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ヒーロー・ゲーム ~姫様を救う試験~  作者: {出見塩}
第一章 炎の姫
12/25

1:11 『水上村』

 「あの砂嵐は、姫様がいるところかね?」


 「そうだな」


 「天空から舞い降りし男女が二人――探し出して、彼らの秘めた情報を暴き出したい……確証のためにもな」


 「了解」


 細目の少年と、つり目の少年。

 この二人の髪の色が、どちらも緑色であることは記しておこう。


     ◇   ◇   ◇


 湖の中央に位置する村まで泳いだシナミアは、水を吸収した長い群青色の髪を絞り、できる限り乾かす。

 夕方の肌寒くなる頃、現実ならば風邪をひいてもおかしくないが幸運にもヒーロー・ゲーム内で体調を崩す機能は備わっていない。


 「危険ゾーン、ね」


 何となくそんな言葉を溢しなつつも、ここで突っ立っていても埒が明かないということで、眼前から領域が始まる村の方へと足を運ぶ。

 危険ゾーンというのは、城下町から然程遠くない村であることでプレイヤーが集いやすい場所になっているからだ。

 特に、何も着用していない今はプレイヤーの証拠である黒いタイツが露呈しているため、誰かに見つかれば狙われるのは必然となる。

 だがそれでも、離れてしまったミデルくんとの合流を果たさなければならない。


 目立たないためにも、まずは村のお粗末な狭い路地裏を選ぶ。

 と、壁に寄りかかって座る憐れな男性がそこにいた。


 「そこのお嬢さん……貧しいこの身にお金を恵んでもらえませんか――ぐあっ⁉」


 シナミアは躊躇わず、電子の産物である男の胸に矢を突き刺した。

 心臓の位置から流出する赤い血は、NPCであることを裏付けている。

 程なくして、その男性は絶息する。

 シナミアは暗殺した貧乏人の着衣していたコートを死体から脱衣し、自分のものにする。

 薄茶色のコートは深いフードも有しており、大きさは膝元まで隠すようになっている。

 これなら、自分がプレイヤーであることは一目瞭然ではなくなるだろう。

 一度辺りを確認した後、路地裏から身を乗り出した。


 「ミデルは……」


 黒髪少年の姿を求め、随所に備えられた黄色い魔法石によって照らされる夜の村を歩き回る。

 村とは言うが、その割には道を行き交う村人の数も多いし喧騒も響いている。

 道の両脇には住居の他に、果物を売る者や繁盛を窺わせる料理店も定期的に見受けられ、どうにも活発な村のように見えた。

 人混みならぬ、NPC混みに紛れて身を隠すこともできる。


 HP回復のために食料を奪い取ることもできるが、注目を集めたくない今は極力避けたい行動だ。

 『23』と記すHPバーもライフ損失の危惧を抱くほどでもない。


 「……どこに、いるのかしら」


 何分経っただろうか。

 時間は既に夜へと突入している。

 自分を助けてくれた少年の姿を求めて歩き続けるも、なかなか見つからない。

 そんな時、シナミアにこんな疑問が生まれた。


 「何故、探しているのだろう」


 あの少年と合流する必要は、実際はない。

 『本物の信頼』だって、この場で取り消すにすることができる。

 所詮、これはゲーム。

 プレイヤー同士を騙し合って競い合う、ヒーロー・ゲームだ。

 ミデルくんとの合流に時間を割る必要などどこにもない。

 どこにも、ないのに――、


 「…………」


 彼を探し続ける自分がいる。

 自分を助けてくれた少年を、置き去りにしてはならないと憂う自分がいる。

 また、会いたいと。

 自分でも理解できな心情に、シナミアは揺るがされていた。


 「……馬、ね。使えそうだけれど……」


 夜の村を30分は徘徊しただろうか。

 ミデルくんがこの村にいるかも怪しくなり始める頃、村へやってきた旅人が馬を停めるために設けられたであろう馬房の行列が目に入った。

 ここは村へ通ずる橋の一つに近いから場所的に腑に落ちる。

 五つある馬房の内、三つに馬が入れられてあった。

 この茫漠な世界にはとっておきの移動手段だ。

 ミデルくんとの再会が叶えば、またここに来ようと、そう思ったときだった。


 村の奥で、無数の悲鳴が木霊したのは。


 「――っ」


 何があったのかと、悲鳴が聞こえてくる位置が視認できるように移動すれば、


 ――遠く、赤く燃え上がる村の中で、緑髪の少年と剣を交えるミデルの姿がそこにあった。


     ◇   ◇   ◇


 湖の中央に位置する村まで泳いだミデルは、自分のHPを再度確認するなり危惧を抱いていた。


 「『7』か。流石に早く回復させねぇと危ういな」


 既に濡れた額に冷や汗をかきながら、今も落とさず肩にかけてあるままのポーチを開いて中にある黒石を取り出す。

 炎耐性が得られるため食するのを保留にしていたそれだが、HPがこうも低くては流石に食べた方が良い――しかし、


 「は? 食えねぇ! 何故だ……もしや、濡れてるからか?」


