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ヒーロー・ゲーム ~姫様を救う試験~  作者: {出見塩}
第一章 炎の姫
19/25

1:18 『隠された真相』

 ――第一城下塔の中は、木材の香りがした。

 円形状の、然程広くない空間には部屋もなく、上へと続く螺旋階段と簡素な棚が数か所に見受けられる程度だ。

 一つの棚の上には大量に積み上げられた果物が見受けられる。


 「すまないね、椅子もないんだ。そこの床に座ってくれ」


 背後の扉を閉めた王子は、そう言って二人にその場に座ることを進めてきた。

 素直に木材の床に胡坐をかき、王子様も二人の前に座る形をとる。


 「僕の名前は二クロ、この城下町の王子様さ。まず最初に言っておくけど、その剣は、炎の姫――ル二が落としたものではないね」


 「え?」


 「……それなら、何故私たちをこの中に入れたんですか?」


 仰天するミデルを他所に、シナミアがそう問うた。


 「姫様の救済に協力できると言ったでしょ? それを本気と判断したからだよ。それに、人の気配もなくなっていたからね」


 「この剣は偽物だったのか……俺らを本気だって認めてくれたのは有難いことだけどさ、一つ質問させてもらっていいか? 何でこんなところに潜伏してるんだ? 『妹姫』も第二城下塔に潜在しているらしいけど、どうやってこのような状態になったんだ?」


 ミデルの質問に、二クロと名乗った王子は少し黙考した後、


 「……君たちになら大丈夫だろうね。――出ておいで、ルノ」


 後ろを振り向いて誰かを呼ぶような王子の口振りに、二人は何のことかと戸惑う。

 すると数秒経った後に、塔の後ろの方にあった影から姿を現す人物がいた。

 水色の髪を伸ばした、背丈の低い幼い少女だ。

 下を向いて陰鬱な空気を醸し出している彼女の両手には、髪の色と同じ水色の珠玉を嵌めた杖――ロッドと言えうる魔法道具のようなものを持っていた。


 「こちらへ」


 二クロ王子が少女に向かってそう言うと、少女は緩慢な足取りで王子の傍らまで歩み寄って地べたに座り込んだ。


 「――君たちの言う『妹姫』は、彼女のことだよ」


 「え?」


 またも仰天の声が漏れてしまった。

 まったく、この塔の中には新しい情報が詰め込まれすぎている。


 「で、でも、『妹姫』は第二城下塔にいるとのことでは?」


 「まあ、最初はそうだったね。でも、地下水路を辿ってここまで来ることができたんだ。城から逃れる際には離れ離れになってしまったけど、無事に合流できたから安心したものだよ」


 町中に報道されてある、『妹姫』が第二城下塔にいると言う情報が虚偽であるとなると、他のプレイヤー達はありもしない『偽りの鍵』に今も惑わされ続けていると言うことになる。


 「第一城下塔と、第二城下塔が地下水路で繋がっていると言うことですか?」


 「そうだね」


 シナミアの確認に、二クロ王子が頷いて肯定する。

 その会話を耳にしていたミデルは、シナミアと離別していた際に遭遇した、破壊された人孔のことを想起していた。

 あの人孔も恐らく、二クロ王子の言う地下水路と繋がっている可能性が高い。

 そこまで考えて、これ以上考察しても不毛に終わると判断して眼前の談話に意識を戻すことにした。


 「第二城下塔は電気の壁に覆われて入れなくなっているけど、それも『妹姫』――ルノだったか。ルノの仕業じゃなかったのか?」


 「生憎と、そのことに関しては僕もよく分からないよ。ただ、ルノに電気の力が扱えないのは事実だね。この子の特性は『水』なんだ」


 「そうか……」


 彼女の持つ水色の魔法杖からしても、『水』と言われれば腑に落ちる。


 「で、察するに、外に出たくないのは、民に姿を見られたくないからなのか?」


 「そうだね」


 「――私からも一つ質問させてください。世間では『妹姫』であるルノ様が、炎の姫を救済できる力を保持していると言われていますが、それでも外に出ないのですか? 民の皆は、あなた方二人の姿を求めていると思います」


