1:3 『――試験を開始します』
「おっらあああ‼」
叫喚を上げながら訓練用に沸いたモンスターを斬り伏せる。
――『チュートリアル』を受講してから3日が経った。
ヒーロー・ゲーム当日まであと4日。
『ゲーム運営施設』内にあるプレイヤーが宿泊する部屋で起床したミデルは、今日も朝早くに自分の『トレーニングルーム』へ赴いた。
石壁に囲まれたサバンナ草原――練習場に意識を転移させ、いつもの場所でモンスターと対峙しながら剣の修行に励んでいる。
「よいっしょおお!」
そして、最後の一体だったリザードマンを斬り伏した。
10分程ぶっ通しで戦い続けた後、削られたHPバーが自動的に全回復する。
ちなみに、ここでHPが0になっても失敗としてやり直しになるだけだ。
「ふぅ……疲れたな」
柵で囲まれた広場の中で、疲弊したミデルはその場に座り込む。
体力といったものは電子の世界でもそのまま持ち込まれるらしい。
剣の鍛錬はと言うと、かなりの手応えを感じている。
3日間、剣一筋に練習してきた成果は得られているようだ。
今は少しだけ休憩して、またすぐに再開しよう。
「…………厄介だな」
時間の流れを待っていると、――遠目に可憐な少女がこちらへ歩んで来るのが目に入った。
明らかに話を交わしたいと言った感じだ。
目線も合致してしまったため、気付かないふりはできない。
立ち上がり、少女がここへ辿り着くタイミングに合わせて柵の入り口の前まで身を出した。
「――――」
やがて、少女が話のできる距離感にまで近づいてきた。
近くで見てはっきりと分かるが……可愛い。
腰まで流れるように伸びた群青色の髪、透き通ったような空色の瞳。
背丈は160cm程だろうか、ミデルより少し低いのがまた丁度いい。
名前から尋ねたい気持ちもあるが……変に思われるだろうな。
凝縮する心臓が表情に出ないように耐えながら、自然を装って自分から切り出す。
「俺に何か用か?」
「別に? 訓練の休憩がてら見に来ただけよ」
言葉遣いの第一印象は、真面目……いや、辛辣かもな。
「見に来ただけって、他人が訓練してるとこ見ても意味ねぇだろ」
「いいえ、あるわ。あなたが警戒すべきプレイヤーであるか否かを確認できるもの」
「それを本人の前で言うか……てか、じろじろ見られながら訓練する気にはならないぞ。質にも影響するだろうし」
そうは言うが、この子なら見られていいかもと言う卑猥な心の声が聞こえてしまった。
「質に影響? そんな筈がないわ。だって、あなたはハーフエルフだもの。私が特別にあなたを見に来たのもそれが理由よ」
「俺がハーフエルフだから? 残念だが理解に困る」
「自分の血の特徴すら知らないの? 痴愚ね。エルフ族は優れた身体能力を保持していることが一般に知られているじゃない。それの真偽を確かめに来た訳」
エルフが優れた身体能力? そんなの初耳だ。
『卑域』の生活で自分の能力に気付ける場面が極小だったのもあるが、そんな話が知れ渡っていることには完全に無知だ。
他に自分と同じ血液が流れる者と会っていたなら、もしくは、……一度も会ったことのない父親とエルフ族の話でもできていたなら、知っていたのかもしれない。
「じゃあもう帰っていいんじゃねぇのか? 話していてはそのことも確認できないだろうし、俺も見られながら訓練する気にはならないぞ」
自分の血液に関する情報に内心は驚きつつも、表情には出さないよう耐えながらそう言う。
「皮肉として言ったつもりだけど、本当に痴愚なのね」
と、返ってきたのは意外と辛辣な言葉だった。
「どういうことだ?」
「話すことで情報を得ようとしているのことぐらい悟れないの? あなたも私から情報を奪おうと試みることだってできた筈じゃない。そもそも、身体能力が良いかどうかなんて遠目から見ても分かることだし」
悲しいかな。
普通、秘密の目的があって他人と話す場合はそのことを本人に明かすことは当然有り得ない。
それでも彼女がこうしてそれを白状したということは、ミデルが痴愚であると本気で疑っていないことになる。
コイツなら意図を知られても問題ないと、そう思われているのだろう。
