。私はこうして作った料理を美味しいって言ってもらうのが好きなんだ。教会でもそうだった。もしかしたら、記憶のないこれまでの私にもこういう経験があったのかも。


 うーん、この光景を見ていたらますます教会に帰りたくなってきた。お世話になったシスターやカラに会いたい。子どもたちの無邪気な笑顔を見たい。


「教会に行きたいか」

「えっ」


 しんみりしていたらアンドリューに言われてしまった。そ、そんなに寂しそうな顔でもしていたかな? ペチペチと軽く頬を叩くとさらにフッと笑われた。くっ……!


「今すぐには無理だが……直に落ち着くだろう。そうしたら自由に教会にも行ける。もう少しの辛抱だ。それに、シスターたちにはエマが無事であることは伝えてある」

「そうでしたか……! 良かった、ありがとうございます。すみません、色々してくれているのにワガママなことばかり考えてしまって」


 これじゃあ小さな子どもみたいだ。幻獣人たちのこと言えないな。

 よくよく考えてみれば、アンドリューが教会へのフォローを入れないわけがなかった。


「ワガママなものか。むしろエマは言わなさすぎだ。何かしてほしいことがあれば、もっと遠慮なく言っていいんだぞ」

「そうですよ! 欲しいものはないのですか? 思えばオレ、エマ様には幸せをいただいてばかりです。料理だって……!」


 そ、そうは言いましても。これと言ってないんだよねぇ。特にこの館はすごく綺麗で快適だもの。教会で過ごしていた時はせめてお湯で洗濯したい、とは思ったけど。


 つまり、今は困っていないのでしてほしいことも欲しい物もないんですよ。

 だからシルヴィオ? そんな今すぐ何かを頼んでください、と言わんばかりに見つめてくるのはやめてくださいっ!


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