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ヒーロー・ゲーム ~姫様を救う試験~  作者: {出見塩}
第一章 炎の姫
22/25

1:21 『死ななければならない』

 横合いから放たれた水の塊に吹き飛ばされ、反射的に既に腕の中にいたシナミアを抱き寄せた。

 そのまま、メインホールの床を深々に穿たれた大穴へと落下する――。


 「――ぐはっ!」


 が、闇に飲み込まれると思われた矢先に、穴の壁から突起した岩の足場が落下を仕留めてくれた。

 代わりに背中を強打したため、城内で既に削っていたHPが『25』まで落とされる。


 「いってぇ……くそ、何が起きたんだ」


 上体を起こして眼を開ける。

 穴の壁にできていた足場にシナミアと共に尻餅をついており、いわば穴の中に立っているような感覚だ。

 運よく、落下を防がれた。


 しかし、今のミデルがそんなことに感謝を抱いている心の予知もない。

 頭上――ミデルを奇襲した者がいると思われるメインホール。

 ここからではその天井しか見えない。


 が、黒い円状の幕に包まれた視野に、赤く燐光する点が一つある。

 それは、穴に落ちずに宙に浮いている、炎のロッドだ。


 「落ちないように、何かに防がれている……」


 何かが作用して落ちない炎のロッドと違って、作用しなかったミデル達はここまで落ちてしまった。

 故に、手に掴み続けることもできなかった。

 強制的に引き離されたのだ。


 更に、その炎のロッドは穴の中心から離れた位置――つまり、穴に落ちてしまうプレイヤーでも崖から手を伸ばせば届く位置にあるのだ。

 それが意味することは、他のプレイヤーに……。


 「――――」


 上を向いていると、円形を象った視界の横からひょっこりと何かが現れる。

 人だ。

 ミデル達を見下ろす、奇襲の犯人だ。


 「……お前……」


 高さ10メートル程もある距離で見つめ合う相手。

 ――その髪が緑色だったことに、ミデルは息を呑んだ。


 「久しぶりだね、黒髪少年」


 冷酷な響きを孕んだ言葉をミデルに浴びせていると、彼の後ろ彼もう二人が顔を見せた。

 合わせて三人。

 三人とも、紙の色は緑。

 練習場で見た時の、あの三人でもある。


 中心に立つのは細目の少年――水上村でミデルと剣戟を交わした相手だ。

 その右には釣り目の少年と、左にはゲーム内で初めて見るたれ目の少年。

 ただその少年は、水色の宝珠を嵌めた杖――水のロッドを手に持っていた。

 『妹姫』の所有物であったそれを彼らが持っているのを認識したミデルは、すぐに察する。


 「第二城下塔まで俺らを追跡していたのは、お前らだったのか」


 「そうだな。お陰様で」


 細目の少年は、空中に浮いている炎のロッドに手を差し伸べ、掴み取る。


 「だめ……返して!」


 一度手にした鍵を奪われてシナミアが叫ぶが、無論そんなおねだりが通用する筈もない。


 「ごめんな、それはできない。お前も分かるだろ?」


 奪取した炎のロッドを片手に持ち、それを左右に小さく降りながら挑発するようにミデルたちを見下ろして続ける。


 「まず、何故このアイテムがこの穴に落ちないようになっているのか。単純な話だ。――このアイテムが、欠けてはゲームが成立しない、攻略の鍵となるアイテムだからだ」


 「……くっそ」


 嵌められた事実が身に沁み始め、嘆きの言葉が漏れる。


 「もう一度言っておくが、僕らがこれを入手できたのは、お前らのお陰だ。お礼を言いたい、ありがと――」


 「うっせぇなぁ‼」


 「つれないねえ。まあいいさ。これ以上話しても意味がないのは目に見えてる。ここで失礼させてもらうよ」


 殴りたくなるような言葉だけを残して、三人は颯爽と立ち去った。

 ミデルとシナミアが頑張って手に入れた炎のロッドを奪い取って、立ち去ったのだ。

 何もせずに、頑張っている奴の後を追跡して、工期が訪れれば横取り。


 汚い。

 殴り飛ばしたくなるようなやり方だ。

 だが、所詮、これはゲーム。

 ルール違反などは何も犯されていない。

 これは、ミデルに落ち度があった。


