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ヒーロー・ゲーム ~姫様を救う試験~  作者: {出見塩}
第一章 炎の姫
20/25

1:19 『勝ち筋』

 「――勝てるわ」


 美麗な三日月の浮かぶ、蒼然とした夜空がマルクスの町を包み込んでいる。


 そんな城下町の中で王城へと赴く際、シナミアが僅かに激情を外に漏らしながらそう言った。

 彼女の言う通り、ミデルとシナミアの二人は有利な位置に立っていると言えるだろう。

 知っている情報や方針など、他プレイヤーより先を取っている。

 ……今の状況を、できる限り分かりやすく説明したい。

 

 このヒーロー・ゲームの世界でプレイヤーたちを動かしている要素は大きく四つある。


 姫様の象徴『炎』。

 炎の姫を捕えているボスの象徴『氷』。

 王城を破壊した怪物の象徴『水』。

 『妹姫』の象徴『電気』。


 これらの四つだ。

 この内、プレイヤーの攪乱に用いられた虚偽の象徴は二つ。

 『水』と『電気』だ。

 城の破壊と同時に大量の水が城下町に降り注いだ、と言う情報で、プレイヤーの皆は強敵が『水』であると誤解する。

 それに加えて『妹姫』が炎の姫を救済する力を持っていると言う情報も出回っている。

 彼女が第二城下塔に自らを隠蔽していると言う情報からも、塔を包囲していた『電気』の壁を見た者はそれが『妹姫』の能力であると直感する。


 故に、マルクス城下町だけにいればこう結論付ける筈だ。

 ――敵は『水』であり、それに勝るものは『電気』だ、と。


 しかし、決定的な情報を知っている者であれば、その結論が理に叶っていないと瞬時に察する。

 その決定的な情報とは、敵は『水』ではなく『氷』である、と言う情報だ。

 それを知っている者が導き出す結論はこうなる。


 ――敵は『氷』であり、それに勝るものは『炎』だ、と。


 前者は『電気』の入手を求め、後者は『炎』の入手を求める。

 事実、後者の結論が正当であることは、二クロ王子との談話や、水のロッドを持つ『妹姫』の存在などで確証されてある。


 『電気』に惑わされ『電気』を求める者は第二城下塔に赴き、中への進入を志すが、中には彼等の求める存在すらいない。

 しかし『電気』がフェイクであると悟った者は別の重要そうな場所――この場合、第二城下塔と対照的でもある第一城下塔に足を向けた。


 そして、正解は第一城下塔だった。


 他プレイヤーが撹乱されている間に、ミデル達は正解の場所に足を運ぶことができたのだ。

 それを可能にさせたのは、ミデルと本物の信頼を築いたばかりのシナミアが提案した策略である、『ゲームの題名を武器にしたい』と言う発想だ。


 『炎の姫』という題名を利用し、実際に姫様の居場所に赴くことによって新たな情報を入手することが目論見だった。

 事実、その思考はこれ以上なく的を射抜いていて――


 「……まったく、練習場で初めて会ったときも思ったけど、聡い女だ」


 「運がいいだけだわ。それと裏腹に、私があなたに抱いた痴愚という印象は外れていたわね。……あなたのお陰で、助かっているもの」


 「さて、冴えた奴が二人揃ってペアを組んだわけだ。勝つことなんて道理だったんじゃねぇのか?」


 「緊張感がないわね、あなた」


 「おお、なんか聞いたことあるな、それ」


 明らかにNPCの会話ではないため、周りにプレイヤーがいればこちらの正体もプレイヤーであることに気付かれ危うい事態になる。

 が、幸いなことに、周囲にはプレイヤーと思われる人影も、増してはNPCといった人々の活気も皆無だ。

 第二城下塔で勃発した騒動が及ぼした影響がここまで広がったのかは分からないが、閑散とした街並みは妙な感慨を与えてくれると言えよう。


 「でも、勝てる……のか」


 ふと我に返ったミデルは、今の良好な状況を俯瞰してそう呟いた。

 無論、勝ちたい気持ちは初めからあったが、本当にこんな好機に陥るとは本心では思っていなかったのかもしれない。

 HPも宿泊施設を出た時の『50』から一も落ちていない。

 シナミアもその筈であり、このままだと二人で――


 「……勝者は、一人だけ。二人で勝つことは、できない」


 そう言ったのはシナミアだった。

 ヒーロー・ゲームで勝者の座を勝ち取れる者は一人のみというルールは絶対だ。

 それを破ろうと試みて二人で同時に姫様の救済を成し遂げたケースも過去にはあったらしいが、最終的にはよりゲームの攻略に貢献できた方のプレイヤーが勝者と称えられた、とのことだ。


