私は禍獣の恐ろしさをわかっていませんでした
結論から言うと、私の作戦は採用された。「もしもこれが出来るなら」と提案した内容を、幻獣人の皆さんが問題なく出来ると答えてくれたからこそである。
時間もない、ということで皆さんがそれぞれ動き出す。私は崖の上でシルヴィオと共に見守りながら両手を組んで祈っていた。
「エマ様は、本当に素晴らしい方ですね」
「も、もう。シルヴィオはいつもそう言ってくれますけど……そんなことはないですからね?」
口を開けばすぐに褒め言葉が飛び出してくるんだもの。ちょっとずつ慣れてきたとはいえ、やっぱり恥ずかしいし、むず痒い。私はそこまで褒められるような人間じゃない。
だけど、今回ばかりは少し様子が違うみたいだった。シルヴィオはただゆっくりと首を横に振り、真剣な目で私を見つめてくる。
「いいえ。今回のことで改めてそう思ったのです。あのような作戦は我々には思いつきませんから。王太子であるアンドリューでさえ、敵味方関係のない皆のことを考えた案は思いつきませんでした」
そう、だろうか。ただ咄嗟に、皆が助かってほしいってその一心だったから。シルヴィオの言葉はまだ続く。
「本当に人々のことを思っていなければ出てこない考えです。エマ様はやはり素晴らしい方なのですよ? たとえ、貴女ご本人が認めずとも、オレは心からそう思っています」
なんと答えたらいいのか、と私が黙ったままでいた時だ。動いたようです、というシルヴィオの声にハッとなって崖下に視線を移す。
見れば、あと数十メートルほどで国王軍に禍獣の群れが追い付きそうなところまで来ていた。
黒い蒸気を発しているかのように見える獣の群れ。禍獣は目の光がなく、どこまでも不気味だった。
ゾワッと全身に悪寒が走る。この世界の人は、あんなにも恐ろしい脅威に怯えていたんだ……。今の今まで、私には実感が足りていなかった。
……彼らに、立ち向かってもらいたいだなんて、軽率に頼むべきじゃなかったと激しく後悔する。まだ遠目でしか見ていないのに、恐ろしくて震えが止まらない。
でも、そんな禍獣の群れの先頭、国王軍の最後尾に水色と朱色の炎を纏うフェニックス、リーアンが臆することなく舞い降りた。
彼は人型ではなく、完全なフェニックスの姿で禍獣の前を通り過ぎると、翼を大きく羽ばたかせて炎を群れに向かって放つ。そのおかげで群れは動きを止め、国王軍との距離が開いた。
それだけではなく、リーアンは最前列にいた禍獣を数十匹、ついでかのように倒していく。嘴で突いたり、炎の羽根を飛ばしたり、その猛攻に言葉を失った。強いとは聞いていたけど、ここまでだなんて。禍獣が次々に消えていく。
でも、数が本当に多い。とはいえ、これはほんの一部なのでしょう? さらにたくさんの禍獣が、王の復活によって一気に攻めてきたら……。この世の終わりだというのも大げさではないんだってわかる。
「やはりあの数を一人で相手にするには、足止めが精一杯ですね。本人が捨て身であったなら、一度に数百は倒せたかもしれませんが」
「そ、それはダメ!」
「ふふっ、わかっていますよ。本当に優しくて可愛らしい人ですね、エマ様は」
い、今、私をからかっている場合!? そう文句を言おうとしたその時だ。
突然、シルヴィオの姿が目の前から消えた。えっ、どこに? と思ったのも束の間、次の瞬間には数メートル先で禍獣に回し蹴りをしているシルヴィオの姿があった。
ズンッ、という地響きとともに地面に倒れた禍獣には翼が見える。もしかして空からも来ていたの!?
バッと見上げると、数羽の空飛ぶ禍獣が旋回しているのを確認出来た。う、嘘でしょ……?
「このくらいなら大丈夫ですよ、エマ様。ただ、これ以上増えるとまずいですね……。さっさと終わらせて戻ってきてもらえるといいの、です、けれ、どっ!」
「ひえっ」
当のシルヴィオは、相変わらずニコニコと話をしながらも、空から弾丸のように落ちてくる禍獣を次々と回し蹴りで倒して行く。
地面に倒れ伏す禍獣は次々に消えていくから、ほぼ瞬殺だよね? これで戦闘はあまり得意じゃないってどういうこと?
そこからあまり動かないでください、というシルヴィオの言葉に首を何度も縦に振る。や、やっぱり私は結構ハードなことを頼んでしまったのでは?
でも彼らは出来ると言ってすぐに動き出した。それなら、彼らを信じるのが今の私に出来ることだ。本当はものすごく怖いけどね!
小刻みに震えつつ崖下に再びチラッと目を向けると、アンドリューとカノアが国王軍の先頭に降り立ったところだった。
二人とも色は違うけど似た形状の翼を背中から出して飛んでいる。カノアの翼の方がやや大きいかな。こうしてみるとアンドリューが眷属だと言っていたのもよくわかる。
「あ……、────!? な、何を……かっ!?」
「────っ、退いてくだ……! どうか────!」
遠すぎて何と言っているのかまではわからないけど、騒ぐ声の中で辛うじて拾えた単語と雰囲気から察するに、突然現れたアンドリューが邪魔をしに来たとでも思ったのだろう。剣の先をアンドリューとカノアに向けている。
いくら敵対派閥とはいえ、自国の王太子に剣先を向けるなんて!
あまりの光景に息を呑んでいると、アンドリューの良く通る力強い声が渓谷中に響き渡った。私のいる場所にまで、ハッキリと。
「お前たちの愚かな行為の数々、確かに許し難いものだ! だが、お前たちも我が国の民である! さあ、命が惜しくばこの扉を通れ!!」
堂々とした佇まい、そしてその声からは王の威厳を感じた。まだ王太子ではあるけれど、彼は間違いなく次期国王としての資質を備えている、そう強く思わされた。




