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ヒーロー・ゲーム ~姫様を救う試験~  作者: {出見塩}
第一章 炎の姫
8/25

1:7 『本領発揮』

 ――刹那、音の速さで接近する岩の砲弾に反応したミデルは、咄嗟に右へ体を翻して躱す。

 大岩はヴォンッ!という鋭い音を立てて真横を素通りし、直後、背後にあった樹木の数々を猛烈な勢いで倒して散乱させる。


 「――大丈夫か⁉」


 すぐに青髪少女の安否を心配してそう叫ぶ。

 が、彼女はミデルの声に答えることはせず、――地から這い上がった巨大な岩と対峙していた。

 その、岩を軋ませて威嚇する怪物の頭上に刺さった、赤味のかかった剣を視認して確信する。

 あれは、一度ミデルの命を削った化け物で間違いないと。


 「――ぁ」


 間髪入れずに攻撃を再開した大岩は、眼前に毅然と佇む少女に向かって、別の大きな岩を固着して作った腕を振り上げ、叩き付ける。

 青髪少女は華麗な動きでそれをヒュッと躱し、地面に飛び込み前転を行うと同時に走って瞬時に距離をとる。

 ――ボオオン!と、直前まで彼女が立っていた地面が岩の腕によって粉砕される。


 「あなたは離れていて!」


 そう忠告され、ミデルは武器を持たず応戦できない自分に歯噛みする。

 そして、青髪少女は胴体に固定していた黒い弓を取り外し、背中のケースから取り出した矢を弦に宛がう。


 岩の怪物は、質量や力はえげつない分、身動きが鈍い。

 ヤツが地面に打ち叩いた重たい腕を持ち上げて体勢を整えている間は、青髪少女が弓を構えられるだけの時間を有していた。

 そして、少女は大岩に向かって矢を放ち、風を切って飛ぶ矢はまっすぐに――。


 「――くっ」


 ――カツンッ、と。

 岩の硬い表面にいとも容易く弾かれる。


 本来であれば、それは至極当然な結果だろう。

 どんなに優れた矢でも、硬質な岩を穿つことはなかなかに難しい。

 しかし、ヒーロー・ゲーム内でのモンスターとなると話は別だ。


 青髪少女が見込んでいたのは、大岩へのダメージ。

 それは、モンスターの『肉体』に攻撃を打ち込むことによって起こり、モンスターのHPを削り取る。

 故に、大岩の『肉体』である筈の岩の表面体に矢を射れば、ダメージは与えることができると思われた。

 しかし、大岩の頭上にHPを示す横棒が現れることはなかった。

 それはつまり、ダメージを1も受けていないことを意味する。

 青髪少女は遺憾の意に苦渋の表情を浮かべた。


 「ふっ!」


 再び襲ってくる大岩の攻撃を躱した彼女は、胴体に弓を挟む形でそれを仕舞い、代わりに腰から短剣を引き抜く。

 接近戦に持ち込むつもりだ。


 「……」


 一方のミデルは、冷や汗をかきながら黙考していた。

 岩の『肉体』への攻撃は利かない。

 ならば、どうすれば、ヤツを倒すことができるのか。

 どうすれば、HPを削らずに打破することができる。

 どうすれば、どうすれば――。


 「――っ!」


 その発想は、もう一度敵の形姿を視認することで、意外とすんなり浮かび上がったものだった。


 「――ヤツはHPなんか持っちゃいない!」


 応戦する青髪少女に向けてそう叫ぶ。


 「ならどうすればいいと言うのよ!」


 「――剣だ! ヤツの頭に刺さった剣を引っこ抜けばいいんだ‼」


 「――――」


 その言葉を投じられた青髪少女は、一瞬だけ目線を敵の頭上――巨大な岩に突き刺さった剣へ向ける。

 そして、ミデルの助言が動機になったか否かは分からないが、直後、大岩に隙を見つけた青髪少女が凄烈な速さで敵の懐まで突進。

 その勢いのまま、大岩の左脚――小さめな石を二つ程固着して作られたそれを短剣で打ち叩き、だるま落としのように撥ねられたそれは空中を凄烈な勢いで飛び去る。

