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ヒーロー・ゲーム ~姫様を救う試験~  作者: {出見塩}
第一章 炎の姫
6/25

1:5 『差し伸べるカニの手』

 夕方の兆しを見せる空の下、冷たい風がミデルの肌を撫でる。


 「どうしたものか」


 つい数秒前にミデルはHPを全て失ったことでライフの一つを落とし、今はゲーム開始時に立っていた丘の上にリスポーンされている。

 リスポーンは元々、死したプレイヤーを30分前にいた場所と状態に戻す仕組みであるが、どうやらミデルはゲームが始まってから30分もしない内に命を失ったようだ。


 左手首に括られた『リストマップ』を開き、浮かび上がる立体地図の横にある数値を窺う。

 残り時間:29時間32分。

 プレイヤーの現在人数:20。

 ライフの平均値:2.9。

 察するに、ミデルは誰よりも早くライフの一つを落としたことになる。

 『リストマップ』を仕舞い視界の左上を確認すると、そこには確かに三つあった水色の❤の一つが黒色に変色している。


 「はぁ……こんなんでヒーローになんてなれるのかよ」


 思わず溜息と共に弱音が漏れてしまう。

 ゲーム開始前にやる気満々だっただけにかなりショックだ。

 憧れていたヒーローの座が遠のいていく感覚の追われてしまう。


 「駄目だ。ライフはまだ二つ残っている。まだどうにかなる」


 落胆している自分に気付いたミデルは、自分に言い聞かせるようにそう呟いた。

 意識を前向きに、状況の整理に傾注する。


 「リスクを負ってでも村に走るか……いや、あの岩野郎に突き刺さってた剣は欲しいな」


 言いながら、自分を死の淵まで追いやった化け物の外見を想起し、身震いする。

 あの光景は、壮大な恐怖を叩き付けられるものだった。

 ……できればあまり思い出したくない。


 「にしても、危険すぎるな。ライフをこれ以上減らすのは勘弁、か」


 どうにかあの炎系統っぽい剣を奪い取る方法を思案していたが、結局は危険すぎると判断した。


 「それに、俺が原因で怪物を目覚めさせたのかもな」


 遠すぎない場所で、今も天に昇り続ける白煙の方へ目線を送る。


 「速くここを離れないと、いきなりアイツが大穴から飛び出してもおかしくな――っ」


 ――まっすぐ昇っていた白煙が根元で一瞬途絶えたかと思うと、激しい地震の響きと共に無数の黒鳥が森からパタパタと羽ばたいて空へと飛び去った。

 それは、迫りくる厄災から逃れるための撤退に他ならない。


 「嘘……だろ」


 ――美しく、地面から大跳躍した大岩が天高くに威容を放ち、平穏に揺らいでいた白煙を払拭させた。

 ミデルを『死』まで追い詰めた存在が、青空を背景に再び姿を現したのだ。


 そして――天空から投擲された岩の腕が砲弾のごとくミデルを虐殺せんと高速で突進してくる。


 「ぎゃあああああああああああああああああああ‼」


 絶叫を上げながら紙一重で回避したミデルは、そのまま丘の下――前回進んだ方向とは反対側の方向に転がり落ちる。

 体を草の斜面に何回もぶつけながらゴロゴロと転倒した挙句、平地に辿り着くと同時に地に足を付けて眼前にある森へ全力疾走。

 あんな脅威とはもう二度と対峙したくない。

 ミデルは、生きる岩の恐るべき追撃から無事逃れることができたのだった。


     ◇   ◇   ◇


 6時間しかない一日は日が暮れるのが途轍もなく早い。

 正午に始まったゲームの空は、今は既に宵闇に突入している。


 「はぁ……はぁ……はぁ……」


 そして、宵闇であろうと木々の葉で覆われた森の中は夜も同然な暗さ。

 そんな森の中を、ミデルは息を荒げながら疲弊した体で歩いていた。

 少し無謀なほどに全力で逃走していたが、アレを見てしまって後では仕方がない。

 体力がここまで保たれているのは、HPが体力に反映する仕組みのお陰だろう。

 HPバーは今も『50』と記されている。


 「……どうやら、体力が底をついている者はもういるみたいだな」


 樹木の一つに身を潜めながら、周りに聞こえない声量で独り言を呟く。

 なぜなら――森の地面で眠りについている二人組のプレイヤーを目撃したからだ。

 ミデルと同じ白模様の黒タイツを装着していることがNPCでないことを証明している。

 少年と少女だ。


 ゲーム内における睡眠はHPを回復させることにも有効だが、電子で作られた偽りの体にも睡魔は襲ってくる。

 二人のHPバーは窺えないが、恐らく低いと見て正しい。


 二人の側には一つの短剣や、食料の入ってそうなポーチなどが地面に置かれている。

 剣もポーチも彼らの身に付けられていないため、起こさないようにこっそりと近づいて奪うこともできるし、彼らの持つ剣で暗殺することだってできるだろう。――が、


 「それも計算の内、他プレイヤーを引き付ける餌かもしれない」


 例えば、センサーの付いた罠が一番濃厚な可能性だろう。

 先に確認するため、近くに落ちてあった小石を拾い上げ、投げる。

 宙を舞う小石は地面で寝る二人を通り越し、向こう側の草に音を立てずに落ちた。


 「よし」


 あれで何も反応していないなら、センサーと言った罠はない筈だ。

 意を決して立ち上がり、剣とポーチから目を離さないまま、忍び足で音一つ立てずに二人の方へ近づく。


 ――ヒーロー・ゲームは、現実の考え方では通じないことが多い。

 ――ヴォンッ、と。

 空間の揺らぐ音が鼓膜に触れたと同時に、――猛烈な不可視の力がミデルを背後へ押し飛ばした。


 「ぐあっ!」


 宙に浮く間、ミデルは内心で理不尽な展開に嘆いていた。

 そんな感慨も束の間、背後の樹木に背骨が激突し、鋭い痛みに声を上げてしまった。


 「――おい、プレイヤーだ!」


 眠っていた二人は瞬時に覚醒し、こちらの存在に気付いていた。

 まさか……小石で罠は確かめた筈なのに、何故?

