やるならひと思いにやってほしい気持ちです……!
迂回して、だいぶ軍勢の裏側に近付いてきたと思う。そうは言っても国王軍は渓谷を守るように布陣しているから肝心な場所にはまだ遠いのだけど。
それでも渓谷の全貌が見える位置には来られたのは大きいよね?
人型に戻ったシルヴィオとアンドリューと共に低木に身を潜めつつ、私は今ドラゴンが封印されている場所を教えてもらっていた。
「渓谷の底に小さな鳥居があるでしょう?」
「鳥居かどうかまで私には視認出来ませんが……わかります」
今回はその鳥居に触れるのかな? まだまだ遠い上に騎士らしき人たちが十数人で周辺を守っている。うわぁ、あんなところに行けるのかな。
「あそこにカノアはいません」
「いないの!?」
うっかりツッコミを入れてしまった。いやでも、そう思うじゃない? あれだけ国王軍が守りも固めているし、それっぽい場所なのに、封印の場所はあの鳥居じゃないなんて。
「どういうことだ、シルヴィオ?」
どうやらアンドリューも初耳のようだ。驚いたように目を丸くしている。
「いえ、オレもカノアはあの鳥居に封印されると聞いていましたから、たった今見るまでそうだと思っていたんですけどね」
でもあの鳥居からはカノアの気配を感じないのですよ、とシルヴィオはおっとりと微笑む。気配を感じない? 同じ幻獣人だからわかる何かがあるのかな。
「いるのは……たぶん、あの辺りです」
「目印がなさすぎるな……」
シルヴィオが指し示したのは崖のちょうど中間地点。見ただけでは絶対にわからない、ただの岩肌だ。
な、なんであんなところに? 足場というものもなさそうだ。しかも、人の力であの位置まで崖を登るにも、上から下りるにもかなり困難な位置。
ちなみに、本当ならここからアンドリューが私を抱えて空を飛び、一気に鳥居まで下降、封印を解除する、という強硬手段を取る気でいたようだ。
……そ、そんな恐ろしい計画だったの!? 一気に下降した時に私の意識が残っていると思わないでいただきたい!
「あそこまでは飛んでいくしか道はありません。ですがアンドリューにはカノアの位置は……」
「わからないな……」
「ですよねぇ」
そ、そっか。やっぱり同じ幻獣人じゃないとわからないんだ。でもシルヴィオは空を飛ぶことは出来ない。だから困っているんだね。
「本当に嫌なのですが、アレしか方法はありませんね……」
「……それしかないだろうな」
二人が盛大なため息を吐いて首を横に振っている。な、なんだかもっと嫌な予感がするのですが……。
「リーアンに運んでもらおう。同じ幻獣人ならカノアの位置が確実にわかる。近付けばより鮮明にわかるだろうしな」
「ええ、位置は絶対にわかるはずです。それに、鳥居に気を取られているのは不幸中の幸いですから、これをうまく使いましょう」
え。
えええええ!?
バッと勢いよくリーアンのいる方に首を向ける。今も軍隊のやや上空を荒々しく、そして楽しそうにビュンビュン飛び回っている。あ、あんな感じで振り回されるの私!? ひぃぃぃっ!!
怯える私を余所に、二人の作戦会議は続く。
シルヴィオが聖女のフリをし、そんな彼をアンドリューが運び、鳥居まで向かう。国王軍は封印を解こうとしているのだと焦るはずなので、そちらに意識が向く。その間に私がリーアンとともに本当のカノアの封印場所へ行って解放、と。
それはとてもいい作戦だと思う。私の意識が持てば!!
「問題はそれをどうやってリーアンに伝えるか、ですが」
「私たちが鳥居に向かう前に寄って伝えるしかないだろうな」
「ううっ、それではエマ様がお一人になってしまいます……!」
二人が、ものすごく真剣に話し合ってる。そして今もリーアンは軍勢を相手に飛び回って頑張っているんだ。
国王軍だって、あんな化け物級に強いリーアン相手に戦うのはさぞ怖かろう。お願いをしたから大きな怪我をする人はいないだろうけど、それも長く続けば相手側に気付かれるかもしれない。
それに、怪我をさせないように戦い続けるのはリーアンも厳しいと思う。
怖がっていても、状況や私のやることは変わらない。それならサッサと終わらせたい! この不安が長引くのは嫌だ!
「私、一人で待っていられます。ですから、すぐに行きましょう? このままでは怪我人が増えてしまう一方ですし……」
正直、リーアンと一緒に行くのは不安でしかない。なんだか妙に嫌われているし。
でも死ぬことはないはずだから。そこだけは保障されているんだから、腹を括ってしまわないと!
ぶっちゃけ、本音はただ早くしたい、それだけだ。早く終わらせたい。終わらせてぇ……!
「エマ様……! なんてお優しい。敵軍だというのに素晴らしいお心遣い……! オレ、感動しました!」
「え、あ、いや、その」
「私こそ、その考えに至らねばならぬ立場にあるのに……。エマ、我が城の者たちを案じてくれて心より感謝する」
「えっと、あー……は、い」
なんだか、盛大に勘違いされた気がしないでもない。これでは私がものすごくいい子ぶっているようではないか。やや合っているけど!
でも、ここで本音を言ったところで謙遜しないでください、とか普通に言われそう。私は言い訳を諦めた。
そうと決まったら即行動派なのか、二人はすぐに飛び立つ準備を始めた。は、早い。でも助かります!
アンドリューが脱いだマントをサッとシルヴィオが頭から被る。
うん、遠目からなら聖女かどうかなんてわからないかも。私よりずっとずっと大きいけれど、国王軍はまだ私の姿を見ていないだろうから誤魔化せる気がする。
「では、エマ様。リーアンにはすぐに来させますから! いざとなったら命令するのですよ!」
「しっかり身を隠していてくれ。幻獣人様は聖女様のいる場所もわかるらしいからな」
「ええ、どこにいてもわかるはずです。……あぁ、オレに翼があったら!」
本当に万能だなぁ、幻獣人って。それなら、誰にも見つからないようにしっかり隠れていよう。
「あ、あの。二人も気を付けて……」
しっかり隠れてから声をかけると、二人はそれぞれこちらに微笑みかけてから飛び立った。空に向かって急上昇していくその姿を私はジッと見つめる。
スラッとしているけどかなり高身長であるシルヴィオ。そんな彼をお姫様抱っこして飛ぶアンドリューの図は、ちょっとシュールでした。




