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この度、獣人世界に転移した普通の人間である私が、幻獣人を束ねる「鍵の聖女」に任命されました。  作者: 阿井りいあ
もはや聖女を認めない私が頑固者みたいになっているのですがそれは

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ちょっとだけ頑張ってみようと思います


 さあ、早く! と続くアンドリューの声に、国王軍はハッとなる。示されたその先では、カノアが扉を出現させ、そのドアノブをアンドリューが持ち、手前に開いた。


 ここからだとよくわからないけど、明らかに渓谷とは違う景色が扉の向こうに広がっているのが見て取れる。

 すごい。こういう不思議道具、アニメか何かで見聞きした覚えがある気がするけど、まさか現実に存在するなんて。


 扉の先が見知った場所だと気付いたのだろう。国王軍は順番に急いでその扉を通っていく。きっと気まずいだろうなぁ。敵派閥のトップに助けられる心境はどんなものだろう。

 助けたからといって、味方になるだなんてことはないかもしれないけれど。ほんの少しだけ認識を改めてもらえたらな、とは思うよ。


 それにしても、作戦が上手くいってよかったぁ。私が彼らに伝えたのはこうだ。リーアンが禍獣を足止めしている間に、カノアの扉で国王軍を安全な場所に避難できないだろうか、という簡単なもの。


 それだけを聞いて、瞬時に動きを指示したのはアンドリューだ。私はただ思い付きを言っただけ。すごいのはそれを作戦として組み立て、実行している彼らである。本当に私のしたことなど、微々たるものなのだ。


 ただ、国王軍は人数もいるから避難には時間がかかるかもしれないけれど。でも、そこは統率の取れた軍隊。迅速に避難が進んでいるように見える。

 あと半分くらいかな? リーアンがうまく足止めをしているみたいで、まだ時間的な余裕はありそう。


「エマ様っ!」

「きゃ……!」


 ちゃんと全員の避難が出来そうだとホッとしていた時、叫び声と共にシルヴィオに抱きかかえられる。その瞬間、さっきまで私がいた場所に空飛ぶ禍獣が落下してきた。ひ、ひえぇ……!


「こっちはそろそろ限界ですね……! 仕方ありません。オレたちがカノアの下に行きましょう。ここで待っていては危険ですから」


 私たちの方が余裕なかった! チラッと空を見ると、さっきの倍ほどの禍獣が集まってきている。い、いつの間に……!


「あの獣は、生き物であれば誰彼構わず襲い掛かってくるのですよ。理性のない野蛮な獣のくせに、オレのエマ様に気安く近付いてくんじゃねぇごらぁっ!!」


 シルヴィオの口悪モードが発動され始めた。相当イライラしているみたいだね……! ここは素直に私たちが移動するしかなさそう。

 でも、シルヴィオは空を飛べないよね? どうやってこの崖を下りるんだろう。禍獣がどんどん押し寄せてくるから、ロッククライミングのようには下りていられないし。


「エマ様、一気に駆け下りますよ!」

「え。えええええええっ!?」


 次の瞬間、私はまたしてもシルヴィオに横抱きにされていた。そのまま、一切の戸惑いもなく崖に向かって走り出すシルヴィオ。

 ま、まさかこのまま崖を駆け下り……ぎゃあああああ!!!!




「い、生きた心地がしませんでした……」


 あれから軽く意識を飛ばした私が次に気付いたのは、どこかの部屋のソファの上だった。広いリビングにある豪華なソファに寝ていたようで、一瞬まだ夢を見ているのかと錯覚したよ。

 でもそんなに長い間気を失っていたわけじゃないみたい。まだお昼過ぎだとシルヴィオに教えられたから。


「本当に申し訳ありませんでした。エマ様の繊細さを考慮すべきでしたね……」

「い、いえ! 緊急事態だったわけですし! むしろ情けなくてこちらこそごめんなさい……」


 本当に情けない。気付いた時には全て解決した後だったとは。

 ということは、ここは朝露の館なのかな。まだ外観さえ見てないや。ははっ。とにかく豪華な館なのだろうな、というのはわかるけど。


 本当に、私は聖女という器ではないな。そんな私の小さな呟きをアンドリューが拾う。


「まだ言うのか」


 聞かれていた! 顔を上げると、アンドリューもリーアンもカノアも、みんながこのリビングに集まっている。い、今初めて気付いた。


「いいか、エマ。幻獣人様方があの時動いたのは、聖女様であるエマが言い出したからだ。私には思いつかない作戦ではあったが、私が言い出していたとしても、彼らは動かなかっただろう」


 え、そんなことある? ただの小娘だよ? この世界では唯一の人間らしいけど、特別なのはそれだけだ。


「そうですね。エマ様の身の安全が最優先ですから。アンドリューなら無視していましたね」

「確かにー! 疲れるだけの仕事だし、野郎の言うことを聞く気にはなれないよねー」

「僕はまぁ、どっちでもよかったかな」


 おっと? カノアを除く二人は同意したよ? シルヴィオはなんとなくわかるけど、リーアンまでそう言うなんて。


「で、でも私は別に命令したわけじゃ……」


 まぁ、出来ればお願いしたいっていう強い思いはあったけど。でもアンドリューは、だからこそすごいのだ、と言う。


「エマ、貴女は間違いなくあの瞬間、幻獣人様を束ねていた。聖女の力を使わずして彼らを動かしたのだ」


 えっ、そういうことになっちゃうの? 聖女の力があったとしても使いこなせないし、荷が重いよぉ! 聖女様なんて呼ばれるような人間じゃないよぉ!


「あのさー。この際、聖女とかそうじゃないとか、どーでもよくなーい? 本人も嫌がってるみたいだしさー」

「肩書きみたいなものでしょ? 何がそんなに嫌なの? 聖女っていう音の響き?」

「あっは、カノアっち! 相変わらずおっもしろーい!」


 いや、聖女と呼ばれるのが嫌ってわけじゃないのですが。嫌だけど。そうではなくその役割が務まらないというかなんというか。


 でも今回私は、無意識とはいえ彼らを束ねてしまったんだよね……。アンドリューやシルヴィオは確実に聖女認定しているし、もう逃れられないヤツでは。


「……たまたまです。今回はたまたまうまくいっただけ。今後も同じように出来るとは限らないですよ?」

「それでもいい。ただ我々にはエマ、貴女が必要なのだ」


 うあぁぁ。もう、そんな真っ直ぐな目で見ないでぇ! ……ああ、もう降参っ!!


「……わかりました。仕事は引き受けます。でも! 聖女の肩書はいらないですからねっ」

「わー、エマチャン、頑固ー!」


 頑固で結構! というか認めたくても心の中の私が「お前には無理」って自分を否定しちゃうんだもん。


「やっぱり音の響きが嫌なんじゃない?」

「それはないと思いますよ、カノア……」


 カノアの天然具合に、なんだか肩の力が抜けちゃった。思わずクスッと笑ってしまう。

 ともあれ、どうにかセキの都市で二人の幻獣人を解放することが出来た。まだ道のりは長いけど……。


 この世界のため、って考えると気が滅入るから、せめて教会にいるシスターやカラ、子どもたちが安心出来るように、ちょっと頑張ってみようと思います! ちょ、ちょっとだけ、ね?


これにて今章は終わりです。

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