 そんな疑問が浮かぶと同時に途方もない焦燥がミデルの胸をかき乱す。

 瞬時に逃走を図るが――、


 「ぐあっ!」


 投じられた短剣がミデルの右肩に刺突、背後の樹木にまで釘付けられて身動きを封じられてしまった。

 強烈な一撃にHPが『32』までドッと削られ、新鮮な痛みが走ると同時に、血の代わりに淡い水色の燐光が刺されたところから漏洩する。

 そして、HPはそこで定着することなく、『31』、『30』と、肩に突き刺さったままの剣から小刻みに奪われてゆく。

 身を束縛する剣を右手で頑張って引き抜こうとするが、背後の樹木に深々と刺さっているそれはなかなか抜けてくれない。

 肩からすらりと抜け出そうにも鍔が邪魔をする。


 「今だ!」


 声を上げた少年が、一緒に眠っていた少女を置き去りにこちらへ突進。


 ――やばい、と。

 残り二つしかない命の一つがまたも削り取られてしまう未来が鮮明に見える。


 「待ってくれ!」


 ミデルのそんな命乞いにも聞く耳を持たず、いつの間にかペティナイフのような小型の武器を手に持った少年は、ミデルの頭部目掛けて腕を振りかぶる。


 逃れる道がない。

 憧憬に叩き付けられる現実に途方もない絶望と憂いが心を渦巻く。

 結局、一人では何もできない俺にヒーローもクソもなかったって訳だ。

 一人では、何も――、


 「――ぇ」


 ――振りかぶった少年の腕は、ミデルに止めを刺すことはなかった。


 当惑に少年の顔を見上げると、――彼の血相の中心から一筋の矢が突き出ているのが目に入った。

 そして、動かなくなった少年の体が、無数の水色の曲線が渦巻く『暗黒の世界』に変貌し始める。

 これが、プレイヤーの『死』。

 頭部への矢の一撃でHPの50を全て削られたとは思えないため、睡眠をとっていたことも兼ねて脆弱状態でいたのだろう。

 シュゥゥゥ……と言う静かな音を残しながら凝縮した挙句に完全にその場から消失した。


 そして、少年の体で隠れていた光景が、露になる――。


 「…………」


 美。

 腰まで流れるような群青色の髪、透き通るような空色の瞳。

 ――ミデルの知る可憐な少女が、その場に跪いていた女プレイヤーの首筋に手に握った矢を突き刺していた。

 一秒後、動揺の色が濃ゆかったプレイヤーの相貌も暗黒の世界へ変貌し、姿を消す。

 そして、静寂に包まれる暗い森の中で、ミデルと可憐な殺戮者だけが対峙する。


 「……哀れね。エルフの血を持つ男が少女に殺されちゃうなんて」


 言いながら、プレイヤーを殺した黒い矢を弓の弦に宛がった少女がミデルへ歩み寄る。


 「ちょ、ちょっと待て! おい!」


 助けてくれたと思いきや、どうやら躊躇なく殺しに来るらしい。

 見れば、今もゆっくりと失われている自分のHPバーは『24』。

 剣の束縛から逃れられない以上、ミデルが二つ目のライフを失う道は変わらないらしい。

 諦めて、自分の末路を認めるしかない――。


 が、すぐにミデルの顔面へ矢を放つと思われた少女は、ミデルの眼前で、足を止めていた。


 「……何」


 正直言って八方塞がりな自分に呆れていたミデルは弱々しい声音に豹変していた。

 少女から返ってくる言葉はない。

 少女はただ、動けないミデルを睥睨するように凝然と佇んでいる。


 そして、何もせず、何も起こらないこと約20秒間。

 削られ続けるHPは既に『14』にまで減っていた。

 これでも、HPが一削られるたんびに痛みを感じる。

 どうせ殺すなら、わざわざ痛みを味わせて煽るような行為は取らないでほしい。

 そんな少女の意図が理解できないまま、ミデルはずっと沈黙を貫いていた。

 心底で呆れ、狼狽え、すると、


 ――矢を弓から外した少女は、背中のケースにそれを仕舞った。


 「……な。――ぐはっ⁉」


 不可解な仕草に当惑していると、唐突にその少女はミデルの胸に足を突き立てた。

