1:6 『仲間=敵』
――少女に手を引っ張られ、地面に足を付けて立つ。
「この剣は、私が持っておくわ」
差し伸べた手と反対側の手で握っていた剣――ミデルを樹木に釘付けにして束縛していたその剣を主張しながら、そう言われる。
「お前、弓持ってるだろ。しかもそこそこ攻撃力あったみたいだし。……俺が無防備だ~とか言って憐れんでいたのは何だったんだよ」
「それとこれとは無関係だわ。そもそも、剣をあなたに譲れば、剣の修練に励んでいたあなたに譲れば、容易に私を殺すことができる。それぐらい、あなたにも分かるでしょ?」
「はぁ……裏切る前提の仲かよ、俺ら。なんて歪だ」
「助けてくれる仲間がいるぐらいマシと思いなさい」
「話聞いてた?」
「ぼそぼそした呟きが聞こえるとでも?」
「はぁ……やっていけんのかよ、これで」
そんな皮肉気な会話を交わしながら、群青色の髪を伸ばした可憐な少女は地面に落ちてあるポーチの方へ――数分前まで他二人のプレイヤーが睡眠をとっていたところまで歩み寄った。
彼女の名前は未だに知らないため、『青髪少女』とでも名付けておこうか。
ミデルも、青髪少女の背中に仕方なく追従する。
「……彼らは、こんなものを持っていたのね」
青髪少女がポーチの眼前まで辿り着き、腰を下ろしてそれ持ち上げる。
――しかし、彼女の持ち上げた『それ』は、ポーチではなかった。
「なんだ、それ」
後ろから近付いて来たミデルが彼女の手にするそれを目にし、尋ねた。
ミデルの目には、現実の世界で見るような――正確には、王国の『上層』で目にするようなテクノロジーが施された、掌サイズの機械に見えた。
明らかに、ファンタジー世界には似つかわしくない外見だ。
「どこからどう見ても、『レアアイテム』ね」
「レアアイテム、か」
その単語は、ゲーム前に講座したルール説明――チュートリアルとは別の、詳細なルールを説明する場で耳にした覚えがある。
ミデルは、その場で説明された内容を頑張って想起しながら口ずさむ。
「レアアイテムって確か、村や商店では入手できないけど、世界の各所に隠れてある白箱の中にあるもの……で、姫の救出とは無縁であることが保証されている、だっけ」
「ええ、そんな感じね」
『姫の救出とは無縁』とはつまり、姫を救出するメインクエストにおいて必要なものではない、と言うことだ。
青髪少女はその機械のようなレアアイテムを手にし、表面に書かれてある文字や印に目を通している様子だ。
「……爆弾。と、……プレイヤ―対象の罠」
「――――」
青髪少女の『プレイヤー対象の罠』と言った言葉に、脳裏に電撃が走るような感覚に襲われた。
それは、ミデルが地面に寝ぼけていた二人のプレイヤーの近くに置いてあった品をこっそり奪い取ろうとした時のことだ。
不可視の強烈な力に吹き飛ばされたのは、このレアアイテムの仕業だったのだろう。
小石を投げても反応しなかったのは、アイテム名が示す通り『プレイヤー対象』だったからで間違いない。
やはり、分かっていたつもりではいたがこのゲームは悪辣なゲームだ。
「爆弾としても使えるのか?」
「みたいね」
自分がその罠に引っ掛かったことは、面倒に思えてわざわざ口に出すことはしなかった。
それに、残念ながら青髪少女もその場面を目撃していたことだろう。
「防衛と攻撃、どちらにも役立てることができるのか。これはラッキーだな」
「そうね。それに、プレイヤーのリスポーンと共に消えなかったんだもの」
リスポーンの定則は、30分前にいた場所と状態へ戻ること。
状態――それは、身に着けていた武器やアイテムのことを表す。
青髪少女が殺めたプレイヤー達が姿を消した後もアイテム類がその場に残っていたことは、彼らが30分前にそれらを保持していなかったことになる。
つまり、運が味方をした、という訳だ。
ちなみに、死ぬ前にアイテムが他プレイヤーに奪われた場合、20分前にそれを保持していたとしてリスポーンしても手元に返ってこないだとか。