 かりかりと、氷をかじるように食べることが可能な石だった筈が、今では普通の硬質な岩のように歯で砕くことができなくなってしまっている。

 試食した時の記憶を探ると確かに乾燥して水分が全く含まれていないイメージがあったため、炎と縁が深いことも加味して濡れていることが原因ではないかとミデルは推測する。

 根拠の弱い推測ではあるが。


 「くそ、とりあえず……」


 即今でのHP回復は断念し、漠然とゲームの進行状況を把握しておくためリストマップを開いてみる。

 残り時間:22時間22分。

 プレイヤーの現在人数:17。

 ライフの平均値:1.8。

 遂にライフの平均値がミデルの保持する2ライフを下回ったようだ。

 シナミアと手を組んだことで始めの失態を挽回できている事実に少し安堵する。


 立体地図を見れば、世界の中心よりやや北の方に自分はいる。

 北西の方にある赤い点との距離を見れば、氷の蛇から天空で体を弾かれた際に、相当な距離を飛ばされたのが分かる。

 ちなみに、立体地図上に記された複数の地名があり――ミデルのいるところは『ヌぜルト村』。

 北東に『マルクス城下町』と、ミデルたちが一度足を運んだ北西の『蠢く薄茶の巨塔』などが記されてある。


 「シナミアとの合流と、とりあえずHPの回復が優先的だな」


 言い、目立たないためにも、まずは村のお粗末な狭い路地裏を選んで入る。

 と、壁に寄りかかって座る憐れな女性がそこにいた。


 「そこの君……貧しいこの身にお金を恵んでもらえませんか……?」


 頭上の屋根に吊り下げられたランタンの淡い光に照らされる彼女はどこか儚げだ。

 長い薄茶色のコートを着衣し、20代後半を思わせる女性。

 儚げだが、声はAIの言葉であると悟られるような、感情の籠っていない声音だった。


 「そのお金で、何をするんだ?」


 念の為に記しておくが、ミデルの背には今も『炎剣(えんげん)』が携えられてある。


 「食べ物を、買おうと思います」


 「どこで?」


 「ここの料理屋さんからです」


 彼女が寄りかかる壁――木材の大きめな建物を示してそう言う。

 丁度、その建物の中へ通ずる扉もすぐ右手側に見受けられる。

 料理屋、そして、ここが路地裏であることからして、察するにこの扉は料理屋の厨房へと通ずるのだろう。

 施錠されているかの確認のため、中の者に気付かれないよう静かにほんの僅かだけ引いてみると、確かに扉は開いて鍵はかかっていない。

 神からの恩恵――いや、ゲームクリエーターからの恩恵か、丁度HP回復のため食料が欲しかったところだからかなり運がいい。

 静かに扉を閉め、


 「この店から何を買う気なんだ?」


 「キノコシチューです」


 「ふっ」


 思わぬ因縁に思わず吹いてしまう。


 「ありがとな、誰かさん」


 「お金は……恵んでもらえないのでしょうか?」


 「すまねぇ、一文無しだ。でも、励ましの言葉なら恵んでやる……AI、良くできてるぞ」


 「え?」


 女性の疑問符をよそに、扉を静かに開けて中の様子を窺う。

 誰もいない。


 「じゃぁな」


 「あ……」


 戸惑いの声を漏らすものの、プレイヤーが視界内からいなくなるなり女性の瞳から感情の一切が払拭され、正面を向いて無機質な人形へと豹変した。

 無論、建物内に入ったミデルにそれを見ることはできないが。


 「――――」


 料理の香ばしい匂いが鼻孔をくすぐる。

 息を殺し、静謐な厨房の奥の方にいる、料理人と思われる人物の背後まで流れる風の如く音一つ立てずに接近した。

 こちらの存在に気付いていない憐れなNPC。

 『炎剣』を肩の後ろまで引き、彼の後頭部へ強烈な刺突。

 一瞬で途切れた人生(約8時間)に、料理人は声を出すこともできずに絶命する。


 「失礼」


 料理人の白いコックコートを脱衣させ、ミデルが着衣する。

 これで、傍目から見てプレイヤーであるとは分かりづらい。

 料理人がユニフォームを着衣したまま村を出回るのも注目を浴びそうな奇行ではあるが。


 「よし……これが、今流行りのキノコシチューか」


 幸い、厨房の中に他の者は誰もいない。

 一人しかいなかった料理人が倒れた正面、火を通されるキノコシチューが一杯に入った大き目なボール。

 肩幅ほどもあるそれを持ち上げ、そなまま口内へと滝の如く流し込む。


 「アガ、アグ、アグ、アガ」


 ヒーロー・ゲーム内には満腹の機能も備わっていない。

 三、四人前の量を大食い+早食いの巧技で一気に食していき、ポプポプというHPの瑞々しい回復音が心をも癒してくれているようだった。


 「――あ! 誰だお前!」


 あくまでも地面に倒れる仕事仲間にではなく、不法侵入したミデルへと声を上げた新たなNPCの登場に、ミデルは――、


 「あぶあがあは!――ゴホッ、ゴホッ……ぁ」


 発走。


 「シチュー美味しかったです許してください~!」


 路地裏へ飛び出し少し逃げたところで、シナミアとの合流のため意識を切り替えたのであった。

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