 決して優しくない圧力で押し付けられ、軽い呼吸困難に陥る。

 ここまでくればもう何をされてもおかしくない。

 更に挑発を掛けてくるのか、もしくは口付けなんて意味不明なことをされてもこれ以上困惑することはないだろう。

 と、思ったが。


 「痛っ!……え?」


 少女は、ミデルの肩から樹木にまで刺突した剣を、抜き取った。

 本当に助けてくれていることに疑問を覚えるのも束の間、猛烈な眩暈に襲われてその場に尻込みしてしまう。

 この眩暈は恐らく、『12』まで減少したHPによるもの。

 HPの数値はスタミナの役割をも担っていると聞いたが、その影響だろう。


 「……何が、したいんだ」


 数秒して眩暈が治まると、地面に尻を付けたままのミデルは少女を見上げてそう尋ねた。

 が、彼女から返された言葉は質問に対する返答ではなかった。


 「――何も、持っていないの?」


 その問いかけに、ミデルは押し黙ったまま何も返さなかった。

 錯乱して頭が回らないのではなく、返答することに危惧を抱いたからだ。

 この少女は、俺の敵。

 練習場で会った時も、仲間になることを提案した瞬間に拒絶された。

 よって、条理ならこの場でも問答無用に殺しに来る筈。

 なのに、彼女は、


 「――協力、してやってもいいわ」


 ――尻込みするミデルに、手を差し伸べているのだ。


 「…………は、なわけねぇだろうが」


 「本心かな? あなたはライフが一つしかない状態で、何も持っちゃいない。丁度、仲間が必要だった頃ではないかな?」


 「――――」


 艶然と微笑みながら訴えてくる彼女だが、その発言の内容にははっきりと引っ掛かるものがあった。

 それを口に出しかけたが、寸前で喉の奥へ押し戻す。

 はっきりと引っ掛かるもの、それは、彼女がこちらのステータス――ライフの数を言い当てていることだ。

 他プレイヤーのステータスは口で聞かされる以外知る術がない筈なのに。


 その原因を看破できず、押し黙ったのはミデルが犯した失態だった。


 「やっぱり、私の予想は的中していたわ。そんな憐憫な姿を見れば想像に難くないもの」


 どうやら、罠に引っ掛けられたらしい。

 即座に否定できなかったことが、彼女の言葉を肯定している。

 迂闊に情報を漏らしてしまった訳だ。


 「命の一つを落とした上に無防備。一人では何もできない状況にいるそんなあなただからこそ、私の手を取るべきよ」


 言いながら、少女は差し伸ばした手を主張するように上下に揺らす。

 『何故今更助けようとする』なんて質問は尋ねる必要もなかった。


 「いやだな。――上手くこき使われて裏切られるより、敵の力になることを避けてライフを落とした方がいい。……なんだけど――」


 「ここで断れば私に殺され、ライフが一つに落とされる。ゲーム開始から一夜も開けていない時間帯で、そんなことは許されない」


 「――だな」


 少女の提供を受諾した挙句に、彼女の力となる武器として使われて結局は裏切られるのも恐ろしく避けたい道だ。

 だが、それよりも恐ろしいのはここでライフを一つに減らして桜の木までリスポーンすること。

 ゲームが始まって間もないのに、それを許してしまっては挽回できる可能性は微塵もなくなってしまうと言える。


 押し付けられる二つの選択。

 どちらも選ばずにこの場から逃げるのが一番良いが、『12』と記された数値がそれを許さない。


 断れば、ライフを落とす。

 手を取れば、敵の力になった挙句にライフを落とす。

 ――だが、『可能性』は、後者には存在する。


 時間が介在する限り、道が分裂する可能性は少なからず存在するのだ。

 だから、


 「…………よろ」


 長い長い沈黙を置いた後、――ミデルは可憐な少女の差し伸べる手を取ったのだった。

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