……ちょっと悲しい。
「それに、一つ聞きたいことがあるんだけど、あなたは何故仲間を作ろうとしないの?」
仲間を作る――つまり、他のプレイヤーと手を組む戦略のことだ。
「それも、情報を得ようとしている質問なんだろ? 黙るわ。お前が何を企むのか『痴愚』な俺には分かる筈もないからねぇ」
「言いたくないなら無理強いしないわ。ただ、一人では何もできそうにないあなただからこそ、仲間がいた方が助かると思うのだけれど」
「仲間、か。そんな簡単にできるものでもないだろうよ。てか、他のプレイヤーも本当にその手段取るか?」
「あそこ見れば?」
ミデルの背後を指差しながらそう言われる。
指摘された方向に視線を移すと、遠くにある別の訓練施設で三人の男プレイヤーが集まって会議しているのが窺える。
偶然か必然か、髪の色は何故か三人とも緑色をしていた。
「あれは三人とも手を組んでいる。ゲーム当日には厄介な存在になること間違いなしね」
ゲームが始まる前に、練習場が全プレイヤ―共同であることを利用して既に戦力を固めている。
ゲームを運営する側も、きっとこういうのができるために練習場を共同にしたのだろう。
つまり、ヒーロー・ゲームはこの場で既に始まっていると言うことだ。
「情報を得られる目が増える。考える頭脳が増える。戦う腕が増える。仲間の数だけ力を入手することができる、か」
「そうよ。だからあなたも仲間を作ればいいじゃない」
分かりやすくて可愛いな、コイツ。
「……なるほど、理解理解。話の流れからして、孤立状態のお前は俺の仲間になりたいんだな?」
「ふっ、滑稽ね。アホね。奈落に落ちればいいわ」
「え~! そんなことある~⁉」
仲間になりたかったと思わせるために、大袈裟に驚いた『フリ』をする。
どうやら俺と手を組む気はまったくないらしい。
「だけど、哀れね。――『卑域』の住民を受け入れてくれるプレイヤーなんているのかしら」
「……え? 俺が『卑域』出身ってこと知ってたのか?」
今度は装いではなく、本心から驚いた。
「ええ。『卑域』のハーフエルフって、噂になっているわ」
「まじかよ……てか、何故皆知っているんだ?」
「ニュースで流れていたわ。顔写真と共に。ヒーロー・ゲームで初めて『卑域』出身のプレイヤーが現れたから、ニュースになるのは当然のことね。プレイヤ―達も皆あなたの顔を認識している筈よ」
現実の世界で『ゲーム運営施設』の白いを廊下などで他のプレイヤ―達とすれ違うことは幾度かあったが、どこか疎外的なものを感じていた。
それの正体が、『卑域』住民者への差別意識か。
個人的に仕方ないものと認識しているが、自分が皆に受ける印象がそれならゲームの立ち回りなどにどう影響するか分からない。
例えば、俺を危険因子ではないと言って軽蔑するプレイヤーが現れると、こちらとしては相手の行動が読みにくくなってしまう。
「ま、精々頑張るといいわね。私はここで失礼するわ。『卑域』のハーフエルフは警戒無用の痴愚な人物である情報を入手できたし」
辛辣な言葉を残し、可憐な少女はミデルに背を向けて歩み始めた。
「うわ~。そう言われると傷付くな~」
少女はミデルの悲嘆に言葉を返すことはない。
こちらの表情が見えない彼女には分からないことだが、落胆したように言葉を発するミデルの表情には軽い微笑が浮かび上がっていた。
少女が声の届かないところまで去った頃、その場で佇んでいたままのミデルは、遠目に見える一人の男プレイヤーの様子を眺めていた。
一人、孤独に斧の練習に励んでいる彼は見た感じ仲間がいない。
自分が『卑域』出身であることが知れ渡っている以上、話しかけても仲間として認めてくれるかは怪しいが、仲間は強力だ。頑張ってみる価値はあるだろう。
「……さて、剣の修行に戻るか」
しかし、ミデルが彼の下に足を運ぶことはなかった。
背後にあった柵の入り口に入り、剣の練習を再開させる。
「あの女も聡いな。怖ぇ」
――ミデルは、彼女の仕掛けた『罠』に気付いていた。
「仲間作りなんて、冗談じゃねぇ」
ヒーロー・ゲームに挑むプレイヤー達に、勝者の座を勝ち取ること以上に価値のあるものはきっと存在しない。
