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ヒーロー・ゲーム ~姫様を救う試験~  作者: {出見塩}
第一章 炎の姫
9/25

1:8 『本物の笑顔』

 剣等の武器は、プレイヤーの手元に入れば鞘とベルトと言った携帯用の品が自動で付きまとうようになっている。

 ミデルが両手で見下ろす赤味がかった剣にも、剣身が黒く変貌した後にはいつの間にか鞘に収まれており、胴体に付けるためのベルトもできていた。

 一度さやから外し、試しに振ってみると――。


 「おお!」


 熱気を孕む炎が空気を横切り、ミデルは感嘆の息を漏らす。

 これはかなり強そうだ。

 が、炎属性がここまで強調されると逆に厄介になる場面もあり得るが……。

 大岩を倒すことで入手したその剣を、ミデルは心の中で『炎剣(えんげん)』と名付けることにし、背に掛けた。


 「大丈夫か?」


 10m程離れた青髪少女まで歩み寄り、地面に尻込み衰弱した様相を呈している彼女にそう声掛ける。


 「…………」


 と、動揺したように目を見開いてミデルを見上げる。

 無理もない。

 彼女は一度ミデルを裏切る行動に出ているために予想外だったのだろう。

 ミデルの差し伸べた手をしばらく凝視した後、どこか懸念が晴れない様子でいながらもその手を握り返してくれた。

 ――これで無事、ミデルは青髪少女を救出することに成功した。


     ◇   ◇   ◇


 どこか気まずい空気の中、二人で森を再び歩いていると、ポタッ、と。

 一滴の滴が額に落ちたかと思うと、それは瞬く間に勢いを増し、気が付けば夜の森には雨が降りしきっていた。


 二人は近くにあった、斜面にポカッと開いたようにできた小さな洞窟の中に急いで入ることにした。

 ここなら雨を凌げられるし、休憩にも丁度いい。

 とは言え、狭い空間に可愛い少女と二人きりでいるのは少しだが緊張してしまうものだ。


 「これって、何に使うんだろうな」


 そう言ってミデルが手にしたのは、掌サイズの黒い石。

 ドロップアイテムと思われるそれは、大岩を倒した後に地面に落ちてあったものだ。

 合計三つ入手しており、他二つは青髪少女の携えるポーチに入れてある。


 察するに、武器の素材として使う可能性が高いと考えられる。

 が、青髪少女もポーチから同じものを一つ取り出すと、少しの間考え込むようにそれを凝視した挙句に、


 「――がぶ」


 「え、食うの⁉」


 なんと、黒い石にかぶり付いたのだ。

 右斜め上を行った彼女の行動にミデルが唖然とする中、青髪少女は口に含んだ石をゴリゴリと音を立てながら咀嚼し始める。


 「おい、マジで食ってんじゃねぇか……」


 奇しくも、彼女の疲弊したような弱り切っていた顔色が少し晴れた気がした。


 「ええ、しっかり食べられるわ。それに回復効果も高い。HPが少なかったから丁度良かったわ……あなたも食べたらどう?」


 「え……」


 そう言われ、ミデルも手に持っていた黒い石を恐る恐る口元まで運んでかじりつくと、確かに石とは思えないほど容易に歯がそれを砕いた。

 ガリガリと咀嚼する。

 暖かい氷、と言った食感だろうか。


 「本当だ。食べられるしHPも上がった。ってことは、このアイテムは食料扱いで間違いないんだな。良く気付いたな、お前」


 『12』だったHPが『17』に上昇していることが食料であることを肯定する。

 石の1/4程をかじって5上がったのなら、一個で20程上がるのだろうか。

 大戦の後だから助かる。


 「ええ。気付いたより、賭けたと言うべきね。偽の歯が抜けることはないし、HPが絶望的だったもの。運が味方をしてくれたわ」


 「賭けた、か。にしても、妙な味がするな」


 「そうね。黒砂糖にちかいと思うわ」


 「くろざとう?」


 「……なるほど。不憫な男の子なのね」


 「なんだよそれ……」


 キノコスープの味しか知らないミデルにとってはリッチな味だ。

 残りを食べる途中、視界の右上に炎のマークのようなものが表示されていることに気付く。


 「え、これって、炎耐性ついてんの?」


 「ぽいね。特殊性を少し無駄にしてしまったみたいだわ。あと一つあるからそれは残しておくことにしよう」


 ポーチの中にある硬いそれをポンポンと叩いて示される。

 どうやらこの石には炎に強くなる力が宿っていたらしい。

 後で役に立つかもしれない。

 二人して石を食べ終えた頃、ミデルがふと思ったことを口にした。


 「にしても、危なかったなぁ……なんだろうな、あの岩野郎。どこか賢かったっていうか」