 勝てるなんてことを話していれば、いずれそのことが言及されるのは順当である。


 「もし本当に、二人の眼前に勝利が訪れることになれば、その時は俺がシナミアにヒーローの座を譲るさ」


 「え? ……なんでそんなあっさりと、話し合いもせずに」


 「正直ヒーローになるのは憧れていたことだけど、仲間を裏切って奪い取ったヒーローの座なんて無価値だろ。他人を助けてあげた方が、よっぽどヒーローらしいと思うな」


 「……それでもし、ミデルが審査員に無能と批判されたら一生後悔するんじゃない? 私も、毎日晴れやかな気持ちではいられなくなると思うわ」


 「俺が軽蔑されれば気にしないで忘れろ、と言ってもいいけど、多分勝利を勝ち取れる場所まで辿り着けたぐらいなら無能と評されることはねぇだろ」


 「……そう、かもしれないね」


 それからしばらくの間、気まずくもない沈黙が二人の間に落ちた。

 気まずくないのは、話しすぎると目立つかもしれない、という意識があるからかもしれない。

 が、何かを黙考するように地面に目線を落としながら歩いていたシナミアが、躊躇いを窺わせながら口を再び開いた。


 「あなたは、私を裏切ろうとは思わないの?」


 「え」


 突然な言葉に打たれるミデルは間抜けな声を漏らす。


 シナミアが『何故裏切らないの?』と言わなかったところから、ミデルを訝しんだ故の尋ねではない、感情的な、純粋な疑問であることが垣間見える。

 が、ミデルはそれに気付かずに、


 「今更何を言い出すんだか――いや、そうだな。俺が最後の最後で悪人に豹変する可能性は否められないか」


 「いえ、ミデルを疑っているわけではないわ。でも、少し不思議に思っただけよ。あなたの純粋で、少し無鉄砲でもある善心がね」


 「不思議、か。まぁ、善人であると証明できる方法があればいいんだけどな」


 「証明なんて必要ないわ。言ったでしょ? 信じるって」


 「まぁ、そうだな。信じてくれるなら助かる」


 ミデルはシナミアとの信頼を疑っていない。

 少なくとも彼女の言動からして、怪訝している雰囲気は窺えない。

 今までこのヒーロー・ゲームで彼女と共戦してきたのはハッキリ言って楽しいとも感じられるし、最後まで勝ちに行けたらいいと思う。

 だから、もし二人の前に勝利の切り札が現れたら、ミデルは勝利の座をシナミアに譲ると、そう心に決めている。


 それから王城へ赴く途中で、久しぶりにリストマップを確認することにした。


 残り時間:14時間42分。

 プレイヤーの現在人数:9人。

 ライフの平均値:1.2。


 遂にプレイヤーが元いた人数の半分を下回ったようだ。

 ここまで生き残れているだけ、平均よりは優れていると言えるかもしれない。

 無能と評される可能性はほぼなくなったと、信じたい。


 「――門衛が二人、か」


 遠目に、王城を囲む壁に挟まれた鉄製の正門があり、その正門の両脇には門衛と思われる騎士姿のNPCらしき人影が二人佇んでいる。

 彼らはこちらの存在には気づいていない。

 白い石の壁は、昇って越えられそうにはないため、中に入るならあの門を突破するしかない。


 とは言え、城に辿り着いたけば偶然にも正面に位置するところにいたのか。

 運がいいのか悪いのか、できれば容易い方法で中に入りたかったがこれでは別の手段を選んでいる暇はない。


