朝のお喋りタイムとなりました
カノアには聞きたいことがあったけれど、いつまでも階段の上で話しているわけにもいかない。朝食の準備もしようと思っていたことだし、せっかくなのでカノアも誘ってみることにした。
「僕らは食べなくても生きていられるよ? 魔力が栄養源だから」
「そうなんですか? 少し聞きたいことがあったので、一緒にどうかなって思ったんですけど」
聞きたいこと? とカノアは首を傾げる。同時にモノクルが繋がっている銀の細いチェーンがシャラリと鳴った。
「食べる。聖女……じゃなくて、エマの話も聞いてみたい」
「そ、そうですか? ありがとうございます。それじゃあ、作りますね」
やっぱり素直だな、カノア。シルヴィオもリーアンも色んな意味で濃いから、ちょっとホッとする。
いやぁ、カノアの不思議な雰囲気も相当ではあるんだけどね。そもそも、封印場所が鳥居じゃなかったのもビックリだよ。
そうだ、なんであんな場所に封印されていたんだろう?
「んーっと、確かあの時もね、風鈴が鳴ったんだよね」
移動しながら聞いてみると、意外とどうしようもない理由だったことが判明した。いや、変わり者だから途中で気分が変わったとか、そういう理由だと思っててごめんなさい。
なんでも、封印される時は前聖女と二人で渓谷に向かったんだって。カノアはあらゆる場所に行ける扉が出せるから、封印される順番も最後の一人だったという。
「このままだとさすがにまずいなーと思って。僕は戦えないし、体力も魔力もギリギリだったし。だから、空からも谷の底からも禍獣が届かない位置で封印してもらったんだ。直前に扉は出しておいたけど、あの子はちゃんと通って帰れたかなぁ」
封印される時に余裕がなかったせいで、カノアだけは結界を張れないまま封印されたらしい。
あ、だからあの渓谷には普通に禍獣が出現したんだ……。幻獣人が封印されている周辺は、禍獣避けの結界があるはずだもんね。
「すごくお喋りでちょっとうるさかったけど、いい子だったよ。そういえば、あの子は今どうしているんだろう?」
……それは、私も気になっていることの一つだ。アンドリューからは「前の聖女様はいない」としか聞いていないんだよね。
あの時、一緒に聞いていたシルヴィオもそうですか、とだけ答えて深くは聞かなかったし……。
少し重苦しい雰囲気だったから、なかなか聞きにくくて。新たな聖女として私がこの世界に来てしまったことといい、あまりいい予感はしないから余計に。
だから私は曖昧に、会ったこともないからわからないです、とだけ答えてキッチンへと向かった。
カノアもそっか、とだけ言ってそれ以上は聞いてこなかったのは助かった。
いつかは、ちゃんと聞いてみたい気もするんだけど……。なんだか私の行く末を聞くような感覚になっちゃって聞けないというのが本音だ。
元の世界に戻ったのか、戻れていないのか、もうこの世にはいないのか。どんな話を聞いてもショックを受けるような気がするから。
「お待たせしました。簡単な物ですけど……」
キッチンの食材庫にはいくつか材料が入っていた。これは昨日、アンドリューがお城から運んでくれたんだよね。また定期的に運んでくるそうなんだけど、支払いとかは大丈夫なのだろうか。
ま、まぁ、せっかくなので自由に使っていいというお言葉に甘えて使わせてもらったけれど。
「ベーコンエッグ! 僕これ、好き」
「それなら良かったです」
メニューはその他にパンと、昨日の夕飯で作ったシンプルな野菜スープをトマトスープにアレンジしたもの。それから簡単なサラダだ。
「食べなくても生きられるけど、食べるのって楽しい。ほんのちょっとだけ魔力の回復も早まるし」
「そうなんですか? 幻獣人って、不思議ですね……」
「僕は人間の方が不思議だけど。だって、そんなに弱くてよく生きていられるよね?」
あー、価値観の違いってやつですね。お互いがお互いを基準に考えていたらそうなるのも無理はない。
「あんまりにも弱いから、守ってあげたくなる。前の聖女も弱いくせに危険な場所に行くから、いつもみんなで心配してた」
前聖女はアグレッシブだったんですね……! 危険なことは全力で避けたい、出来れば引きこもっていたい、などと考えている私とは正反対だ。
食べながら、カノアはさらに前聖女についてあれこれ教えてくれた。テンションはずっと低いけど、やっぱりカノアはお喋り好きだよね。聞かなくても話してくれる。
リーアンもお喋りだけど、タイプが違う。あの人はテンションが高いけど中身はあんまりないっていうか、余計なことを口走るというか。わ、悪口じゃないよ? リーアンは場を盛り上げるタイプなんだよ。私のような根暗には眩しすぎる、それだけだから!
その点、カノアは色んなことを淡々と教えてくれるから聞きやすい。おかげで前聖女のことを色々知ることが出来たもの。
封印される前は十七歳だったということ、髪が黒くて長く、ところどころ金に輝いていたこと、右手の甲には錠の紋章が描かれていたことなどだ。……私と似通っている部分が多いなぁ。
「エマとちょっと似てる。性格は全然違うみたいだけど」
やっぱり似てるんだ。これはますます日本人説が有力になってきた。そう言えば名前はなんていうんだろう? そう思って口を開きかけた時だ。
「随分と楽しそうじゃないですかぁ……?」
「わぁっ!? あ、え? あ、シルヴィオ!」
シルヴィオが柱の陰からこちらを見ている……! それはもう、低い声でなにやらブツブツ呟いているのが余計に怖いんですけど!
悪いことは何もしていないのにごめんなさい、と謝りたくなるよ!?
「本当だー! エマチャンとカノアの二人だけで何食べてんのー? 朝早くから二人きりでさー? 楽しんじゃってずっるーい! 二人だけで!!」
「ええ、本当に……。エマ様と、二人きりで……」
リーアンがわざとシルヴィオを煽っているのは気のせいじゃないよね、絶対! 楽しそうにニヤニヤしているもの!
ちょ、ちょっと待って! 二人の分も朝食を準備するから落ち着いて!!