 「賢い、ね。それはそうでしょう。――中身が人間だもの」


 「え? ……人間? あれって人が操ってるの⁉」


 「操ってる、は、正確には違う。実際に体を動かしているようなものだからね。今の私たちと同じように」


 「マジかよ……それって、どこで聞いた話なんだ?」


 「あなたは『卑域』出身だから知らないんでしょうね。簡単に言うと、罪で牢獄に送られた人達に解放のチャンスを与えているの」


 「それは、つまり?」


 「例えばの話、ゲーム内でプレイヤーのライフを五つ以上剥奪することができれば牢獄からの解放権が与えられる。そういった条件を言い渡せば、モンスターと化したその人は必然的にプレイヤーを殺めるために全力を尽くす。だから勿論、モンスターも知恵を絞る。AIではできないような読み合いをプレイヤー達に課せているのでしょうね」


 「なるほどなぁ。あの岩野郎って、俺の行先を読んでいたのか……そうだったら流石としか言いようがねぇな」


 「なんのこと?」


 「いや、なんでもねぇ」


 正直、誰かの地獄脱出権を奪ってしまったと思うと胸が疼く。

 王国の陰惨なやり方をここでも思い知らされてしまった。

 ただ、プレイヤー側としても負けては惨い人生を送る羽目になるから仕方がない。


 「でも、モンスターを倒すことを躊躇う必要はないわ。彼らに課せられた解放の条件は厳酷で無理なものだけ。月に一度行われるヒーロー・ゲームの中で牢獄から出られる者は一年に一人いるかいないかの世界なの」


 「……そう、なのか」


 それから、二人の間に長い沈黙が続く。

 長い長い沈黙で、雨の降りしきる音が段々と大きくなる錯覚を覚える程だ。

 そんな中、幾度か青髪少女の方に目配せしたミデルは彼女のどこか不自然な雰囲気に気が付いた。

 それは――、


 「なぁ、なんか言いたい事あんなら言ったらどうだ?」


 「…………」


 そう言われた青髪少女は、目線を軽く上げた以外に何も反応を見せなかった。

 考え込むような、何かを強く懸念しているような雰囲気を醸し出している。

 そして数秒の間を置いた後、彼女は遂にそれを吐露することにした。


 「――あなたは、なぜ私を助けたの?」


 「なぜ助けたか? 仲間だから当然だろ」


 「いいえ。だって、私があなたを本物の仲間と認識していないことぐらい、あなたにも分かるでしょ?」


 「おい、俺を痴愚だなんて罵倒してたヤツの発言とは思えねぇな。ま、幸いにも今のが失言だったなんてことはねぇよ。俺はお前を最初っから信用していなかったさ」


 窮地に追い込まれたから、仕方なく追従している間柄に過ぎない。


 「なら、なぜ助けたのよ。私があなたを裏切るような行動に出た後も、あなたに逃げられるだけの隙が充分にあったじゃない。今でも、あなたの持っているその剣で私を殺そうと思えば殺せるのに……」


 「そういえば、そう言うお前こそ、なんであのタイミングで俺に奇襲をかけたんだ? 俺に逃げられる危険性なら最初から最後まであっただろ」


 「それは、あなたが私に助言したから。信用していることを私に錯覚させ、油断したところを突かれると思ったの。だから、その時に意を決して代償を払ってでもあなたをリスポーンさせようとしたんだけど、その後のあなたの行動が私の誤認を証明した。お願い、私を助けた理由を聞かせてほしいの」


 「まぁ、そうだなぁ……助けたかったから、じゃ駄目か?」


 「ダメ」


 「いや、本当にそれぐらいしか思い浮かばないんだよなぁ……」


 「筋が通らないもの。気持ちだけで、勝算を放り投げるなんて」


 「気持ちだけ、と言ってもなぁ――一度知り合った誰かを置き去りに死なせるなんて、たとえ仮想現実だろうとできるもんじゃねぇよ」


 「…………」


 途端、こちらを見上げた青髪少女の空色の瞳と目線が交錯する。

 動揺とも言えない、けれど驚いたような、そんな表情だ。

 儚げな透き通った瞳。

 どこか癒されてしまいそうなそれをミデルは奇麗だなぁ、なんて感嘆していると、彼女は再び地面に目線を落とし――、


 「――私の名前は、シナミア・カルノ」


 「えっ……?」


 「私の名前が知りたかったんでしょ? シナミアって言うの」


 今まで尋ねても教えてくれなかったことを伝えてくれた。

 それは、彼女がミデルに心を開いてくれたことをどことなく証明していて――。


 「……シナミア、か……いい名前だ!」


 「そう……ありがとう」


 こちらを向いてもいない青髪少女――シナミア・カルノに親指を立てて見せると、彼女はまたもミデルの知る辛辣な性格には似つかわしくない態度で、どこか恥ずかしそうに感謝の言葉を呟いた。


