1:22 『蹂躙』
『命を落としました。リスポーンを開始します』
電子的な声が聞こえ、意識が暗転すればリスポーンが行われる。
「――――」
リスポーンの設定は30分前の場所と状態への死に戻り。
メインホールを探しながら王城を彷徨っていた時間は一時間以上はあった筈だ。
故に、穴に落ちて巻き戻される場所は城の中のどこかと推測していた。
しかし、リスポーンされた場所は、
「城の、外」
リスポーンは、30分前にいた場所が再生不可能な状況下に陥っていれば、再生できる場所まで巻き戻るという設定がある。
眼前の王城は、氷の蛇の再来によって木っ端みじんに崩壊されていた。
あの中は再生不可能と判定されたらしい。
故に王城の外で再生されたわけだが、それでは問題が生じる。
「――シナミア!」
彼女が、いない。
丁度、城の正門に佇んでいた門衛を仕留めるためにシナミアと分裂した時だ。
皮肉なことに、そのタイミングに的を射抜いたかのようにリスポーンされた。
今すぐにシナミアとの合流を果たしたいため、彼女が通ったと思われる辺りにつま先を向けて走り出す。
が、
「――っ!」
横に通る水色の列車。
――眼前の建物を、屈強な蛇が凄絶な勢いで粉砕した。
「くっ……」
あまりの風圧に、後ろに体を移して身を守る。
爆音、地震。
蛇は甲高い咆哮を上げながら、マルクスの街並みを蹂躙していく。
そんな悪魔がミデルから離れた頃、どうにか場所を移そうと体を起こすが、
「――あぶねっ!」
死角から迫っていたプレイヤーの奇襲を紙一重で躱す。
こんな状況下でも他プレイヤーのHPを削ろうとする行為はハッキリ言って腑に落ちないが、煩わしく身の動きを制限されてしまう存在であることには変わりない。
『炎剣』を鞘から引き抜く勢いのまま、金髪のプレイヤーの胴体に一閃を打ち込む。
HPを削るだけで仕留められるわけではないが、牽制にはなる。
それに、ここでコイツの交戦している暇はない。
ササッと逃れてシナミアを探したい。
「よっと」
金髪野郎から逃れながら、ハーフエルフの身体能力を駆使し、蛇が蹂躙した建物の残骸の上に登る。
ここなら、登られたとしてもミデル程短時間では登り切れないだろう。
「――うわぁ、やってんなぁ」
正面、見晴らしのいい小高い位置に立っているミデルが見たのは、まるで池を泳ぐように城下町を破壊して回る大蛇。
蛇の怪物が通った道を示すように、城下町の表面には氷と思われるものが敷かれてあった。
通るところの地面は、氷と化するのだろう。
「多分、アイツは『妹姫』を探してるんだろうな」
町中をウロチョロ動き回る蛇の様子は、まるで何かを捜索しているようにも見える。
『悪魔は三つの力を欲している』が正しければ、恐らく『水』の力を保持している『妹姫』を探しているのだろう。
しかし、ミデルも知らないことだが、『妹姫』は緑髪の少年たちによって殺められている。
「……」
下を見ると、先程までミデルを追っていた金髪野郎の姿はもういない。
ミデルを殺めるのを諦めてどこかへ行ったようだ。
こちらとしては有難い。
そう思った瞬間――、
「うおっ?」
足元に積み重なった建物の残骸が、揺れた。
だが揺れただけではない。
揺れたと同時に、びりびりと音を立てて電気が走ったのだ。
「やばい……」
足元が爆発するような兆しに慌ててその小さな山を下りる。
地面に着地して、距離を取ったところで先程までいた所を振り返と、そこだけが電気に包囲されたようにびりびりと黄色く光っていた。
そして、遠目から見て、この場に見覚えがあることに気付く。