 青髪少女が披露したその動きは、まるで地面を高速で這う忍者のような印象をもたらした。

 片脚を失った大岩は体勢を崩し、横へ体を傾ける。


 「――よしっ」


 これならいける、体勢を崩した大岩の上に登って剣を引き抜いてくれる。

 そう、思った。思ってしまった。

 ――怪物と戦っているあの少女が、仲間ではないことを忘れていたから。


 「――な」


 大岩が倒れたと視認した青髪少女が、短剣を振り上げ、投擲する。

 ――傍観していた、ミデルに向かって。


 「うおえっ⁉」


 突然猛烈な速さで迫りくる剣を紙一重で躱し、うまく体制を維持できないまま地面に倒れてしまう。

 そして、焦燥と狼狽に双眼を見開いて青髪少女の方を見上げると、こちらに向かって弓を引いた彼女の姿が目に入った。

 しかし――否、幸いにと言うべきか、彼女の殺意に満ちた姿を見られたのは、刹那に過ぎなかった。


 身動きを封じたと思われた大岩が半回転――壮絶な遠心力を用いた『腕』の投擲が、風を切る巨大な砲弾となって青髪少女へ直撃した。

 少女は勢いの弱まらない岩の砲弾に押し飛ばされるまま、背後にあった天然の壁に叩き潰される形で衝突し、轟音を森中に木霊させる。


 大岩を中心に散開した壁の亀裂がやけに痛々しい。

 やがて、少女を壁に押さえつけていた岩の砲弾は剥げれ落ち、壁に付着したままの少女の姿が露わになる。

 少女の姿――それは、少女の形をした『水色の人形』。

 プレイヤーが攻撃を被るとき、攻撃された部分が淡い水色に変色するようになっている。

 それを全身に被った青髪少女の姿が、あれだ。


 やがて、青髪少女もシールを上から剥がすようにゆっくりと壁から離れ、小石の散乱した地面へ落ちる。

 そして、不運の重なりか、雪崩のように落下する無数の岩が青髪少女の上に落下し、身動きができなくなる程に積み重なったそれが彼女を押さえつける。


 「――――」


 大岩の恐怖の一撃に唖然となるミデルは、尻餅をついたまま動けないでいた。

 気付けば、いつの間にか右足に黒い矢が刺さっている。

 少女が吹き飛ばされる寸前に射抜いていたのだろう。

 鋭い痛みを味わいつつも足から取り外す。


 見れば、両腕を失った大岩は30m程離れた青髪少女へ緩慢な足取りで近づいて行っている。

 方法は分からないが、弾かれた筈の左脚はいつの間にか修復されていた。


 ミデルが大岩に襲われる心配は、今はない。

 視野が悪いのか、ヤツはミデルの存在に気付いていないのだ。


 遠く、軽い土砂崩れの下敷きとなった青髪少女はその場から動くことができていない。

 全力を発揮すれば脱出できそうではあるが、息が荒い様子の彼女はかなり苦しそうで、体に力を入れることができないでいるのだろう。


 ――今なら、逃げられる。


 突き付けられた二つの選択肢からの、逃げ道が生まれた。

 彼女の武器にならずに、ライフを奪われずに通る道が生まれた。

 やはり、時間が介在する限り『可能性』は存在していたのだ。


 正面の少し離れたところに、青髪少女のものである黒い弓と一本の矢が落ちてある。

 砲弾に直撃を食らう際に手元から離れてしまったのだろう。

 大岩も、その場からは背を向けており、ミデルにとっては敵の武器を奪い取って逃げるチャンスである。

 この好機を逸する筈がないと、ミデルは右足に刺さっていた矢を手に持ったまま発走し、落ちてあった黒い弓を拾ってこの場からの逃走を試みて踵を返す。

 踵を返し――、


 「――っ」


 ――足が、止まった。

 無性に、脳から伝達される疾走の命令が途切れた。

 振り返り、青髪少女を見る。


 青髪少女――苦しそうな血相で迫りくる強敵を見つめる、可憐で不憫な少女。

 その美貌は、まるで窮地に追い詰められた姫様のようで――。