『ヒーロー』は一人しか誕生することができず、皆の方針はそこの一点。
妥協など、むしろ敵に武器を与えている行為に他ならない。
裏切りの好機を与える行為と相違ないのだ。
「そこで、俺を痴愚だと判断したアイツは俺に仲間を作る提案をした。俺を裏切ってしまう仲間を付与することによって、徹底的に潰しに来ようとした……悪くない画策だ。厄介なプレイヤー達と戦うことになりそうだな……」
まるで癖のようにモンスターをホイホイと斬り伏しながら、独り言をブツブツ呟く。
少女がミデルにニュースのことを伝えたのも、決して彼女が間抜けだったからではない。
厳しい状況下で仲間を作ることができれば、その仲間は信頼に足る心の明るい人物であると誤解するだろう。
少女は、偽りの信頼で成り立った『仲間』を俺に作らせようとしたのだ。
だが、それは本物の信頼で成立したグループが怪物のような力を保持していることをも意味する。
「だから、あの緑髪の三人は……警戒しないとな」
遠くで、何故かこちらに目線を向けている三人に一瞥を送りながら、自分に忠告するようにそう言ったのだった。
◇ ◇ ◇
――試験当日。
20人いるプレイヤー達は全員黒色のジャージに身を包んでとある一室に集められていた。
正面には異様な存在感を発揮する大きめの扉があり、その前に皆座らされている形だ。
あの扉の向こうが、ゲームの始まる場所なのだろうか。
「よぉ」
「……陽気ね。友達はできた?」
「いいや。友達なんていらねぇな」
「そう」
偶然隣に座ることになった少女――群青色の髪と空色の瞳をした辛辣な少女に、挨拶がてら声を掛ける。
記憶に反らない可憐な相貌にはやはり刺激的なものを感じてしまう。
「そう言えば、名前をまだ聞いていなかったな。名前はなん――」
「卑猥ね」
「……名前を聞く行為が卑猥と思うお前こそ捻じれてんな」
「うるさいわね。少しでも好意を持たれたいと思っているのなら黙ったら?」
「ふっ、面白いやつだな」
ミデルは清々しい表情を崩さないまま、着席して前方を向き直った。
前方――そこに、『卑域』で見た上品な容姿をした黒服の男と、両脇に彼を護衛するように佇む白服の男が二人。
「プレイヤーの皆。これから待ちに待ったヒーロー・ゲームが始まる」
皆の前に立つ男の第一声に、ミデルは全身に鳥肌が立つ感覚を味わった。
「これは開始前のちょっとした注意事項だ。まず、皆も認知済みだとは思うが、試験中の君達のパフォーマンスは常に審査員に観察され、批判される。彼等の判断で君達が今後の人生でどの『域』で生きていくことになるのかが決まる。失態を晒さないよう精々頑張ることだ」
審査員については詳しくは聴かされていない。
何人いるのか、どこをどう批判するかなどは分からない。
勝つための戦略を練って、それが認められればきっとそれでいい。
「試験時間は30時間。ゲーム内では5日間となる」
30 ÷ 5 = 6。
単純計算で、ゲーム内での1日は6時間となる。
昼と夜共に3時間ずつ。現実の4倍速い。
これも事前に知らされているルールの一つだ。
それ以外にも事細かな注意点などを伝えた後、黒服の男はこう発した。
「これは実際に言い渡す義務のある助言だが――形の残る結果を出すのが得策だ。審査員は勿論皆の立ち回りなども観察するが、ゲーム終了時の『他プレイヤーを殺めた回数』や『残りのライフ数』は彼等の批判に大きな影響を及ぼすことを覚えとけ」
なるほど、他プレイヤーを殺める見返りは敵に害を与えたり牽制ができることだけではなく、実際に審査員に好評を受けることのできる不可視のポイントとして加算されるわけか。
覚えておこう。
「以上だ。君達は放送による指示があるまでここに居座ることになる。くれぐれも騒ぎを起こさないよう」
最後にそう付け加えたのは、過去にそのようなことがあったからだろうか。
王国での身分を競い合う仲としてはおかしくないのかもしれない。
男と彼に追従していた二人が退室し、プレイヤ―のみとなった室内は静寂に包まれる。
あとは放送が流れ、目の前にある扉が開かれるのを待機するだけだ。
