1:15 『切れ味の磨かれた情報』
木造独特の軋む音を鳴らす階段を下りて、宿泊施設の一階――帳場までやってきた。
幅広い空間には数少なく卓や椅子が備えられてあるが、人は誰もおらず閑散としている。
いるのは、カウンターの向こうで佇むおじさんのたった一人。
「また会ったな、坊や」
こちらに気付くと、軽く声を掛けられた。
宿泊を離れる際にはカウンターに赴く必要はないが、ミデルは見覚えのあるおじさんと視線を交錯させると、彼の方へと足を運んだ。
彼と話がしたい。
理由はただそれだけだ。
この施設を幾度か出入りすることがあったため、彼とは既に二度ほど会っているが、その時に談話を避けたのは、単純にシナミアと共に話を聞こうと思ったからだ。
ミデルの思惑道りに事が進めば、話の内容は利き捨てならないものがほとんどとなるだろう。
聞く耳は一つで足りても、考える頭は一つより二つの方が良いと判断した。
「暇だろ、話がしたい」
「いいさ、何でも来い」
近くにあった椅子をカウンターの前まで持ってきて、腰を下ろす。
シナミアもミデルに倣い、二人でおじさんと向き合う形をとる。
腰を下ろす程の話をしてくるのか、と、おじさんは怪訝そうな顔をしていた。
「――炎の姫について、知っていることはないか?」
開口一番、単刀直入に本題へ入る。
「おお、いきなり大胆な質問をぶつけてくるもんだな。生憎と、俺は炎の姫については疎い。王族は内面を晒さない傾向にあるからな。姫様に疎いのは、この地に住むほとんどの人々がそうであろうよ」
「でも、ここに住んでいるだけでも耳に入ることはあるんじゃないのか? 城が破壊された原因とか、姫様がいなくなった理由とか」
「ここに来て、姫の行方に言及するとはな。勇ましい。今、この地ではそれは禁忌の話題とされている筈なのだが。まぁいい、俺は気にしない人物だからな。それで、白の破壊と姫の行方不明について知りたいんだ? 先に言っておくが、期待通りの知識が貰えるとは思わない方がいい」
「ああ、大丈夫だ。最低限知っていることを教えてくれば嬉しい」
「そうだな、つい三日前の出来事だったかな。城に関しては……唐突な地震と爆音が鳴り響いて、気付いたら城の上部が破壊されていた、って感じだな。それと同時に城から大量の水が雨のように城下町に降り注いだんだ」
「水、か」
外にいた時に見られた大量の水溜まりが説明される。
「ああ。誰が、ナニがしたのかは分からない。姫が姿を消したのも同じ日で、町中は大騒ぎになったものだ」
「姫様が死んだって可能性はないのか?」
無論、ゲーム視点からそれは有り得ないことだが、何となく尋ねてみた。
「あるにはあるだろうよ。ただ、北西の方――『蠢く薄茶の塔』内で異変が起きているとの情報も出回っている。姫を捕えた何者かがそこにいるかもしれない、と言うことだ。だから、姫が死んだ可能性はあっても、皆はそれを認めずに希望を捨てないでいるのだろう」
「そうか」
「それで、君は姫がいなくなった理由っていうのが知りたかったんだな? 周りの騒ぎから聞き付けた知識なら少しはあるぞ。……この地の伝説についての話になるが、『悪魔は三つの力を欲している』と言う、昔からの言い伝えがある。あの絵がそれを描いたものだ」
ミデルの斜め後ろを指差すおじさん。
見れば、壁に掛けられた飾り絵が目に入る。
上階の部屋でも見た、あの飾り絵だ。
「民の皆は、遂に悪魔が来たんだと言って騒ぎまくってる。本当かどうかは分からないがな」
案の定、ミデルの気にしていた飾り絵はゲームの攻略と深い結びつきがあったようだ。
が、今は深く考察しても何も出てきそうにないため、頭の隅っこに置いておくことにした。
「姫様は、救えると思うか?」
このNPCから出来る限りの情報を絞り出そうと、そう追及する。
「まったく、いろいろと姫さんに見惚れてんだな。質問の絶えない坊やだぜ」
「救うことができるかどうか、何となくな推測でも構わん」
「さぁな……姫との双子である『妹姫』が動かなければ、無理な話かもしれんな」
「妹姫?」
「妹姫も知らんのか……。炎の姫の双子であり妹である人物だ。それで、世間では彼女が、双子である炎の姫を救済する力を秘めていると噂されている」
「詳細を教えてくれ」
傍らに座るシナミアからも、ピリピリした集中力が感じられる。
「詳細? う~ん。先ほども言ったが、王族は内面を晒さない傾向にあって、『妹姫』に関しては特にそうだ。存在だけ知れ渡っていて、姿を見たこともない人がほとんどだろう」
「……」
「だが、居場所なら喧伝されてある。ここからもさほど遠くない、第二城下塔に身を潜めているとのことだ。何らかの理由で、出入りができないようになっているらしい」
――第二城下塔?