 「……ヒーローならっ」


 ――逃げることなんてしない、と。

 ずっと抱き続けた憧憬と矜持に、そう咎められた。


 ぶっちゃけた話、ゲームにおいて自分が有利になれる動きを取ることよりも、眼前に広がっている光景の方がミデルには魅力があった。

 だから――


 「……おい岩野郎‼ こっち見ろよこっちぃ‼」


 気を引き締め、大岩の注意を青髪少女から引き離そうとそう叫ぶ。

 しかし、ヤツからの反応はない。


 「くそっ」


 手に持つ黒弓を見下ろし、元々は右足に刺されていた矢を弦に宛がう。

 一週間、剣一筋で修練していたミデルは弓が扱える自信がない。

 ないが、それらしい感覚で弦を引き、大岩に向けて射る。

 風を切る矢はどうにか大岩の表面にカツンッと音を立てて当たった。


 大岩の注意を青髪少女から引き離すだけならヤツまで近づくこともできるだろうが、ミデルはできるだけ距離的にも大岩と少女を引き離したいため、それでは意味がない。


 故に、矢を当てらればこちらの存在に気付き、近づくと思われた。

 しかし、またも大岩からの反応はない。


 「――――」


 30m程もあった大岩と青髪少女との距離が刻一刻と縮まっていく。


 自然と、ミデルの目線は大岩の頭上に突き刺さった剣へと向けられる。

 感覚的に悟ったのだ――あれが、ヤツの『弱点』であると。

 理論的な根拠は何一つないが、ヤツの外見を見るだけで、あの剣を矢抜けば効果が出ると本能で悟った。


 幸運にも、たまたま地面に落ちている矢が一本残っている。

 チャンスはあと一度のみ。


 「ふぅ……」


 深呼吸をし、黒い矢を拾う。

 少女と大岩の距離はまだ10mはある。

 まだ間に合うが、外せばそれきり――仲間になれたかもしれない可憐な少女をリスポーンさせてしまう。


 「――――」


 ゆっくりと左右に揺らめく剣へ全神経を傾注する。

 的は小さく、不安定。

 矢を射る者は、弓に疎い。

 この状況下で当たる確率は皆無も同然と言える。


 しかし、エルフの血を受け継ぐミデルであれば――ハーフエルフの本領を発揮することができれば、その確率はグッと変わるのだ。

 そして、余念なく敵の弱点に傾注するミデルの鋭い瞳には、己の本質がどことなく表れていて。


 ――フュッ、と、風を切る鋭い音。


 「――きた」


 ――まっすぐ飛んだ黒き矢は、その剣に命中した。

 カキーーン、という、クリティカル然とした響きが耳朶を撫で、大岩の体勢がぐらりと揺らぐ。

 昏倒したようにその場でゆらゆらと足を巡らせた挙句に――遠く、ミデルを正面から対峙する形となった。


 「――――」


 こちらを向く大岩は、横合いを自ら地面に叩き付けるような動作をとる。

 そして、何かを掴んで引っこ抜いたような、そんな動きで体を再び持ち上げると、一度投擲して失った筈の『腕』を新たに固着させていた。

 それを反対側にも同じくして、地面に二つの大穴を開けながらも両腕を修復させた。


 「――来いよ、苔が」


 反して、ミデルの顔にはどこか凛然とした微笑が浮かび上がっていた。

 弓を側に置くと携えた武器は何もなくなり、素手となる。


 ――エルフ族は優れた身体能力を保持していることが一般に知れ渡っていると、練習場で出会ったときの青髪少女はそう言った。

 しかしそれは、精神状態とも深く繋がっており、例えば怯えた状態や憂慮の感情を抱いた状態ではフルに発揮することができない。

 ミデルの初の『死』――最初に大岩に殺された時も、怯えていたことが原因で攻撃を躱すことができていなかった。


 だが、今のミデルは――


 「――行くぞぉ!」


 ――猛り、こちらへ進む大岩に向かって地を蹴る。


 瞬く間に二者の距離は縮まり、接近戦へ。

 と言っても、ミデルは素手だ。

 素手でどうやって敵を打破するのか。