周囲の建物は殆どが破壊されていたために気付くのが遅れたが、ミデルが立っていた建物の残骸は、一度目にしたことのある第二城下塔の残骸だ。
直後――積み重なった盤石を押しのけて地中から舞昇るモンスターが現れる。
それは、皮膚を黄色の模様で彩った、電気のオオガエルだった。
第二城下塔を電気の壁で覆っていたのは、ヤツの仕業だろう。
身の危険を感じ、既に盤石の後ろに身を潜めたミデルは、遠くにいた氷の大蛇の視線がこちら側に向くのを肌で感じた。
見ると、確かに大蛇はこちらに頭部の先端を向けている。
一瞬、自分が狙われたと思って身震いしたが、よく見ると大蛇の注意はミデルに向いていない。
今地中から現れたばかりの、電気のオオガエルに向けられていた。
面白いことに、オオガエルは自分に向けられた大蛇の視線に気付くと、途端に身震いしながら怯んだ雰囲気で大蛇を見返していた。
まるで、足が震えて動けないような有様だ。
案の定、大蛇はオオガエルの下に近づき始めた。
しかし、敵を仕留めようとして突進しているようには到底見えない。
動きはゆっくりだ。
どこか、オオガエルに対して怒りを孕んでいるようにすら思えた。
まるで、仕事を成し遂げられなかった手下を憎むような、そんな雰囲気だった。
「――――」
オオガエルの眼前まで大蛇が接近すると、数秒の睨みの時間が二者の間に落ちる。
怒りの眼差しで上から見下ろす大蛇に、死を察して戦慄するオオガエル。
直後、鋭利な牙を露呈して大口を開けた大蛇は、電気のオオガエルを真上から丸呑みにし、そのまま地面を穿って地下へと潜る。
探し物が見つからなかった蛇は、ここに用は無くなったと言わんばかりに帰還するようだ。
蛇の尾の先端までが地中に潜り、地下での移動を感じさせる地響きが鳴る。
「厄災は去ったか……」
大蛇に再び殺される心配はなくなった。
周りを見る。
右に見えたのは、蛇が生じた氷の床の上に立つ馬。
今は使えそうにないから馬は無視することにしよう。
「とにかく今は、シナミアを――っ」
探さなければならない、の言葉が出る寸前。
――左の方で、同じく氷の上にポツンと置かれた炎のロッドが目に入った。
奥の方ではミデルと同じように炎のロッドに気が付いたプレイヤーが見受けられる。
この環境で生き残れるNPCはいないだろう。
HPと言うものを保有するプレイヤーで相違ない。
直後に、そのプレイヤーは炎のロッドに向かって走り出した。
今までは敵が『氷』であることが知れ渡っていなかったため、『炎』が鍵であることも推測できない者が殆どだった。
しかし今となっては、あの氷の大蛇を見て炎の魔法杖が大切な存在であると察せられないプレイヤーはいないだろう。
ミデルも反射的に反応し、ゲーム攻略の鍵であるそれに向かって発走。
数歩進んだ唾棄には氷の上を走ることになる。
破壊された街並みによって生まれた夥しい量の障害物を華麗に往なしながら進み続ける。
ふと、視野の端に別の人影らしきものを捉えた。
プレイヤーか。
炎のロッドを見つけ、同じくおびき寄せられているのだろう。
厄介なことだな。
三人ものプレイヤーの争奪戦で勝たなければならない。
ただ、足が速く、身軽なミデルなら二人よりも早く炎のロッドに手を伸ばせられる。
事実、炎のロッドの手前にまで走り寄ったころにはミデルが弩のプレイヤーよりも早かった。
あとは奪い、ここを無事に去るだけ。
そう思い、赤き魔法杖に手を伸ばしかけた瞬間――、
「ふっ!」