 シナミアは『妹姫』の力についての虚偽は充分に認知しているが、あえて真相が分かっていない風に尋ねることで、王子から何かを暴き出そうとしているのかもしれない。

 故に、返って来る返答に、推測だったものを確信につなげることができる。


 「……ルノに、そんな力はないよ」


 「――――」


 二クロ王子の傍らに座っていた『妹姫』が、悔恨を抱くように俯いて悲しげな雰囲気を纏う。


 「彼女の力は『水』。でも、民はそれを知らないから、彼女がそのような考えの対象になることは仕方ないかもしれない。内面を民から隠蔽していたこちら側にも難があるかもしれないけど、今それを説こうとしても後の祭りだろうね」


 「民の前に姿を見せて、怠慢な現状を糾弾されるのが嫌なのか?」


 「僕個人なら、それでも構わないけどね。臆病心で心の弱いこの子に、皆が殺到して追及くれば彼女は耐えられないよ。僕だけここを離れて、ルノを一人にするのも心配で仕方がない」


 炎の姫を救いたいのに、外に出ては『妹姫』をも置き去りにしてしまうことになる、と言うことか。

 このゲームを作ったものは、うまく設定を練ったものだな。


 「……でも、ル二を……君たちの場合は炎の姫と言うと分かるかな? 彼女を救うことを諦めたわけじゃない。民が少しだけ落ち着いたところで、夜中にルノと共にここを出ようかなとも思ってたけど、丁度君たちが来てくれたわけだね」


 「……長話が過ぎたようだな」


 「そうだね、本題に入ろう。――君たちは力になれると約束していたけど、力になりうる情報はあるのかい?」


 「ああ。まず最初に――炎の姫を攫った敵は巨大な『氷』の蛇であることが発覚した。俺らは実際に姫様が囚われている現場を目にしたわけだが、姫様は蛇の氷でカチコチに氷結されてた」


 「……氷の蛇……か」


 「それで、俺たちが出した結論がある。――姫様を救う力は、姫様自身にあると」


 「……難しいことを言うね。でも、そうだね、僕も同じようなことを考えていたけど、君達の言葉で確信に繋がったよ」


 「同じようなことを考えた?」


 「うん。三日前、城が壊された日の話になるけど、僕とルニには丁度、王城ののメインホールにいたんだ。彼女の誕生日が近かったから、それの予行練習をしていたところだね」


 今更だが、炎の姫にも名前はあったのか。


 「……それで唐突に、城全体が揺れるような地鳴りが起きて、混迷しているときにルニが『炎のロッド』を振り上げたんだ」


 「――炎のロッド⁉」


 聞き逃してはならないキーワード然とした言葉に思わず聞き返す。


 「うん。彼女の愛用する武器だよ。と言っても、彼女が武器として使った記憶は、三日前のその時以外に思い出せないけどね」


 眼前にいる小柄の『妹姫』が持っている水色の杖も、『水のロッド』と称呼されるのだろう。

 姉は『炎』で、妹は『水』と言う、対照的な能力を持っていると言うことか。


 「それで、ルニの行動が理解できずにいると、直後に僕を吹き飛ばす爆砕が起きると同時に、辺りに炎が迸って視界が真っ赤に染まったんだ」


 話を続ける二クロ王子の面貌に、苦渋が少しずつ浮かび上がるのが分かった。


 「視界が開けた時には、城を壊した未確認の怪物とルニの姿はもう消えていて、空が見上げられるほどの大穴しか残っていなかった。……炎のロッドは地面に落ちたままだったけど、近くにいた騎士たちに危ないと言われて連れ去られたから、炎のロッドを持ち帰ることはできなかった」