 ミデルの勝算は、明確にある。


 「――よっ!」


 振り下ろされた岩の腕を飛躍で躱し、そのまま巨大な腕の上に乗る。

 鮮やかで華麗な動きだ。

 腕に乗ったミデルは見事な掴み技で敵の上――巨大な岩の上によじ登る。

 そこに、赤味かかった剣――敵の『弱点』が突き刺さっていた。

 本領発揮中のミデルは、瞬く間に敵の急所まで辿り着くことができたのだ。


 「掴んだっ――ぐっ!」


 剣を引き抜くことが岩の死の条件と見据え、それを掴んで強引に引っ張る。

 が、固く深々と刺突した剣はなかなか抜け出さない。

 ――足元が強く揺れ、更に両足が宙に浮いてしまう。


 「――うあっ⁉」


 頭に着いた虫を煩わしく払おうとするように暴れ出す岩。

 上で振り回されるミデルは、両腕の膂力で剣の柄をガチッと掴んで決して離さない。


 しかし、大岩が落ち着くまで待つと言ってもそれは下策だ。

 煩わしい虫が離れるまで暴れ続ける大岩は、樹木にその虫を叩き付けてみたり、更には地面に転がって磨り潰そうとしたりする。

 そういった攻撃に次々とHPを削り取られながらも、できる限りの身動きで回避し、ダメージを最小限に抑える。


 大岩の足掻きは続く。

 が、上下左右に入れ乱れる視界の中に、一瞬だがとあるものを捉えた。

 ――山積みされた石の束縛から解放された、青髪少女を。


 「――。……頼む‼」


 「――――」


 一瞬だけ見た青髪少女の相貌は、弱り切っている感じがした。

 紙一重でライフを維持しているのだろう。

 彼女がここでミデルの味方をしてくれるかは分からない。

 分からないが、信じて、ミデルは次のように叫んだ。


 「――爆弾!」


 「……ぇ」


 「レアアイテムだ! 爆弾を発動して俺に投げろ‼」


 数分前に他プレイヤーから得られたレアアイテムは、青髪少女が肩にかけてあるポーチに今も入ったままの筈だ。

 振り回され、もはや上も下も分からなくなった視界の中で彼女の取った行動は窺えない。

 ミデルを置き去りに逃げているのか、ミデルの叫びに応じているのか分からない。

 暴れ続ける大岩の剣を手放さず、振り回されながらただ祈るしかなかった。


 そして、程なくして、ミデルのHPが危うくなり始めた頃に、空中を泳ぐ『それ』が見えた。

 ――爆発寸前を警告する赤い光を灯した、レアアイテムを。


 「よっ、――さらばだ先輩!」


 剣を手放し、振り回される勢いのまま真上へ。

 ――直後、自分の方へまっすぐに飛んできた『爆弾』を、華麗な回し蹴りで真下へ叩き落とす。

 真下――大岩の頭上に激突したそれは、直後に大爆発を――。


 「――い、やばいっ!」


 真下から発生する爆風に押し上げられ、高い空中で身を躍らせる。

 天空から見下ろす赤き大爆発は美麗なものを孕んでいた。

 そして、灰色の塊と化したそれにミデルが降下し――。


 「――ぐっ」


 煤煙で見えない地面にどうにか足で着地し、HPの消失を最小限に抑える。

 恐らくだが、今は大岩の上に立っている筈だ。

 灰色に染められた世界は何一つ見えない。

 見えないが、両手を伸ばして近くにある筈の『生命線』を模索する。


 そして、すぐに硬い感触が手に引っかかり、それを両手で握る。


 「――――」


 案外と苦戦することなく、それはスッと、円滑に引き抜くことができた。

 ――岩に刺さった剣を引き抜く行為は、ミデルの心を昂らせるものだった。

 直後、足元の岩が脱力するように崩れ落ち、体勢を保ちつつ地面に降り立つ。


 「――――(嗚呼、俺って神かもしれん)」


 煙が晴れるとそこに。


 ――天に向かって剣を突き立てる、凛然と佇む勇者の姿があった。

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