妙に譲れない気がしたのです
「お人好しが過ぎるんじゃないのー? エマチャン。彼らは君を狙っていて、捕まえたら閉じ込める気でいるんだよ? わかりやすく言うとー、敵だよ? 敵! オレっちたち幻獣人のことも毛嫌いしてる国王軍なんて、助ける必要があると思うー?」
「そっ、それはそうかもしれませんけど……」
一瞬、静まり返った空気の中、最初に声を上げてくれたのはリーアンだった。めちゃくちゃ居た堪れない雰囲気になっていたから、それがどんな内容であれ助かりました……!
もう、これ以上は何か意見を言える気がしない。俯いて黙り込むと、スッと目の前にアンドリューがやってきた。
「何か、言いたいことがあるのだな? どうか聞かせてもらいないか。私個人としても、王太子としてもその話を聞きたいのだ」
た、退路を断たれた。チラッと他の幻獣人たちにも目を向けて見ると、みんな黙って私に注目している。考えはそれぞれだろうけど、私が話すのを待つ体制なのは同じみたい。
うぅ、時間もなさそうだし、話すしかない。元々、話を切り出したのは私なのだから。
「……えっと、私がこうして幻獣人を解放しているのは、この世界のためなんですよね。この世界の人たちが安心して暮らせるように、って。そのためです、よね? 確かに敵かもしれませんが、彼らもこの世界の人で、守るべき対象なんじゃないかなって、そう思ったんです、けど……」
「……ああ。その通りだな」
アンドリューは神妙に、そして短くそう答えて、続きを、とでも言うように私を見つめている。うっ、真っ直ぐ目を見られると弱いんだよ……!
「そっ、それに、国王軍だって私たちと手段が違うだけで、世界を守りたい気持ちは同じなんじゃないかなって。会ったこともないですし、また違う思惑があるかもしれませんが……」
語尾がゴニョゴニョとハッキリしないものになっていく。だって、私が言っているのはただの綺麗事だってわかっているから。
要は、国王軍をこのまま見捨てるように逃げてもいいのか、って言っているんだもん。自分では何も出来ないくせに、だ。
「エマ様は本当にお優しいのですね。お気持ちはとてもよくわかりました。ですが……」
「聖女はアレらを助けろ、って言ってるの? 僕は戦えないから無理だよ」
シルヴィオが優しく、そしてどこか申し訳なさそうに微笑む。フォローが完璧すぎる。続くカノアの正直な感想にホッとしてしまうほどだ。
でもそっか、カノアは戦えないんだね。教えてもらえて助かったよ。ドラゴンだからてっきり戦闘も得意なのかと思っていたから。
人には向き不向きがあるもんね。空間を司るというすごい能力があるのだから十分すぎるともいえる。
「オレっちは強いけどー、さすがにあれだけの数の禍獣を消し去るのは疲れちゃうかもー。三回くらい死ねばなんとか?」
「そ、それはダメですっ!」
リーアンなら無茶をすればなんとかなるらしいけど、反射的にダメだと叫んでいた。なんでかはわからない。ただ「死」という単語にどうしても拒絶反応があるっていうか……。
「まぁた無茶を言うねー、エマチャン。国王軍を助けろ、でも死ぬなって。人なんかよりずっと厄介なんだよ、禍獣ってー。助けるには捨て身でいかないと。ほら、オレっちはフェニックスなんだよ? 何度死んでも蘇るんだからへーき、へーき……」
「そ、それでも! しっ、死んでほしくないです……!」
リーアンにとっては、それが普通のような感覚なのかもしれない。だから死んでほしくないっていうのはただの私のエゴだ。わかってる。
リーアンだってそう思っているのでしょうね。面白そうにへぇ? と顎に手を当てて微笑んでいるけど、苛ついているのが一目でわかる。
彼は一歩、私に近付いて目線を合わせた。
「なぁに? 自分のワガママのせいでオレっちが傷付いたら、後味が悪いってカンジ? まー、いい気分はしないだろうけどぉ。……でもさ、エマチャンが嫌な気持ちを一緒に抱えてくれる、ってのも悪くないなぁ? どぉ? オレっちと悪ぅい気分、共有しちゃうってのは」
「……言葉が過ぎますね、リーアン。慎みなさい」
「おっと、丁寧なままのシルヴィーは口が悪い時よりもこっわーい!」
私を横抱きにしたままのシルヴィオが身体を斜めに逸らし、リーアンの視線から私を遠ざける。
うん、確かに口悪く罵るよりも今の注意の方が迫力があったように思う。シルヴィオは本気で怒らせたらいけない相手だなって改めて思った。
でもね、リーアンの言うことは正しい。私の言うことはどっちつかずだし、それが最も愚かであることはわかっているんだ。
だけど、譲りたくないものがある。危険な目には遭わせてしまうかもしれないけれど、出来るだけ人には傷付いてもらいたくないんだ。なぜ、こんなにも強く思うのかはわからないけど。
私はそっとシルヴィオの袖を引き、一度下ろしてもらうように頼んだ。人に何かを頼むのに、この状態はあまりにもアレだし。きちんとお願いすると、シルヴィオは渋々ながらも私を下ろしてくれた。
それから私は、一歩前に出る。
伝えなくては。少しでも良い未来になるために。
「……もしも無理なら、このまますぐに避難します。だから、少しだけ私の作戦を聞いてもらえませんか?」
どこにそんな勇気があったのか、と自分でも驚くほどハキハキとした言葉だったと思う。いつもなら絶対に言えない。
でも今はなぜか、心の奥底から湧き上がってくる「人に傷付いてもらいたくない」という強い思いが、私を奮い立たせた。
「出来ないことには、出来ないと言ってください。私は提案をすることしか出来ませんが……皆さんに、協力してもらいたいんです。お願い、します……!」
しっかり頭を下げて頼んでいたら、誰かが私の前に立つ気配を感じる。ゆっくり顔を上げると、聞かせてほしい、と告げるアンドリューの真剣な金の瞳と目が合った。