――横合いから放たれた水の塊に気付き、右足を地面に打ち叩いて跳躍。
間一髪で水の奇襲を回避した。
が、水の塊は巨大。
ミデルの近くにいた他のプレイヤーは反応が遅れ、氷の床で碌に勢いを殺せないまま、高速で迫ってくる水の塊に跳ね飛ばされてしまった。
奇襲のお陰でミデルが有利になれたかも知れないが、生憎と飛ばされたのは炎のロッドも同じだ。
「――水のロッド」
着地と同時に、奇襲を仕掛けてきた武器に思い当たった。
当然だろう。
ミデルは、既に同じ形で奇襲を駆けられたことがあるから。
「お前!」
眼前、緑髪に細目の少年がいる。
ミデルと一度剣戟を振るい、王城で不意打ちを仕掛けた男だ。
ミデルは反射的に『炎剣』を掴み、鞘から引き抜く勢いのまま緑髪の敵に肉薄した。
が、敵も俊敏性に欠ける者ではない。
「今は遊んでいられない!」
『炎剣』の攻撃を躱され、間髪入れずに迎撃を振られるがミデルも体を翻して躱す。
ミデルはそのまま再度の剣戟に持ち込んで決着を付ける勢いだったが、相手はこちらに背を向けて走り出した。
ミデルの後ろ、少年が逃げる方向を振り向く。
「な……」
砂塵や霧で視野が悪いが、はっきりと見た。
既に揃った、三人の緑髪の少年たちを。
一人は炎のロッドを持ち、細目の少年は水のロッドを持っている。
圧倒的な優位。
卓越した連携力だ。
ミデルは彼らを走って追おうとするも、
「体勢を崩すな、行くぞ!」
細目の少年がそう叫び、水のロッドを足元から救い上げるような動作で振るう。
直後に何か大きなガラスが砕けるような音が響いたかと思うと、三人の足元にあった氷の浮上した。
三人が立てるような、氷のプラットフォームが作り出されたのだ。
それを為したのは、氷の下に発生した水。
水の塊が氷のプラットフォームを支えている形だ。
「掴め!」
「速い……っ」
そのまま、水と氷で成形された乗り物で三人はミデルの疾走でも及ばぬ速さで前へと進んでゆく。
車で例えるなら、水の巨塊がタイヤ、三人が乗れるサイズの氷の板が椅子、と言ったところか。
どこでそんなことができると学んだかは分からないが、乗り物の速さはかなり速い。
「はぁ……はぁ……」
その場で膝を掴み、流石のミデルでも体力を消耗した。
奪取できたかもしれない炎のロッドを取り損ねたことにも焦燥を覚える。
失望の念を抱きながらその場で息を荒げていると。
――天使の声が耳朶を撫でた。
「――ミデル!」
「っ⁉」
聞き覚えのある声、ミデルが丁度探し求めていた声が、聞こえた。
「シナミア!」
驚愕に顔を上げると、馬の上に乗ったシナミアの姿がそこにあった。
このような状態になることを察したのか、ミデルと合流できないでいる間に馬を確保していたようだ。
水上村が燃え上がった時と同じように、馬に乗った彼女がミデルを助けに来た。
「乗って! 速く!」
彼女も炎のロッドを持って去る緑髪の三人を見たのか、焦っている様子だった。
再開の言葉を交わす暇もなく、ミデルは差し出された手を掴んで馬の上に乗る。
二人乗りだ。
シナミアはすぐに手綱を弾いて馬に疾駆を促す。
「彼等は氷結された姫に直行する気だわ、早く追い付かないと負けてしまう!」
シナミアに感謝の言葉を伝える衝動に駆られたが、彼女の集中した眼差しを察して慎んだ。
馬の疾駆なら、あの水と氷でできた乗り物でもギリギリ追い付けるかもしれない。
向かう先は城下町の正門。
追走は外へ持ち込まれる。
北西の『蠢く薄茶の巨塔』――姫様の眠る巨大な洞窟を目掛けて。
――勝利を賭けた最後の競争が、始まる。




