『勇者ごっこ』
囚われた姫を、勇者が救いました。
その一文から、物語を構築することができる。
決して難しいことではない。
適当に妄想しているだけでも、点と点が繋がり合って誰でも自分だけのユニークな一幕を作り出せることができるだろう。
例えば、姫とは何か。
勇者とは何か。
世界とは何か。
剣……竜……魔法……王……。
頭の中で、自分だけの世界が勝手に形作られてゆく。
迷いの森……悪の火山……無限の平原……闇の城……。
何でもいい。自由。
やがて完成された『冒険』を、読者は妄想という非現実的な形で体験し、味わい、堪能する。
――物語は、面白いものだ。
想像の世界を膨らませ、旅する勇者と共に冒険しているような感覚にすら陥るかもしれない。
自分が世界を救った勇者ではないのにも関わらずだ。
可憐な少女と恋愛をしたり、勇猛に剣を振ったり。
夢のような出来事を自分が実際に体験しているわけではないのに、何故か面白い。
『――プレイヤーの皆様は、試験場へご入室ください』
――だが、そんな夢のような体験が実際にできると言われればどうだろうか。
「おぉ……いかにも最新のテクノロジーって感じだな」
「緊張感がないわね、あなた」
「そうか? まぁ、確かに失格の代償は皆より小さいかもな」
ドーム状の広大な一室に、一人の少年と少女の声が反響する。
すぐに、後に入室してきた『プレイヤー』と呼ばれる者達のざわめきが上がり始める。
プレイヤーの数は二十人。
それぞれが呟く言葉は少年と少女が溢した言葉と似たり寄ったりだ。
少年の言う通り、眩しいくらいの白い光に満たされた『試験場』と呼ばれるこの部屋は、人類の最新技術が充分に行き届いている感じがする。
円状の空間は、端から端までざっと三十メートル程だろうか、かなり広い。
部屋の中心には『コア』と名付けたくなるような柱が一本。
周囲には、ガラス扉で隔たれた窮屈そうな部屋がドームの壁一帯にずらりと立ち並んでいた。
部屋の数は20つ程。
見れば、中央に屹立する柱から床に光を浮かび上がらせる電線のようなものが無数に広がっており、ガラス扉の一つ一つに繋がっているのが見て取れる。
まるでデータの伝達が行われているような外見だ。
『上部に自分の名称が綴られてあるルームまで移動をお願い致します』
頭上から、女性のものに似た電子的な音声での放送が流れ、部屋の一か所に密集していたプレイヤー達がそれぞれの場所へ散らばり始める。
少年も、先程まで会話していた少女と無言で別れ、足を踏み出した。
「さてと……」
数秒で辿り着いたのは、ガラス扉の前。
ガラス扉の上には、緑色の光で自分の名前が書かれてある。
自分専用の部屋だ。
正確には『プレイヤーズルーム』と呼ばれるが。
壁に張り付いた、本人証明のための小さな装置に手をかざす。
――シュュッ、と。
そこにあるか分からないほど透明なガラス扉が上に開き、中へ入る。
「本当に、この時が来るとはな……」
正面、高度な技術を限界まで詰め込んだのかと思えてしまうような装置が目に飛び込む。
一言でいえば、大きな椅子。
色は部屋の色と同じく白をベースとしており、淡く光る水色の線が数か所に入っている。
これから数時間、身を委ねることになる装置だ。
『召喚装置』と呼ばれるそれを目にしてやっと、少しの緊張感が胸を過ぎる。
少年にとって貴重であるこの瞬間にずっと感嘆していたいところだが、どうやらプレイヤーが『召喚装置』に身を委ねるまでの時間制限も設定されているらしい。
意識を状況に引き戻し、そそくさと『召喚装置』と呼ばれる椅子に腰を下ろす。
「ふぅ……」
座り、頭上にある装置を頭に被るように引き下ろす。
途端、白に支配されていた視界が真っ黒になる。
そして、真っ暗になった世界に、耳元に囁かれる音声と共に白い文字が小さく浮かび上がる。
『全プレイヤーの準備が整いました』
どうやら、自分が座るまで皆を待たせていたようだ。
思ってたより長く装置に見惚れていたのか?
ともあれ心の中で小さく謝罪する。
『神経通達ロックを発動します』
神経通達ロック。
簡単に言えば、脳から送られる電気信号を遮断し、体を動かせなくするものだ。
試しに右手を上げようとするが、上げられた感触は伝わってこない。
皮肉にも、熱や感触と言った感覚も遮断されてしまっているが……。
『ヒーロー・ゲーム終了時、又は脱落時に解除されます。身体への影響はないのでご安心ください』
白い文字が示し、音声が告げた言葉。
――『ヒーロー・ゲーム』
それは、王国に住む民の才能を判別することを目的として開発された『試験』。
正確には、王国内で有能な者と無能な者を離別させることで王国の発展効率を上昇させようとしている。
しかし、有能と無能を離別させることは深刻な貧富の差を生むことにもなる。
有能は贅沢し、無能は有能のために働き苦しむ、と言うことだ。
試験の対象者は十六歳――教育を終えた子供達。
ゲームと称呼されているが、遊びとして見る者はきっといないだろう。
ゲームのオブジェクトは至って単純。
――先に姫様を救ったものが勝者となる。
ただそれだけだ。
20人いるプレイヤー達は電子で作られた仮想現実の世界に『意識を転移』され、その世界にいる姫様を一刻も早く救出するために奔走する。
だが、『ヒーロー』となれる者は一人のみ。
行く手を阻むモンスターと戦いながらも、確実に、聡明な手段で襲い掛かる他プレイヤーにも細心の注意を払わなければならない。
制限時間は30時間。
長く感じられるが、一直線に走っても姫様は救出できないように世界が構築されている。
環境、仕組み、悪人、人や動物。
――ユニークな『物語』を孕むその世界は、プレイヤー自身が物語を体験する勇者となり、攻略しなければならない。
制限時間内に勝者が出なかった場合、もしくはプレイヤーの全滅がゲーム失敗の対象となる。
しかし、失敗したか成功したかは大した問題ではない。
『ヒーロー』が出るかで出ないかの違いに過ぎないからだ。
勝者は必然的に才能ある者として認められるが、他のプレイヤー達はゲームの成否関係なく、プレイに応じた批評を下される。
一ヶ月に一度行われ、度々数多の少年少女が新たな生活を強いられることとなる。
『第295回ヒーロー・ゲームの題名を公表します』
――来たぞ……。
音声と白い文字が再び紡がれる。
意味もなく神経質になって耳を澄ます。
『題名: ――炎の姫――』
――ふ~む……これはアツくなりそうだ。
無意識に洒落を飛ばしてしまった。
題名を聴くだけで変な緊張と高揚感が催される。
少しの沈黙を置いた後、
『十秒後に試験を開始いたします 10 9 8』
黒い視界に浮かんでいた白い文字はもう表示されておらず、音声だけでそう告げられる。
前触れがなさ過ぎて一瞬怯みかけたが、すぐに集中を立て直す。
『 7 6 5 4 』
緊張感がないと少女に指摘された筈なのに、今になって物凄い緊張を覚えてしまっている。
緊張――正確には、意識が焦燥を来している。
『神経通達ロック』がなければ、心臓が痛むほどの鼓動の速さになっていたことだろう。
『 3 2 1 』
なんか……怖くなってきたな。
徐々に朦朧となり始める意識のなかで、そんなことを思っていしまう。
『――試験を開始します』
――これが、残りの人生を左右する究極の遊戯、『ヒーロー・ゲーム』だ。
:)