 「右と左で別れて、近くの建物の裏から回って死角を狙おう。シナミアは弓だから遠距離からでも行けるよな?」


 「ええ、容易い要件よ。私は右の門衛を狙うから、ミデルは左ね」


 「了解」


 門衛を突破する戦略を簡潔に練り、二人は一時的に左右へと別離した。

 長い間ではないが、シナミアと別れるとほんのちょっとだけ心配になる。

 杞憂と思うが、これは判断を誤った可能性への恐怖だろうか。


 ともあれ、戦略通りにミデルは建物の裏を通じて門衛の一人の死角を確保し、遠目に姿を見せたシナミアと合図を交わすと攻撃を試みる。

 三歩ほど近付き、直後に『炎剣』を投擲して騎士の頭蓋へと炎の刃を命中させる。

 声も上げずに絶息した騎士NPCに近寄れば、シナミアの仕留めた騎士も首と胸に二つの黒矢を刺突させて倒れ伏す姿があった。


 「ナイスだ!」


 「やっぱり、いつも連携が合う嬉しいわね」


 「残りの矢の数は大丈夫なのか? 新しく入手したところは見てないけど」


 「あと五本ほど、もうすぐ底をつくかもしれないわ。でも、こうやって再利用できるから便利なものね」


 言いながら、シナミアは殺めた門衛に刺突した矢を、血の曲線を描きながら引き抜いた。


 「にしても、城の門衛がまだいたとは不思議なことね。他プレイヤーが中に入ろうとして、既に殺められていた方が腑に落ちるのに」


 「さぁな。数分前まではこの辺りにも町の民が行き交っていたと思うと、無駄な騒ぎで注目を集めたくなかったかもしれない」


 「ほんとに。先程から、誰もいないわよね」


 第二城下塔に外との防音効果といった機能がない限りは、民の騒ぎがあれば王子と話しているときに聞きつけていた筈だ。


 「ま、城内にプレイヤーがいないと決めつけるのも浅慮だろうな。別の所から城に入れる可能性もあるし。――ともあれ、この正門だな。こいつらに身に鍵とかついていないか?」


 眼前に閉ざされた城の鉄製の門が立ちはだかる。

 手で押してみるも、施錠されているようで開いてくれない。

 今暗殺した二人の内のどちらかが門の鍵を持っているとも思われたが、彼らの身に着けている者を探ってもそれらしきものは見つからない。


 「ここで時間は食えねぇな。仕方ない、ぶっ壊すか」


 そう言ってミデルは先程仕舞ったばかりの『炎剣』を再び取り出し、シナミアに離れろと指示すると門の施錠された部分に剣を打ち叩いた。

 いつも、『炎剣』から迸る炎は一撃目が最も甚だしい。

 甲高い音が響き渡る。

 周囲の注目を集めかねないため、できる限り早く済ませなければならない。


 「――うっっしゃ!」


 六、七回目ほどで、門の中心部分が音を立てて破壊されると、反動でゆっくりと門が開かれる。


 「これでやっと、城に進入できるな」


 「急ぎましょう」


 二人して門を潜れば、城の前にある広大な庭園の中を歩くことになる。

 鮮やかで優美な庭園――だった筈のそれは、遥か上空から落下してきたものだあろうか、城の破損物と思われる盤石などが散在してあり、美しかった庭の花々がそれらに潰されてしまっている。

 更には豪雨の後のように湿潤している。

 厄災後の凄惨な有様だ。


 「破壊された城の中、か。冒険心が疼くぜ」


 正面、高らかにそびえ立つ美しき王城を仰ぎながら、ミデルはそう呟いた。

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