 「――――」


 そんな自分の過去の行動を悔悟していると、背後から嗚咽に近い声が耳朶を撫でた。

 後ろを振り向くと、そこには地に手をついて地面を見詰めるシナミアの姿があった。

 その姿から耐えられざる激情が漏れ出ていることを、ミデルは感じた。


 「シナミア……」


 ミデルもしゃがみ、慰めるように手を彼女の背中に置いた。

 全身の震えが伝わってくる。


 「だめだ……」


 そう、決壊した心の言葉を漏らして、シナミアは上体をゆっくりと持ち上げた。

 露わになる面貌には、悲痛の色が濃い。

 いつも奇麗な空色の瞳は赤く、溢れる涙に滲んでいた。


 「勝てた……勝てたのにっ!」


 「――――」


 彼女の心が打ちひしがれるのは、仕方のないことかもしれない。

 だって、そうだ。

 丁度、彼女が不安定な心情になりかけていた時に、これだ。

 心が粉々に粉砕されてもおかしくない。


 「……まだ、勝てるチャンスはある」


 「なんで、そう言い切れるの?」


 シナミアを慰められる自信はあまりないが、何かを言わないといけない気がしてならなかった。


 「ゲームはまだ終わっていないからだ。終わっていない限り、勝利のチャンスはどこかに潜んでいるに違いない」


 「――――」


 「諦めないでくれ、シナミア。諦めるにはまだ早い。どんな時でも再起できる手は残されている」


 「じゃあ、今の状況はどう打開できるって言うの? 再起する手なんてないよ……ここから上まで登ることなんてできないし……登れたとしても……」


 シナミアの瞳には、諦念の色が宿っている。

 ミデルの慰めの言葉など信じていない様子だ。

 敗北に打ちひしがれ、打開の可能性はないと思い込んでいる。


 「登らなくていい」


 「……どういうこと?」


 今の居場所は、文字通り穴の中、穴の途中で止まってる状態だ。

 壁を見てみれば岩は濡れていて、登ろうにも登れない。

 確かに、この状況を一目俯瞰すれば詰んだと確信するかもしれない。


 ただ――そう決めつけるには早い。

 シナミアも、感情に惑わされていなければすぐに分かった筈だ。

 少し考えれば辿り着ける、奇抜な手段――


 「――死ななければならない」


 「え?」


 耳に入った言葉が聞き取れなかった様子で、シナミアが間抜けた声を漏らす。


 「穴に落ちて、自殺すればリスポーンできる。そうだろ?」


 ミデルのライフはまだ二つある。

 ここまで二つ維持できているのも、シナミアのお陰と言っていい。

 彼女も、本人の言ったことが真実であれば恐らく三つあって相違ない。


 「……穴が何処までも続いていて、永遠にリスポーンできなかったら、どうするの?」


 「杞憂だ。そんなことになる筈もない。感情によって思考もマイナスな方向になっているだけだ」


 「うっ……」


 再び、悲痛な眼差しで地面を見詰めるシナミア。

 感情の錯乱は治まっていないようだ。

 彼女が冷静にしなくては。

 ミデルを助けてくれたシナミアを、今度はこっちが助けてあげなくては、始まらない。


 「シナミア、俺を見てくれ」


 「――――」


 ゆっくりと、憂いに満ちた空色の瞳がこちらを見上げた。


 「――俺が、お前のヒーローになる」


 「――――」


 憂いに満ちていたその瞳に、変化が訪れるのを見た。

 絶望が薄れ、僅かながらも確かな希望が宿った気がした。


 「心が動きやすくて脆い君を、俺が守る。だから、信じてくれ。勝利の鍵は取り戻せる」


 それから少しの間、二人が見つめ合う時間が流れた。

 そして、眼を閉じたシナミアは、ある意味観念したように口を開いた。


 「分かった、わ」


 「……よし、ありがとう、シナミア。立てるか」


 差し出されたミデルと手を掴み、シナミアはゆっくりと立ち上がった。

 それから、落下を阻止してくれた小さな足場の端まで三歩ほどで歩み寄り、下にある闇の世界を見下ろす。


 引き込まれるような錯覚を味わう程に、どこまでも続く闇。

 断崖絶壁とも言えないかもしれない。

 この下に、何があるかも分からないのだ。


 「飛ぶぞ」


 「…………」


