1:16 『電気と水』
残り時間:17時間38分。
プレイヤーの現在人数:11。
ライフの平均値:1.4。
第二城下塔を目掛けて歩きながら、リストマップを確認すればそう記されていた。
特に変わった様子はないため、言及することはしない。
代わりに口を開いたのは、傍らに歩くシナミアだった。
「水溜まりがすごいわね」
「ああ。数時間前にも見たけど、量もあまり変わっていないな。蒸発しないのか?」
「そんな性質を持っているのなら面白いわね。ただ、おじさんの話では、この水は城が破壊された直後に町中に降り注いだもの、だったわよね」
「そうだ。城を破壊した強敵が『水』と関与する可能性が高い」
「この世界で一番大きな町の城を破壊するだけの力を有する強敵。それって、ラスボスなのかしらね」
「まぁ、ラスボス以外にいるとは考えにくいな」
「――だったら、おかしいわね」
「ああ、おかしい。ラスボスは、明らかに『氷』の力を持っていたからな」
ラスボスがあの巨大な氷の蛇ではないとは到底言いにくい。
姫様が鎮座する大洞窟にいたのは、あの蛇だけだったからな。
「氷が解けて水になった、とも見れるが……」
「声を抑えて頂戴。どこから聞き耳が立っているか分からないわ」
「すまねぇ……静かにするか」
おじさんに教われた第二城下塔の場所に赴く間、道を歩く城下町の住民たち徐々に密度を増しているように感じられた。
肩が幾度もぶつかるほど、とまではいかないが、自分たちがNPCたちの群れに紛れて身を隠蔽できるほどの密度にはなっている。
そして同時に、周りにプレイヤーがいても気付きにくいことにもなる。
この話を誰かに聞かれ、貴重な情報を漏洩してしまっては最悪の失態だ。
実際、プレイヤーと思われる怪しい人影も二人か三人とすれ違っている。
ここからは極力口を噤むようにしよう。
……ただ、後ろから目線を感じるような。
第六感に背中をくすぐられ、背後を振り向くも怪しい人影は見受けられない。
NPCが錯綜する道だから、見つかりにくいのもあるだろう。
しかし、先程から妙な視線を感じる。
尾行され、監視されているような……。
「今は、気にするべきではないか」
「何?」
「いや、なんでもねぇ。気にするな」
不明瞭な敵につま先を向けるのは危険な気がしたので、今は頭の片隅に置いておくことにした。
そして、沈黙を貫きながら歩むこと約20分。
おじさんが言っていた通りの場所に、第二城下塔はあった。
あった、が――、
「――なるほど。これは妙だ」
こここそ、肩がぶつかり合う程に町の民が密集している。
奥では、そんな住民たちを『危険』から遠ざけようとする、騎士のユニフォームを着た警備員と思われる者達が数名立っていた。
両手を広げて壁を作り、皆を落ち着かせようとしているようにも見える。
場は騒然としており、皆の向ける視線の先は一つ。
――電気の壁で包囲された、高さ15m程の石造の塔。
「謎の力で作られた外壁で、中に入れないのか」
謎の力――と言っても、黄色く燐光し、パチパチと音を鳴らしながら鋭い蠢きを繰り返す薄い壁は、電気でできた隔たりであると窺える。
「『妹姫』を出せ‼」
「『妹姫』を説得するべきだ‼」
周りにいたNPCから、そんな声が上がる。
それに対し警備員は「我らには何もできない!」と、困った顔だ。
「説得? 『妹姫』って、自分で自分を閉じ込めているのか?」
「そうなのかもしれないわね。城が壊れれば居場所は無くなり、騒動を来す町の中で皆から殺到されるのを避けたかったとなると理に叶う」
「なら、『妹姫』が秘める力は、『電気』?」
『妹姫』も炎の力を保持している可能性も思案していたが、そうでもないかもしれない。
電気を操る……。なるほど。
――姫様を攫った強敵が『水』であると周知すれば、それに対抗できる力が『電気』であると考えることは順当だ。
「確かに、雷属性は水属性に強いイメージもあるからな」
「ええ。ラスボスが『水』であれば、ね」
そのシナミアの言葉で、内に秘める情報を口にしないようにしているのが窺える。
『ラスボスは『氷』だ』と言うのを、言外に、ミデルだけに再確認をとっているように見えた。
ミデルは彼女に頷き返し、頃合いだと見てこの場から踵を返すよう視線で伝える。
丁度、その時。
「――どけえ‼」
「ぁ」
怒声を轟かせ、黒色の外套を翻しながら警備員の壁を突破する者が現れた。
間違いなく、プレイヤーだ。
「何をしている! その塔に近づくな! 危ないぞ!」
「うっせぇ!」
「ぐはっ⁉」
突然現れた埒外な人物を取り押さえようと近づく警備員の一人が、プレイヤーの薙ぎ払った剣の一閃で腹部に重傷を負う。
途端に、「きゃああああああ‼」と悲鳴を上げながら、密集していたNPC達が慌ててその場から離れようと、解散する。
ミデルとシナミアもここに残れば目立ってしまうため、早めの内にここを去るべきだが、少しの間立ち止まって黒外套のプレイヤーの様子を見ることにした。
と――そこに、身を表に呈したプレイヤーに襲い掛かる、もう一人のプレイヤーも現れた。
二人の交戦が勃発する。
「退散だ! 退散しろ‼」
収拾のつかなくなった混沌状態に、警備員の者達はもはや事態に介入することは避けるべきだと判断し、その場から踵を返して走り出していった。
ミデルとシナミアは自分たちの存在が気付かれないよう、少し離れたところで様子を窺っている。
「やはり、情報は皆の下に届いているのでしょう」
「そうだな。明らかに、塔を狙っている」
