やはり幻獣人は曲者揃いだと実感しました
「はー、美味しかった! ごちそうさまっ! エマチャンって料理上手なんだねー?」
「い、いえ。キッチンにあった材料でササッと作れる簡単なものなので……」
全員が食べ終えたところでみんなの食器を下げていると、リーアンがそんなことを言ってくれた。いや、本当に適当に作ったものだから素直に喜んでいいのかと迷ってしまう。
うーむ、こんな風に言ってもらえるのなら昨日の夕食ももっと気合いを入れて作ればよかったな。ただ本当に昨日は色々ありすぎてヘトヘトだったから。
しばらくは教会にも帰れなさそうだし、お昼ご飯からは少し頑張ってみようかな。
「またそうやって謙遜なさるんですから……。いいですか? 料理をしない人はそこにある材料で適当に作るってことも出来ないものですよ。ですから、エマ様はすごいのです!」
シルヴィオは両拳を握って褒めちぎってくれる。そ、それはそうかもしれないけど!
なんだか恥ずかしくなってきたから、絶対にお昼はもっと気合い入れて作ろう。そうしよう。
「よく料理していたの?」
「たぶん……」
カノアにはそう聞かれたので曖昧に答える。いやぁ、キッチンに立って作るものを決めたら勝手にレシピや手順が浮かぶから、そういうのは覚えているんだなぁって思って。
でも、よく料理をしていたのか、と聞かれるとわからない。家で料理をしていた記憶はまったく思い出せないから。作れるってことは作っていたってことだと思うんだけど……。
「なんで曖昧?」
そんなパッとしない答えだったから、案の定カノアには突っ込まれて聞かれてしまう。
うーん、別に隠しているわけじゃないから教えてしまってもいいかな。私は食器を洗いながらサラッと説明してしまうことにした。
「覚えていなくて。学校に通っていたこととか、勉強した内容とか、そういうのは覚えているんですけど。どう過ごしていたのかとか、家族や友達のことはなぜか思い出せないんです」
「記憶喪失、ってこと?」
「そうだと思います。あ、でも最近は夢で懐かしいことを思い出したりもするので、いつかは思い出せるんじゃないかなって思うんですけど」
あまり大事にはしたくなかったので、ヘラッと笑って誤魔化す。納得してくれたのか、私の意図が伝わったのか。いずれにせよ、彼らはそれ以上は聞いてこなかった。ホッ。
ただ、なんとなく思い出さない方がいいんじゃないかって気配を感じてはいるんだよね。
夢の中の私って、今よりももっと自信がなくて、自分を下げてばかりいるから。家庭環境になにか問題でもあったのかな、って思うと不安になる。
まぁ、それを思い出したところで今に影響するわけじゃない気がするけど。元の世界に帰りたいと思うかどうかは変わってきそうかな。
でも、夢の中の友達のことは思い出したいって思う。私にとってあの子はかけがえのない存在だったんだなってことだけはわかるから。
どんな顔で、なんて名前だったっけ。まったく思い出せないのが悔しい。いやいや、焦ったらダメだよね。また思い出すことがあるかもしれないし。
「なー、ところでさー。オレっちたちいつまで館にいなきゃなのー? ずっとここにいろって言われたらさすがに暇すぎて死にそー。ってかアンドリューは? 戻ってくるの? いやその前に、この館に来れるの?」
リーアンが頭の後ろで手を組みながらブーブーと口を尖らせている。でも言いたいことはわかる。私も同じことを思ったし。
ずっとここにいる、ってことはないと思うよ? だって、他の幻獣人も解放しに行かなきゃいけないもの。
そう思っていると、カノアがおもむろにポン、と一つ手を叩いた。
「そうだった。陽が昇る前に、城のアンドリューの部屋と扉を繋いでくれって言われていたんだった」
「カノア!?」
それ、忘れていちゃダメなやつでは!? もうとっくに陽は昇ってるよ!
私は慌てて今すぐ扉を出してあげて! とカノアを急かした。
それを受けてカノアはお茶を飲んでからね、と優雅にカップを手に取ろうとする。
ダメ! 先に! と手を押さえて私が必死になっていると、カノアは不服そうにしながらも立ち上がってくれた。
「エマに言われちゃ仕方ないなぁ。もう、お茶が冷めちゃうじゃない」
「だ、だって絶対にアンドリューを待たせているもの! 何かあったんじゃないかって心配しているかも……」
「もうわかった、わかった。面倒くさいなぁ。この話はおしまーい」
まだ文句を言うカノアに必死で訴えたけれど、あまり響いてはいなさそうだ。面倒くさいって……。自由人だなぁ。
でも、なんだかんだ言いつつもすぐに扉を出してくれたから良かった。
カノアが扉出すと、ものの数秒でガチャリと開き、向こう側からホッとしたような表情のアンドリューがやってきた。扉はアンドリューが閉めるとすぐに消えていく。うん、やっぱり不思議だな。
「ご、ごめんなさい、アンドリュー。陽が昇る前に扉を出すって約束をしていたこと、カノアはさっき思い出したの」
やや疲れたような彼の様子に、どうしても放っておけなかったのでなぜか私が謝ってしまった。
だって、カノアは絶対に何も言わないと思ったから。ほら、我関せずといった様子でお茶を飲んでいるし。
「いや、カノアのことだからそうだろうとは思っていた。少し心配していたのは事実だがな。だが、結果的にここに来られたんだ。皆も無事なようで安心した。問題はない」
心が広い……! カノアは「ほら大丈夫だったでしょ」とでも言いたげにフフンと得意げに笑っている。素直でいい子だと思っていたけど、他二人の幻獣人と同じで価値観の違いを実感したよ。
幻獣人は曲者揃い。この言葉を忘れてはいけないなって改めて思った。無害そうだと思っても、今後は油断しないようにしよう。
さて、とにもかくにもアンドリューは気疲れしたでしょう。座っていてください、と声をかけてから新しいお茶を淹れるべく、私は再びキッチンへと向かった。