 返事は帰ってこなかった。

 覚悟もないまま飛ばせるのは忍びない。


 「高いところは苦手か?」


 「いえ、そんなことはないわ。けれど……」


 「死ぬのが怖い、か」


 本当に死ぬわけではないと分かっていても、飛び降りるのはやはり恐ろしいものだ。

 黒に満ちた世界を見下ろして、恐怖を感じるのはミデルも同じだ。


 「――っ?」


 そんなシナミアの心情を悟ったミデルは、隣り合う彼女の手を包み込むように握ってやった。

 手を握られたシナミアが、驚きに一瞬だけ体を強張らせたのが分かった。


 「一緒に飛べば怖くない、だろ?」


 「――――」


 見開いた双眸でこちらを見続けるシナミア。

 その、何も動かずにただ見詰める行為が彼女らしくないと言うか、先程から様子が変わっているのは不安定を来した感情の影響だろう。


 「……ここ数分、俺を見詰めることが多くなったな」


 「ごめん……」


 言われて自覚したのか、悪そうに俯いた。

 別に、こちらとして悪いことをされているわけではないが。


 ともあれ、二、三秒経つとシナミアは再び正面を向き、顔は正面を向いたまま目だけを下に移し、


 「準備はできたわ」


 「……よし、三で行くぞ」


 繋がれる手が、僅かに強く握り返されるのが伝わった。


 「三、二、一、――――」


 二人同時に、手をつないだまま闇の中へ身を挺したのであった。


     ◇   ◇   ◇


 それから、30秒程が経っただろうか。

 周りは黒一色に包囲されており、眼を閉じても開いても視界は変わらない。

 しかし30秒の落下ともなると、相当な距離を落ちていることになる。

 暴風のような音に耳を殴られ続けているが、雰囲気はまるで静寂だ。


 二人の手は今も繋がれているが、握る力は上にいた時と比べて格段に強い。

 このまま、シナミアの杞憂のように、本当に無限に落ち続けるかもしれない。


 「――っ?」


 そう思ったときだった。

 ――八方から唐突な地響きが鳴り出した。


 何か、大きく厄介なことが起きる兆し。

 地下の奥深くでだ。

 今ゲーム二度目の絶命が近づいてきているに相違ない。


 「あ」


 無意識に、握っていたシナミアの手を引き寄せ、そのまま空中で距離の縮まった体を抱き寄せた。

 抱かれたシナミアは間抜けた声を漏らすが、それ以上は追及して来なかった。


 抱擁し合って落下する二人。

 体は風で寒い筈なのに、どこか暖かい気がした。


 しかしそんな一時も束の間、闇の奥から重たく不穏な、悪魔の咆哮のようなオトが木霊してきた。

 下に誰か、大きくて凶悪な者がいる。

 それに気付かされた途端に、ミデルの脳裏にとある記憶が喚起された。


 「――悪魔は、三つの力を欲している」


 それは、城下町の宿泊施設で見た飾り絵のことだ。

 あそこで談話したおじさんからも、絵についての伝説は聞かされている。

 悪魔は、三つの力を欲している、と。


 「だから――またここに来る」


 それを口にして、下にいる何者かが、一度見たことのある巨大な氷の蛇であると確信を持った。

 今思い返してみれば、もっと早い段階に気付くべきだったのかもしれない。

 水のロッドを持つ『妹姫』、水の力を持つ姫はまだ城下町にいた。

 つまり、炎の姫を捕えた蛇――悪魔は、次のターゲットを定めて『水』の力を奪いに再びここへやってくるのだ。


 ――闇の奥深くに、水色の輝きが見えた。


 「シナミア……」


 「……何?」


 耳を掠める爆風に声を乱しながら、抱擁する相手に向かって言う。


 「もう少し、この状態でいたかった自分がいる」


 ――直後、闇の奥から舞昇る氷の悪魔が二人の(ライフ)を齧り取った。


 そのまま、上陸へと、地震を起こしながら登り続ける氷の蛇。

 地上へ辿り着いた頃の勢いは、そのまま上へと蛇を放つ。


 ――王城から上空へと放たれた巨大な蛇は、城の天高くから町を睥睨し、やがて重力に引っ張られると町に雪崩落ちる。


 厄災が、町に降り注いだ。

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