幸せな朝
何気ない日常の一場面 その1
目が覚めると、見慣れた顔の見慣れない寝顔がそこにあった。寝起きのぼんやりとした頭は思考を拒否して、半分だけ開いた瞼をまた閉じた。わずかに感じた違和感に気づかないまま、目の前の体温に身を寄せる。脇のあたりに顔を埋めて深呼吸をする。ぐりぐりと顔を押しつけて何度も深呼吸を繰り返す。
「なに…くさい?」
頭の上にいつもより舌足らずな声がかけられて、脇から顔を上げると、半分開いた目が私を見ていた。
「くさかったら、こんなに何度も匂いを嗅がないよ」
「いや、物好きだからさ」
「くさい自覚でもあるの?」
「自分の匂いはわからん」
「じゃあくさくないから大丈夫」
「本当かな」
貴方は笑うと、仰向けから横向きに体を動かして、私を抱きしめた。匂いと温かさに包まれ、そっと目を閉じる。ただ、幸せだと、思う。
「二度寝できそうな時間?」
「…全然…むしろダッシュで準備しないと遅刻だね」
「ちょ、まじか…え、やばっ」
枕元のスマホを覗き込んで貴方はベッドを飛び起きる。離れた貴方の背中をぼんやりと目で追いかける。ドアに手をかけて、振り返った貴方は呆れたように笑った。
「そっちも遅刻するぞ」
「んー…」
「まったく…」
与えられたのは、目覚めのキス…ではなく…
「っさっむ、やば、布団っ、背中に足入れないでぇぇぇ」
「ちょうどいい目覚ましになったろ」
「オニー」
笑いながら部屋を出て行く背中を、ただ、愛しいと思う、そんな幸せな朝。