憧れが遂に眼前まで迫ってきたミデルは、興奮や期待と言った感慨は抱きつつも、胸を焼かれる緊張感は意外となかった。
何でだろうか……結果が心配ではないからだろうか。
確かに貧弱な生活から解放して見せると母親とは約束を交わしたものの、憧憬の気持ちが勝ってゲームに参加できるだけで満足しているのかもしれない。
そんな自分の感慨に混濁しながら、5分が経とうとする頃。
『――プレイヤーの皆さんは、試験場へご入出ください』
「お」
頭上から女性のものに似た電子的な音声での放送が流れ、正面の扉がシュウウウと音を立てながら上に開いた。
立ち上がったプレイヤー達は、ミデルと青髪の少女を先頭に中へ入る。
「おぉ……いかにも最新のテクノロジーって感じだな」
「緊張感がないわね、あなた」
「そうか? まぁ、確かに失格の代償は皆より小さいかもな」
ドーム状の広大な一室に、一人の少年と少女の声が反響する。
すぐに、後に入室してきた『プレイヤー』と呼ばれる者達のざわめきが上がり始める。
広大な白い空間。
中央に屹立する柱状の『ゲームコントローラー』に、周囲の壁に満遍なく備えられたガラス扉の奥にある『召喚装置』。
――『試験場』と呼ばれるそこは、人類の最新技術が充分に施されている感じがした。
『上部に自分の名称が綴られてあるルームまでの移動をお願い致します』
再び放送が流れ、部屋の一か所に密集していたプレイヤー達がそれぞれの場所へ散らばり始める。
少年――ミデルも、先程まで会話していた少女と無言で別れ、足を踏み出した。
「さてと……」
数秒で辿り着いたのは、ガラス扉の前。
ガラス扉の上には、緑色の光で自分の名前――『ミデル・ロメルト』と書かれてある。
自分専用の部屋だ。
正確には『プレイヤーズルーム』と呼ばれるが。
壁に張り付いた、本人証明のための小さな装置に手をかざす。
――シュュッ、と。
そこにあるか分からないほど透明なガラス扉が上に開いた。
「本当に、この時が来るとはな……」
正面、高度な技術を限界まで詰め込んだのかと思えてしまうような装置が目に飛び込む。
一言でいえば、大きな椅子。
色は部屋の色と同じく白をベースとしており、淡く光る水色の線が数か所に入っている。
『召喚装置』であるそれを目にしてやっと、少しの緊張感が胸を過ぎった。
「ふぅ……」
座り、頭上にある装置を頭に被るように引き下ろす。
途端、白に支配されていた視界が真っ黒になる。
そして、真っ暗になった世界に、耳元に囁かれる音声と共に白い文字が小さく浮かび上がる。
『全プレイヤーの準備が整いました』
『神経通達ロックを発動します』
これは、今日までの一週間で毎日『小型召喚装置』に身を委ねることで正体を把握できた。
試しに右手を上げようとするが、やはり上げられた感触は伝わってこない。
『ヒーロー・ゲーム終了時、又は脱落時に解除されます。身体への影響はないのでご安心ください』
――ヒーロー・ゲーム。
それは、才能と悲願によって開発されたもの。
それは、数多の人に幸福と悲痛を与えたもの。
それは、ミデルと言う少年が憧れてしまったもの。
『第295回ヒーロー・ゲームの題名を公表します』
『題名: ――炎の姫――』
――ふ~む……これはアツくなりそうだ。
無意識に洒落を飛ばしてしまった。
題名を聴くだけで変な緊張と高揚感が催される。
少しの沈黙を置いた後、
『十秒後に試験を開始いたします 10 9 8』
黒い視界に浮かんでいた白い文字はもう表示されておらず、音声だけでそう告げられる。
前触れがなさ過ぎて一瞬当惑しかけたが、すぐに集中を立て直す。
『 7 6 5 4 』
緊張感がないと少女に指摘された筈なのに、今になって物凄い緊張を覚えてしまっている。
『神経通達ロック』がなければ、心臓が痛むほどの鼓動の速さになっていたことだろう。
『 3 2 1 』
なんか……怖くなってきたな。
徐々に朦朧となり始める思考のなかで、そんなことを思っていしまう。
『――試験を開始します』
耳元でそう囁かれ、ミデルの意識は暗転した。
姫様が囚われた、物語の世界へと――、
「…………………………………………………いい景色だ」