「そこは、どこにあるんだ。行き方を教えてくれ」
「お前、行く気なのか? 状況的に少し危ういと思うぞ」
「大丈夫だ。安易に近づくことはしない。ただ場所を知りたいだけだ」
「そうか? ま、俺にとっては関係のないことか。教えてやるよ」
それから、『第二城下塔』と呼ばれる場所への行き方を教わった。
漠然とした方角とか、周りにどんな建物があるのかとか、ここよりは王城に近いだとか。
これだけ知れば、頑張れば辿り着けそうだ。
横で静聴しているシナミアも理解の眼差しを向けているように見えた。
「ありがとう。いろいろと、世話になってくれたな」
「ういうい。こっちも暇だからよ、誰かと話の一つや二つしたかったところだぜ」
このCPUとの談話で、想像以上に豊穣した。
最悪、情報の一つも聞き出せない場合も想定していたが、運が良い。
シナミアとも打ち合わせをするつもりだが、これからの方針も自分の中では定まった。
椅子を直し、踵を返して外へ繋がる扉へ歩み出した――その時。
「……坊や」
「?」
あれだけ話したが、まだ言いたいことがあるのか。
何かと後ろを振り向く。
「前に会った時も気になっていたが、念のために伝えておこう。その背中に掛けてある剣、人目にかからないように外套で隠しておけ」
「……それは、どういう意味でだ?」
「姫様が落としたと謂われているホットブレイドについては俺も知っている。その剣も、本の挿絵で見かけるものに似てるんだ。本物であるとは到底思えんが、他の人が見れば騒ぎごとになりかねないぞ」
俺は世間に疎い、なんて言っていたが、今になってはそんな筈ねぇだろと突っ込みたい。
「そうか……ありがとう、隠しておくことにする」
そう言って、薄茶色の外套でしっかりと見えないようにしておく。
剣の形は浮き出るが、外見が見えなければ大丈夫だ。
にしても、姫様が落としたホットブレイド、か。
彼は本物とは思えない、と言うが、これはゲーム、彼はCPU。
『本物』である確率が高いだろう。
まったく、偶然にもゲームの鍵たるものを手にしてしまっていたのかもしれない。
「じゃぁな」
「まいど~」
手を振り、今度こそ両開きの扉を押し開けて外へと出る。
時刻は真昼、空は麗らかな晴天。
薄暗い部屋に慣れていた眼が太陽の眩い光に焼かれる。
いや、実際は痛くはないが、現実からくる条件反射ってやつだろうか、無意識に目を細めてしまった。
目を開けば、眼前に広がっていたのは見上げる程に高い建物の数々。
規則正しく窮屈に並んでおり、石造のそれらは如何にも城下町という言葉が当てはまっていた。
地面に広がる大量の水溜まりは未だにある。
そんな幅広い道を歩む民もちらほら見受けられる。
初めてマルクス城下町の街並みをお目にかかるシナミアも、少しだけ周りの風景に見惚れている様子が窺われた。
「……豊穣だったわね」
「いやぁ、マジで。あれほど喋るとは思わなかったぜ」
外へ出て、シナミアが始めに口にした言葉がそれだった。
あの一人のNPCから採取できた情報の量は少なくないし、ミデルも共感する。
「一度だけ、頭の中を整理してみるか」
そう言って、先程交わしたおじさんとの会話を想起しながら、彼から得られた主な情報をシナミアと言葉で共有する。
――城の唐突な破壊と共に雨が城下町に降り注いだが、破壊したモノの正体は誰も知らないこと。
――ミデルの気になっていた飾り絵が、ただの飾りではないこと。
――姫様の双子である『妹姫』が、炎の姫を救済する力を秘めていると噂されていること。
――そして、ミデルの携えている、自称『炎剣』が姫様と強い関係性を持っている可能性が高いこと。
これらの情報をシナミアと確認し合った後、ミデルは言葉を紡ぐ。
「強力な情報源であることは間違いないが、冷静に考えてみればどこにでもいそうな何の変哲もないNPCから得られた情報だ。生き残っているプレイヤーの過半数がこれらのことを認知していると見るべきだろう」
「そうね。……それで、これからは第二城下塔へ赴くの?」
「ああ。てか、それ以外にねぇだろ」
第二城下塔には『妹姫』がいると聞かされている。
そこへ赴くのが当然と言えよう。
「お前には他の考えがあるのか?」
「……。いいえ。そこに行きましょう」
彼女はそう言うものの、どこか腑に落ちないような、懸念しているような表情に見えた。
「まぁ、とりあえず今はそこに行くのが得策だろうな。他に知っている場所があるわけでもないし」
ミデルも、心のどこかで腑に落ちない部分があるように感じられた。
シナミアの懸念するような表情が、分かるような気がした。
「『妹姫』が、炎の姫を救済する力を秘めているという噂、本当なのかしら」
「さぁな。正直、怪しい部分もある。それを調べるためにも、第二城下塔を確認するべきだな」
ミデル達がこのような思考になるのは無理もない。
――この二人しか見ていない『場所』があるから。
――『氷』を知っているプレイヤーは、この二人以外にいるのだろうか。