第二城下塔の前で戦う二人を眺めながら、そんなことを口にする。
皆、炎の姫を救済する力は『妹姫』が保持していると認識しているのだろう。
出なければ、二人も、否、――四人も第二城下塔の前に集まることにはならない。
「先に塔に入られることを恐れているのか……四人も、あそこで交戦することになるとはな」
先程の二人から更に二人加わって、ゲーム攻略の鍵となりうるモノを中にしまった塔の前で熾烈な戦いを繰り広げている。
「ここに長居すると危険だわ。早く移動しましょう」
「ああ、行こう」
ミデル達がその戦いに加わることはしない。
それは、あの四人のプレイヤーと、塔に対する価値観が異なるからだ。
あの四人は、『氷』を知らない。
ラスボスが『水』であると推理しているから、『電気』の力を保有するであろう存在に向かって奔走しているのだ。
「ここなら、他人に声が届くことはなさそうね」
「一度、考察を整理しようか」
二人が走って移動したのは、静かな路地裏。
これから二人で話を交し、作戦を練るのに最適な場所と言える。
「端的に言うわ――『妹姫』は、炎の姫を救済する力を秘めていない」
「……何故そう言い切れるのか、根拠を聞いていいか?」
ミデルも薄々感付いていたことだが、念のためにそう尋ね返すことにした。
「私達は視認したわよね、氷結された姫様を」
「……氷結された、姫様」
「氷に勝つのは何だと思う? 水? それとも電気?」
わざと誰にでも分かるような回答を避け、ミデルの発言を催促しているように思えた。
「――炎だ。氷に強いのは、炎だろ」
「そう、炎なの。炎以外には何もない」
「……解った。お前の言いたいことは――あの青い氷を溶解できる力は、炎の姫自身が持っている。そう言いたいんだな?」
「ええ。そんなものに近いわ」
「でも、自分で自分を救わせるのは無理な話。つまり、炎の姫の力が宿った『何か』が、ゲーム攻略の本当の鍵。そう思っているんだな?」
「ええ。その通りよ」
「なら、この背中に携えてある『炎剣』はどうだ。おじさんは、姫様の持っていた伝説の剣に似ているとかなんとかって言ってたよな。でも、これを氷に振った時は何も効果がなかった」
「実際に姫様の物であるかも定かではないでしょ? おじさんですら、本物であるとは到底思えないと、そう言っていたわよ。それに、もし元々は姫様の所有物だったとしても、力が抜けている、力が宿っていないなどの設定も考えられるわ」
「まぁ、確かにな」
思い返してみれば、この剣をはじめに見つけたのはランダムで小さな洞窟の中だった。
そんな粗末な場所に置かれるものが、ゲーム攻略の鍵であるとも考えにくい。
「腑に落ちるさ。俺も、おじさんの言っていた『噂』には疑問を抱いていたからな。賛成する。ただ、確認のためにも最後にもう一つだけ聞く。『妹姫』に炎の力がない確証はまだないんじゃないのか? 第二城下塔を包囲する電気の壁も、『妹姫』の仕業ではない可能性もある」
「後者の可能性があることは認めるわ。でも、『妹姫』が青い氷を溶解できる力を秘めている可能性はないと思う」
「何故」
「この試験、この世界を構築する側になって考えてみただけよ。この仕組みを作り上げた者は、明らかにプレイヤーの方針をずらすような『罠』を作り出そうとしているの。それは、『氷』である筈のラスボスを『水』として呈していることや、その『水』に強そうな『電気』を、『妹姫』の力であると見せびらかしていることからも読み取れるわ」
「わざわざ『妹姫』という存在を、プレイヤー達を惑わす『偽りの鍵』として仕立てたのに、それが本当のゲーム攻略の鍵である筈がない、と言うことか」
「へぇ……理解が速いわね。今の拙い説明を理解できるとは思わなかったわ」
「いやいや。まぁ、実際にこんな状況下にいるから理解しやすいってこともあるんじゃないか?」
「何が言いたいの?」
「いや、気にするな」
ミデルの言いたいことは『この物語を読む者』になら、分かるかもしれない……かな。
「それで、今後の方針は『妹姫』からは離れることになるんだな?」
「ええ。できれば炎の姫についての情報が欲しいわ。彼女の過去や、城に残した所有物もあるかもしれない。彼女と近い関係性を持っていそうな存在……『妹姫』とは会えないから、王子様とかを探し出したいわね。王子様なんてNPCがいればの話だけれど」
「そうだな。電気の壁が破れたとも思えないしな……とりあえず、城に行ってみるのもありかもしれ――っ」
「……ミデル?」
様子が変わったミデルに声を掛けるシナミア。
ミデルは、怪訝そうな目で左――路地裏の奥の方を見つめていた。
「見られている」
「え」
ミデルは、大通りからこちらを窺う存在を確かに視認した。
遠く、深々と被っていたコートで相貌は見えなかったが、こちらに存在が気付かれたと悟った途端にその姿を影に消していた。
「大丈夫だ。俺らの話が聞こえた筈がない」
「それなら良かったわ」
「ここはとりあえず……反対側に向かってアイツから離れるとしよう」
そう言って、二人が第二城下塔から離れる方向に路地裏を走っていると――、
「……何か聴こえない?」
「……何がだ?」
「甲高い、子度っぽい声……」
ミデルも走りながら耳を澄ましてみる。
微かに鼓膜に届く声は、確かにあった。
「――新聞紙はいかがですかー! 最新の報道が記されてありますよー!」
大通りの方から、確かに、言っている内容とは似つかわしくない子供っぽい声が耳朶を撫でてきた。




