ついにドラゴンの解放をしました!
飛び立ってしまったものは仕方ない。ほんの数十秒ほどの出来事だ、きっと! とにかく恐怖を和らげるために腕も目もギュッとして身体を硬直させる。
……だけど、あれ? 変だな。あんまり風を感じない。まだ飛んでないのかな。いやいや、飛び立ったのは確認したはずだ。
どういうこと? おそるおそる目を開けてみると、そこはすでに崖を見下ろすほどの上空。あれぇ?
「プッ……! あっはははは! エマチャン、かーわいいっ! 本当に必死でしがみ付いちゃってさー」
「なっ……!? だ、騙したんですかぁ!?」
まるで、シルヴィオの背に乗せてもらった時のように、快適な乗り心地。そんな言い方をしていいのかって話だけど、振動も風もほとんど感じないんだもの。
さすがに手を離すわけにはいかないけど、ちょっと添えるだけで問題ない感じだ。ただ、何も遮るものがないからそこは普通に怖いんだけど。
「騙したなんて人聞きが悪いなぁ。オレっちだって、どうなるかわかんなかったしー」
「え? それってどういう……」
「無駄話はおっしまーい! もう着いちゃうよ!」
リーアンにもどうなるかわかってなかった、ってこと? いやでも、大笑いしていたからほぼ確信していたのは間違いないと思うんだけど。
『信じてもらえました? オレが心を許した相手なら、摑まっていなくても落ちたりしません。幻獣人、すごいでしょう?』
シルヴィオが、前にそう言っていたっけ。心を許した相手なら……。
え、リーアンが? 聖女を嫌っているのに? 信用されるような要素なんかどこにもなかったし、まさかね?
「あ! 見てよ、エマチャン。鳥居のとこー」
「え? あっ、アンドリューとシルヴィオが……!」
上空から下を見るのは怖かったけど、反射的に視線を下に向けると、そこにはたくさんの国王軍に囲まれた二人の姿が確認出来た。
鳥居の数メートル手前で取り囲まれ、剣先を向けられているのがわかった。
い、急がないと! 私がポツリと呟くと、リーアンの動きがピタリと止まる。というか、空中だからホバリングみたいな感じなんだけど。
「え? どうしたんですか?」
「どうしたのって……。カノアっちのとこに着いたから止まってるんだけどー」
「ええっ!? ここなの!?」
だって、本当にただの岩肌だから! 穴が開いているとか、突起があるとか、そういうのもなにもない。
「疑っちゃうカンジなワケー? リーくん泣いちゃうよ?」
「う、疑ってないですよ! ただビックリして」
「あははっ、わかってるよー! でも本当にここ。さすがにオレっちだってー、大事な場面で変な嘘は吐かないし」
そうだよね。それに、万が一にも嘘だったとしても、それを知る術は私にはないもの。同じ幻獣人にしか場所がわからないのだから。
「っていうかー、エマチャンだってわかるハズなんだけどなー。聖女サマなら」
「聖女なら……?」
言われてジッと岩肌を見つめてみる。何かいるかもしれない、と思って集中してもみた。でも残念ながら何も感じない。ただの壁だ。
ってことはやっぱり、私は聖女ではないってことじゃない?
「あー、でも。聖女サマの場合、信頼関係がないとわかんないんだっけ。忘れちった!」
「えぇ……?」
納得しかけてみればこれですよ。私は聖女じゃないって断言出来ないではないか。ま、まぁ今はそれよりも封印を解除しないと、だよね。
「じゃ、じゃあ触ってみます。いいですか?」
「どーぞ、どーぞ! やっちゃって! うわー、封印解除の瞬間が見られるの、楽しみー!」
か、軽い。ドラゴンを解放したところで下の二人を助けられるかはわからないけど……。やるっきゃない!
私は左手をリーアンの肩に置いたまま、そっと右手を壁に伸ばした。ゴツゴツとしたなんの変哲もない壁に手が触れ、そして
「うっ、わ!」
「きゃあっ!!」
いつも通り、眩い光とともに強風が吹き荒れた。その勢いでリーアンがクルクルと飛ばされ、私だけが壁に手がくっ付いたままこいのぼりだ。もう三度目なんだから私もいい加減覚えていればいいものをっ! 学習能力のなさに泣きそう!!
っていうかリーアンの時も怖かったけど、今回は本気でやばい! かなりの高さがある壁だもん。踏ん張りようがないもん。足が着いても同じ状況であることは置いておいて、とにかく!
怖すぎるーっ!!
「っ、エマチャン!」
「わっ……!」
そこへ、リーアンが戻って来てくれた。そしてガッシリと私の腰を引き寄せてくれる。……あれ? 腕がある。飛ぶ時は翼になるから使えないんじゃ……?
そう思って顔を上げてみると、右腕で岩肌の小さなくぼみにしがみ付き、左腕で私を抱き寄せてくれているみたいだ。右足も壁にひっかけているとはいえ、この強風の中そんなことまで出来るの!? すごっ!
「あ! なんか飛び出た!」
驚いていると、リーアンの言うようにポーンと光が壁から飛び出す。中心が黒く、周囲が金色という不思議な光は次第に大きくなっていき、やがて……。
「ど、ドラゴン……!」
それはとても大きな黒いドラゴンへと変化していった。全体的に黒く、腕や脚、翼や尻尾の先にいくほど金色に輝いている。
人を圧倒させるその姿に、崖の下で国王軍が大騒ぎしているのがわかる。でも、私がその姿を目にして感じたのは恐怖ではなく、ただひたすらに「美しい」という感動だった。