 「あなたの行動は理解できないし、筋が通っているとも思わない。でも――信じるわ。私はあなたを信じる」


 そう言い、こちらを正面と向き合うように体の位置を動かすと、その奇麗な瞳に見つめられて次のように請われた。


 「あなたを裏切ろうとしていた私が言えたものじゃないけど――私と、手を組んでほしい」


 一度した時と同じように、右手を差し出された。


 「……つまりは、俺を認めたってことか。……一応聞くけど、根拠は?」


 すぐにその手を握り返す衝動に駆られたが、彼女が優れた演技の才能を保持している可能性に思い当たり、念のため尋ねることにした。


 「既に言った筈よ、私はあなたを信頼する。いえ、それだけじゃないわ。岩のモンスターと戦う前そう、違和感に気付いて伏せろと叫んだのはあなただし、弱点が剣であることに気付いたのもあなた。愚痴だと罵った私は大間違いだったわ」


 「なるほど……」


 一度は違和感に気付かずライフを落としたことは伏せておく……。

 ともあれ、シナミアはあれこれとを矢継ぎ早に紡いでくれたが、ミデルにはそれらの言葉が彼女の本心、伝えたいことの肝であるようには感じられなかった。

 もっと単純で、大切なところが別にあって――、


 「――そして何より、あなたは私を助けてくれた。……私の言えたことじゃないかもしれないけど、良ければ手を組んでほしい」


 最後にもう一度そう言い、再度右手を主張するように前に押し出す。


 この交渉は既に行われたもので、『手を組む』という結果で終わっている。

 だが、『偽りの信頼』としてだ。

 シナミアが今請うているのは、『本物の信頼』での協力関係。

 勝者は一人しか現れないことを考えると難しいことかもしれないが、本当に信頼し合う関係でいれば、勝利の座を仲間に譲ることだって考えられる。

 所詮、審査員に才能を認められることで『貴域』に昇格できることだってあるのだ。


 それらの根拠が挙げられるが、ミデルの思うところはもっと単純なものだった。

 純粋に、あの眼で請われては断りようもない、と言ったところか。

 シナミアの眼が、邪念が一切ない純潔な感情に満ちているように見えた。

 だから――、


 「分かった、君と手を組むよ」


 宣言し、シナミアの右手を握り返す。


 「え?」


 「何驚いた顔してんだよ。俺を信頼してるんだろ? 当然だ」


 「あ、ありがとう……ありがとう、ミデル」


 笑顔で、そう言われた。

 ミデルが二度目に見る彼女の笑顔は、邪念の一切存在しないもの。

 ――かけがえのない、本物の笑顔だった。


 「……やべ、危ない。顔が熱い」


 シナミアの右手を離したミデルは両手で火照る顔を覆って隠した。

 数秒の沈黙を置いた後、シナミアが再び口を開く。


 「……それで、今後の方針なんだけど――姫様のところへ向かおうと思うの」


 「…………は?」


 「今までマルクス城下町まで赴こうって言っていたのは嘘だわ。元々、私の予定では間に介在する村であなたを囮にして裏切るつもりだった。そうして、武器や防具を入手して、姫のところまで赴くのが私の方針だったの。でも、それはもうやめね」


 「いや、まだその方針でいいと思うぞ。裏切りのとこだけ除いて、協力すればできる。いくら何でも今から行くには無防備すぎるぞ」


 「私には弓と短剣、あなた……いや……ミデルにはその剣があるじゃない」


 「防具がないぞ防具が……名前で呼んでくれるのは嬉しいけどな」


 「いえ、それを入手する時間はもう惜しいわ」


 「時間? 時間ならまだ35時間ぐらいも残ってるだろ。てか、なんでそんなに急いでるんだ? 俺もライフ二つしかないし、情報もまだ全く集まってないから手も足も出せずに終わるぞ」


 「――そこよ」


 「……え?」


 「情報。私が欲しいのは強力な情報なの」


 「情報が、欲しいから? つまり、姫様を救出する気はまだないってことなのか?」


 「ええ。勿論、幸運に恵まれて救出できるならそれでもいい。だけど、ゲームを攻略する鍵となる情報は、姫様の居場所に赴くことで手に入ると私は打っている。それも、できるだけ早い段階で行くのがいい」