「……発動方法は、このレバーで大丈夫そうね」
青髪少女はそう言いながら、迂闊に発走されないように機械の中に埋もれた、固そうな小さめのレバーを示す。
赤色を呈するレバーの隣には、『発動から5秒後に爆砕します』と記された極小の文字もある。
「さて、ポーチの中身だけど」
言い、青髪少女は今度こそ地面に落ちてあった赤茶色の大きめのポーチを拾い上げ、中身を確認する。
数分前まで、他プレイヤーが保持していたものだ。
「リンゴが三つ、ね。――はい」
「ぅおっ……全部、いいのか?」
「ええ。私のHPは50あるもの。食べても意味がないわ」
「あ、ありがとう」
「仲間だから、助け合わないと、ね?」
「――。なんか、すごく意味深に聞こえるんだが……」
一瞬、可愛げな微笑みでそう言われてドキッとしたが、すぐに平常を装ってそう返す。
本物の笑顔とは思えないが、虚偽だろうと可愛いものは仕方がないのだ。
しかし、食べ物をくれたのは素直に有難い。
手渡されたポーチからリンゴの一つを取り出し、齧る。
そして、『12』あったHPが静かな瑞々しい音と共に『14』へと昇る。
一口でこれだから、リンゴ三つならそこそこ回復できるだろう。
全身に圧し掛かっていた倦怠感も少しずつ晴れていく感じがした。
「さて、悠長にしていられないわ。行動に移るわよ」
「…………て、どこに?」
「――マルクス城下町」
ミデルはリンゴを口に当てたまま硬直してしまった。
コイツ……早ぇ。
◇ ◇ ◇
赴く先はマルクス城下町。
リストマップで確認すれば、立体地図上の北東辺りに確かに『マルクス城下町』と記された文字があった。
それは北東にあり、北西の方に姫様の居場所を示す赤い点がある。
今ミデル達がいるところは、西で生い茂った森の中――姫の方が近い。
――何故、姫様の居場所へ赴かないのか。
まだ装備が整っていないから危険である――というのも、一つの理由ではある。
しかし、それならライフを削ってでも運に賭けて突っ込む戦略が生まれる。
それを、ヒーロー・ゲームの仕組みは許さない。
「――このゲームは、武器より情報の方が強い」
「だから、姫様より先にマルクス城下町を目指している、だな」
青髪少女の言う通り、このゲームは戦闘力だけでは攻略できないように構築されてある。
耳にした情報から考察、推理し、姫を救出する。
パズルのようなものだ。
偽りの信頼を築いた二人は今、北東のマルクス城下町に向かって、夜の暗い森の中を並んで歩いている。
青髪少女がミデルより少し後ろで歩いているのは、下手な真似ができないよう厳重に警戒しているためだろう。
少し気まずい沈黙の中でふと、ミデルはあることを口にした。
「あのさ……一応仲間なんだし、名前ぐらい聞いてもいいかな」
「必要ないわ」
「…………俺の名前はミデル・ロメルト。呼び捨てのミデルでいいよ」
「へえぇ」
「……はぁ、黙ってれば可愛い奴なのになぁ」
「……」
「……」
ミデルの揶揄にまた何か辛辣な言葉を投じてくれると思われたが、まさかのだんまりで更に空気が重くなってしまう。
――何やってんだ、俺は。
その後しばらく森の中を進んでいると、青髪少女が何かに反応を示したように足を止めた。
「あれ、見てよ」
「――剣、か」
青髪少女の指差す先に、地面に縦に突き刺さった剣があった。
「私達ついてるみたいね。見た感じ脆くなさそうだし」
言いながら、彼女は颯爽と剣の方へ歩み始める。
が、ミデルは彼女の背中に追従する気にはなれず、
「――おい、ちょっと待て」
「……何よ」
ミデルの呼び掛けに、青髪少女は億劫そうな顔をしながら足を止めてこちらへ振り返った。
ミデル自身、足を固定する枷の正体が良く分からない。
本能があの剣に対して強い警鐘を鳴らしている。
記憶の片鱗が、痛く痙攣している。
なぜなら、
――その剣は、地面に埋もれた巨大な岩に突き刺さっているからだ。
「――伏せろおおお‼」
――正面、群青色のカーテンをブチ破った岩の砲弾がこちらへ猛進する。