 「大量の水が湧いたのも、その時なのですか?」


 「そうだね、晴天の空から唐突な豪雨が降り注いだのも記憶に深く残っているよ」


 「水、か。その、王城を破壊した未確認の怪物の惨害を最小限に留めたのが、炎の姫が振った炎のロッドであると考えていいんだな?」


 「敵の正体が『氷』と言うなら、水が降り注いだのも腑に落ちるね。それで間違いないと思うよ」


 その言葉が、『ゲーム攻略の鍵』を決定づけるものだった。


 「――俺たちが、炎のロッドを取り返す」


 王子も『妹姫』も、勇者の宣言を耳にしたかのように瞠目した。


 「取り返して、氷の蛇に立ち向かって見せるさ」


 「……いいのかい? 今の城の中は危険だよ? それに、炎のロッドが今も見える位置にあるかも分からないし」


 「大丈夫だ。俺たちなら動けるし、武器もあるから心配はいらない」


 「そんな使命感に駆られなくても大丈夫なのに……ありがとう」


 「ロッドが落ちていたのはメインホールって認識で間違いないんだな? メインホールの場所について教えてくれないか」


 「うぅん……城内の通路も蹂躙されていると思うから、大体の場所しか教えられないけど、メインホールは三次元的に王城の中心あたりに位置されてあるよ」


 「――ありがとう。いろいろ教えてくれて、助かったぜ」


 「ぁ」


 そう言って前触れなくその場に立ち上がるミデルに、二クロ王子が一瞬戸惑う。

 ミデルより一歩遅れて、シナミアも立ち上がる。


 「それじゃぁ、俺らは早速行くとするさ」


 王子と、一度も口を開かなかった『妹姫』から踵を返したミデルとシナミアに、二クロ王子は立ち上がってすぐそこにある塔の出口まで同行してくれる。

 見送りがしたいみたいだ。


 「……こちらこそ、協力してくれて感謝するよ。でも、僕が返してあげられる報酬は何も残されていないよ?」


 「構わんな。ただ、一つだけ言わせてもらおうか」


 扉の眼前まで辿り着き、最後の言葉を残す。


 「――AI、良くできてるぞ」


 「……えっと……」


 「またな、二人とも」


 「貴重な情報をありがとうございました」


 それ以上は何も言葉を交わすことなく、ミデルとシナミアは植物の施錠が解除された扉を開けて外へ出たのだった。


     ◇   ◇   ◇


 普段であれば、ヒーロー・ゲーム内のNPCは周りにプレイヤーがいなくなると途端に人間らしさを喪失し、無機質なロボットのように定位置について動かなくなることが大半を占める。

 しかし――、


 「黒髪の少年が最後に言い残した言葉は少し不気味だったが、これで、希望が見えたかもしれないね」


 閉められた扉を向いたまま、二クロ王子は感情の籠った声音で、背中越しにいる『妹姫』へそう言った。


 「ルニが、助かるかもしれない……ルノも、少しは元気を出した方がいいんじゃない? ……ルノ?」


 瞑目して扉に向かってそう呟き続けていた二クロ王子が、背後から少女の声が聞こえてこない異変に気付いてやっと振り向く。

 そして、絶句する。


 ――そこに、顔から赤色に染まった刃を生やしたルノがいたからだ。


 「――ル、ノ……?」


 掠れた声で言っている間に、ルノの顔から刃は引き抜かれ、残るのは奥が見える赤色の穴を開いた幼い少女の面貌。

 驚きと悲しみを窺わせる、死した家族の顔だった。


 「――話、全部聞かせてもらったぞ」


 「ルノ……ルノ……ルノォ……!」


 「感情もない癖に喚くなよ」


 冷酷な声音で言葉を紡ぐのは――緑髪をした細目の少年。


 「必要性を無くしたお前らは所末する。別のプレイヤーにお前の知識を吹聴されてもらっては困るからな」


 「――ぐっ」


 高速で眼前まで迫ってくるもう一つの剣は、そのまま無慈悲に二クロ王子の美貌を肉の抉れる音を立てて穿った。


 ――第一城下塔に潜伏していた王子と『妹姫』は、ここでイノチを失った。

 そして、それを犯した犯人は、


 「黒髪少年と青髪少女を追跡する策略は見事に的を射ることができたんだ~。流石だな~カリィナ」


 「ここまでうまくいくとはな。正直、運も味方をしてくれたと思う。それにタレムーの方こそ、僕とツラネが水上村に行っている間に城下町の地下水路を発見してくれたんだ。君の方こそ流石だよ」


 「ありがとう~」


 この場にいるのは三人の緑髪をした少年たち。

 一人は、細い目をしている。

 一人は、釣り目をしている。

 一人は、たれ目をしている。


 少年と少女を追えば『ゲームの鍵』に辿り着くことができるだろうと判断した挙句、マルクス城下町の地下水路システムを発見したたれ目の少年と合流し、三人揃ってここにいる。

 ミデルと王子が談話している間、ずっと陰で息を殺して話を盗聴していたのだ。


 「氷の蛇、それに炎のロッドか。面白い」


 結果として重要な情報を入手することができ、戦略は大成功を収めた。


 「――王城に向かおう」


 ――未だに緑髪の三人に追われていることを、ミデルたちは知らない。

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