 「……何故その結論に至ったんだ?」


 「――題名よ」


 「題名? 今回の題名ってたしか、『炎の姫』だっけか」


 「その通りよ。姫様の状態を迂遠に呈している題名は、今まででもほとんどなかったの」


 「確かに。いつも『紫森』とか『雲と太陽』とか、世界や環境についての題名とかがほとんどだったもんな」


 「ええ」


 「『炎の姫』……か。分かりやすいな。これが『美の姫』とかなら話はまた別なんだろうけど、姫についての確定的要素が既に公明されてある。彼女の置かれてある状況下を認識することができれば、『炎』と結びつけることによって強力な情報源となるに相違ない。……それは俺も理解できるんだけどさ、他プレイヤーもそれに気付いているんじゃねぇのか? 装備が劣っている状態で張り合わせになったら危ねぇぞ」


 「そうね。他プレイヤーも気付いていることでしょう。でも、張り合わせになる確率は高くないと思うわ。リスクが高すぎて実行に移そうとは思わないもの。それに、万全の装備と情報を収集してから姫の救出に挑む、といういつもの戦法が皆の認識に根付いているのよ。それを題名ごときで変更しようということは、思い当たっても実行することは壮大な不安によって困難になる」


 「でも、事実としてシナミアは実行に移すと決意を固めているじゃないか」


 「皆が実行しないことを突いての賭けよ。相当リスクも高いし、ライフを削る可能性も高いけど、見返りも相当な筈よ」


 「シナミアと全く同じ思惑を抱いているプレイヤーが他にもいる可能性は?」


 「あるわね。それで万一張り合わせになった場合はどうにかして打ち勝つしかない。張り合わせになる確率を下げるためにも、早期に行くべきね」


 「なるほど……。つまるところ、シナミアはライフを落とす危険性を負ってでも、強力な情報の取得に賭ける、ってことなんだよな?」


 「そうよ。ミデルが同行を拒否するならそれでも構わないわ。無難に離別して、私は行く。もしくは、ミデルに別の戦略があればそれに乗ってもいいわ」


 「いや、離別は勘弁だし、俺もその画策は悪くないと思う。最悪ライフ一つ失っても、情報が手に入れば挽回できる可能性は高い。俺も行くよ」


 「……ありがとう。……あとは、審査員が私達の行動を見てどう思うかが懸念されるところだけど」


 「そっか、審査員に見られてることつい忘れてしまってたな。……もしかして、今この姿を見られてたりするのか?」


 「恐らくだけど、そうでしょうね」


 「ふぅん」


 まるでそこにカメラがあるかのように、雨の降りしきる虚無の夜空を睨みつけるように見上げる。

 見られている可能性があるのは審査員だけではなく、王国の生中継にこの姿が上映している可能性だってある。


 「……これってさ、外から見てる人たちからしたら、仲良しカップルに見えたりし――」


 「――やめなさい」


 「……ですよね~」


 いつものシナミアらしい突っ込みにどこか安堵の気持ちを抱いてしまった。

 しかし見てみると、彼女の可憐な横顔が僅かに火照っていた気がする……。

 いや、気のせいか。


 「私のHPは『28』。ミデルは?」


 「奇遇だな、俺も『28』だ」


 「……。お互いに万全じゃないわね。先に睡眠をとることにしよう」


 「そうだな。少し話過ぎて日も出始めてるみたいだけど」


 「睡眠は30分で必ず覚醒する。起きてすぐに出発でいくわよ」


 「了解」


 確認がてらリストマップを開いてみる。

 残り時間:24時間53分。

 プレイヤーの現在人数:19。

 ライフの平均値:2.4。


 どうやら既に脱落者が一人出ているようだ。

 時間帯はゲーム開始から5時間程経っており、最初の夜が明けようとしてる頃。

 小さな洞窟の中から空を見上げると少しだけ蒼然としている。

 雨も既に出歩いていいほどに止んでいるが、ミデル達はまだ出発することはしない。

 姫様の居場所への突進に備え、HPを万全な状態にするために一度睡眠をとることとなった。


 回復用の食料である黒石はポーチにまだ一つ残っているが、睡眠は精神的疲労の回復、思考能力や集中力の復元にも効果があり、黒石に炎耐性効果があることも加味して保持することに。


 互いに背を向け合う形で洞窟の床で横になり、30秒程度ですぐに眠りにつく。

 起きたらライフと共にシナミアの姿が消えていました、なんて展開は、ミデルの中では有り得ないと確信していた。

 理論的に考えればそれは非常に危険な認識であることには間違いないが、なんだろう、その心配はないと本能が理解しているような感覚。


 シナミアとの会話の中で、彼女が自分に心を開いてくれているのが如実に伝わった。

 演技が得意な人でも、瞳に映る心境を制御できる人間はそうはいない。


 そして、ミデルのそんな確信は実際に的中していて――、


 「おやすみ……ミデル」


 その言葉は、既に眠りについたミデルの耳に届くことはなかった。

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