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事故物件 6

 降りしきる雨の中、ユウイチはつい一時間ほど前に買い出しに行ったコンビニに再び到着した。事故物件から徒歩3分なので当然のことだが、車には乗らなかった。仮にあと15分歩くことになっても、彼は不慣れな道を不釣り合いな車で運転するといった苦行に身を投じる事はなかっただろう。傘を閉じ自動ドアをくぐると、先程と同じく、無愛想な小太りの男がレジの前にいた。こちらのことを覚えていたのか、最初に来たときは覇気のない小さな声で

「いらっしゃっせー」

 と、一応接客をする態度を見せていたのだが、今回は目玉だけをこちらに向け、すぐに正面を見つめた。ユウイチは冷淡な店員の態度は気にも止めず、ルミ子が指定した商品を探した。

「まずは、日本酒。神酒の代用だろうか」

「次に、白い無地の用紙。コピー用紙でいいかな」

「レバー? なんだろう、お供え物とは思えないけど」

「卵。なにか儀式でもするのか?」

「ライターはどこだろう。あ、ここか。火を使うのか。ルミ子さん、ライターならさっき煙草を吸うときに使っていたけど、新品じゃないといけないのかな」

「するめいか……これは」

「アメスピ? 青いの? 店員に聞けば分かるって行ってたけど」


 ユウイチは小太りの店員にアメスピの青はあるかと質問した。店員は無言でレジの後ろに陳列された色とりどりの小さな箱の中から1つ手に取り、ユウイチに渡した。


「煙草?」





「そうよ。あと2本しか無かったから、買い足しておきたかったの」


 ルミ子はキッチンにある換気扇の下で煙草を吸っていた。Aは非喫煙者だったので、換気扇の下、もしくは窓を開けてなるべく煙が入らないように吸うように頼まれていた。


「じゃあ、このお酒は……?」

「あんたも飲む?」

「僕はお酒は飲めません!」

 ユウイチは今まで辞めていった人達の心中を察した。成程、尊敬していた人間がこの調子じゃ嫌にもなるだろう。

「あら、残念。するめ食べていいわよ」

「いりません! どういうことですか? この部屋の怪奇現象を解くんじゃなかったんですか?」

「あんた、この部屋におばけがいると思う?」

「正直、僕はあまりおばけだの幽霊だのは信じてません。だからといってそれを否定するほど狭量でもありません。少なくともAさんは実際に体験しています。事故物件と分かってこの部屋を借りたんですから、自業自得かもしれません。だけど、手を差し伸べる人がいてもいいじゃないですか。僕にはそんな力はありません。だけど、あなたは違う。あなたに霊感ってものがあるのなら、真剣にこの仕事に取り組むべきです」


 ユウイチはつい興奮して感情のままルミ子に言い放った。そして我に返った。入社して間もない、右も左も分からない平社員が、こともあろうか、人気、実績ともにトップの上司に傲慢にも説教をしてしまったのだ。とんでもないことをしてしまったと、ユウイチは血の気が引いていく音が聞こえていた。ルミ子は煙草を一吸いすると

、換気扇に向けて吐き出した。


「あ、その、すいません。新人のくせに生意気言って」


 ルミ子はユウイチをじっと見つめながら、赤い口紅が映える、厚ぼったい唇を動かした。


「なかなか言ってくれるじゃない。あんた、いい子ね。気に入ったわ」


 ルミ子は煙草の火を消した。そして、怯えるユウイチに笑顔を向けた。その笑顔はモナ・リザの様にうっすらと、神秘的だった。


「もう一度言っておくけど、この部屋にはなにもいないの。だからアタシがなにかする必要なんかないのよ。ここに限らず、ほとんどの事故物件はなんにもないの。ユウイチくん。買ってきた紙を貸して」


 ユウイチは言われるがままにコピー用紙の束をルミ子に渡した。ルミ子は紙を一枚取り出し、どこからか取り出した筆ペンで何かを書き始めた。


「はい」


 ルミ子は紙に書いたなにかをこちらに向けた。紙には梵字のような記号が円状に書き殴られていた。


「これは、御札みたいなものですか?」

「そ、事故物件に行ったらこれを書いて渡しているの。魔除けになるから一週間、玄関に貼っておくようにするの。一週間経ったら次はお酒に一週間浸すの。日本酒がいいわね。それが済んだら燃やして終わり。もえるごみと一緒に捨ててもいいわ」


 ユウイチはその紙に書かれている意味は分からなかったが、確かに不思議な力を感じた。


「すごい、ルミ子さん。最初からこれを書いてお祓いをする気だったんですね。さっきは本当に失礼なことを言ってすいませんでした。だけど、おばけはいないんでしょう? それなのにどうして魔除けを?」

「この魔除けっぽい落書き、なんの効果もないわよ」



「へ?」


 ユウイチは素っ頓狂なルミ子の答えに混乱した。ルミ子はよく見てと文字を近づけた文字はよく見ると『ル ミ コ』と読める。続けて読むと、


『ル ミ コ シ カ カ タ ン』


「ルミ子しか勝たん」


 ルミ子はそう言っていたずらが成功した悪ガキみたいにニヤリと笑った。


「めちゃくちゃふざけてるじゃないですか! 不思議なパワーを感じた僕を返して下さい!」

「ね、こんなものでも何か特別な力を感じたでしょ。玄関に貼るとかお酒をかけるとか、儀式的な振る舞いがよりそれっぽくなるの。もちろんそんな行いになんの意味もないわ。私が言いたいことは分かった? 怪奇現象の9割は思い込み、勘違いなのよ。だからこそ、アタシが適当に書いた魔除けとそれっぽい儀式があれば治まるものなの。今回もこの紙切れを貼って霊がいなくなったと思わせるだけでよかったのよ」

「お、思い込みって、それじゃあAさんの聞いた音ってなんですか」

「それは今日、明日泊まり込みで調査するわ。けど」


 ルミ子はユウイチに指を指した。人差し指はユウイチの鼻に触れていた。


「今日はサービスよ。おばけを見せてあげる」


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