チェンジ! ~ボクは妹の中に住んでいる~
「ねえ流月、ドキドキするよ~。
ちゃんとできるかな? 私、人前でしゃべるの苦手なのよ」
さっきから光流がうるさい。そりゃ、光流が人見知りなのは知ってるけど、関係なくない?
(光流、さっきから言ってるけどさぁ、人前に出るのはボクの方だからね? 光流は出なくていいんだからね? わかってるよね?)
「わかってるけど、握手会とかって初めてだし…。知らない男の子の手を握るんだよ? ドキドキするでしょ」
(男の子が来るとは限んないじゃん。それに、握手するのボクだよね)
「私にも感触あるのよ? ドキドキするじゃない」
(光流、頼むから静かにしててね。
握手会の最中にそれやられると、光流に戻っちゃうからね)
「それは、わかってる…けど…」
(ホント、頼むよ。ボクは立場が弱いんだからね)
「そんなこと言わないで! 流月は、私の大事な…(わかってるから。光流がボクを大切にしてくれてるのは。
じゃあ、いい? いくよ)
「「チェンジ!」」
ボクの名前は天野流月。光流は、ボクの双子の妹だ。
ボクらのお母さんは出版社に勤めていて、その関係でボクらは赤ちゃんの頃から子供服のモデルをしてた。
姉妹でそっくりだったから、片方が着替えしてる間にもう片方で撮影できて便利だったらしい。だから、モデルとしては2人で1人、月乃ヒカリの名前でやってる……やってた。
今、光流は15歳。来月から高校生だ。そして、ボクは永遠の小学生。11歳の時、交通事故で死んでしまったから。
ふと気が付いたら、ボクは光流の中にいた。
よく覚えていないんだけど、ボクは光流と一緒に学校から帰る途中で車に轢かれたらしい。
なんか、光流を突き飛ばしてボクだけ轢かれたんだとか。それで、光流は自分のせいだって毎日泣いてて、そしたら、ボクが光流の中にいたんだ。
最初は、光流が見てるものを見られるってだけだったんだけど、そのうち、ボクがヒカリの体を動かすことができるようになった。
光流は元々人見知りで、ボクが一緒だからモデルをやってた。だから、ボクが死んじゃったことで、もうモデルの仕事はやめるつもりだったんだけど、どうしてもやらなきゃいけなくなって、その時、ボクと入れ替われるようになった。
引っ込み思案で人見知りな光流は、自分はモデルには向いてないって思ってるんだ。
周りには、“モデルの時は流月を演じることで不安を抑えてる”って説明してる。ロングのウイッグをかぶって、青のカラコンはめて、「チェンジ!」って言って自己暗示かけてなりきってる。ってことにしてる。
ホントは、この「チェンジ!」は、ボクらが入れ替わるための呪文っていうか合図なんだけどね。お互いが入れ替わる気になって、「チェンジ!」って同時に言うことで、自然に入れ替われる。そうしないと、ボクが体をうまく動かせないんだ。たぶん光流の体だから、ボクは光流の許しがないと自由に動かせないんだと思う。
ボクらは、体の感覚はいつも共有してる。ボクは普段、なんていうか、体が勝手に動いてるみたいな感じで、光流の動きを感じるんだ。視覚も聴覚も、味覚だって触覚だって、生理の時の感覚だって伝わってくる。
だから、小6で死んだボクも、因数分解とか解ける。
数学や化学は、ボクの方が得意だから、テストの時とか、答えを教えてあげてる。
ただ、ボクが光流の中から話しかけても光流は平気なんだけど、ボクが体を動かしてる時に光流がわーわー言うと、体が乗っ取られる…光流の体だから当たり前だけど、光流に戻っちゃうんだ。
握手会の最中に、さっきみたいに光流が「ドキドキする」とか言ってると、光流に戻っちゃうかもしれないから、ああいうのはホント困るんだ。
(さぁ、行くよ。落ち着いて、静かにしててね)
(うん…)
ボクらは、中学の3年間、ローティーン向けのファッション誌でモデルをやってて、今じゃ月乃ヒカリの名は、ちょっとは知られてるって感じだ。
今回、初めてヒカリオンリーで写真集が出たから、発売記念イベントで握手会やることになったんだよね。
雑誌のモデルだから、読者とかファンとか、会うの初めてで、それでさっきから光流がテンパってるんだ。
握手会のお客は、ほとんど女の子だ。
まぁ、写真集ったって、この夏のトレンド先取り、みたいなやつだからね。水着は光流が嫌がるから入ってないし、男の人は買わないと思う。
光流、スタイルいいから、水着もありだと思うんだけどなぁ。ボクなんか、生理も来ないうちに死んじゃったから、光流の女の子らしい体型がうらやましいくらいなのに。中学でプールの授業がなくなって、光流ってばホントに喜んでたもんなぁ。
「ありがとうございま~す。これからも応援してね~♪」
にこやかにしてるのも、案外疲れるんだなぁ。
事前にサインを入れておいた写真集を買ってくれた人と握手するだけなんだけど、思ったより疲れる。
さすがに、買ってくれるのは中学生くらいの子が多いけど、中には高校生っぽい子もいるなぁ。まぁ、光流は発育がいいから、ちょっと大人っぽい服着たりもするしね。
あ、次、男の子だ。珍しい。
「ありがとうございます。男性なのに買ってくれたんですねぇ」
いや、正直、なんで男が買ってんだよとか思ったりもするんだけど。人気商売だからね、笑顔見せるくらい安いもんだ。
「やっぱり、天野…」
目の前の男の子がつぶやいたのが聞こえた。小さな声だったけど、確かに「あまの」って言った。ヒカリはボクら2人でモデルやってた頃から使ってる芸名だし、本名はどこにも公表してないのに。
顔を見るけど、見覚えはない。もちろん、学校中の男子の顔を知ってるわけじゃないけど、それにしたって、光流を知ってる人で、ボクが顔を覚えてない相手は珍しい。なにしろ、光流はそんなに友達多くないから。まして男子の友達なんていなかったはずだもの。
(ねぇ、光流、この人…(うそ、綾瀬くん!?)
え? 光流の知り合い?
(え、ちょっとかっこよくなってる! 私に会いに来てくれたの!?)
(うわ、光流やめて、それされるとボク、きついよ!)
光流は、このあやせ君とかって人に何かあるらしくって、興奮しまくってる。人見知りで引っ込み思案な光流が、家族以外のことでこんなにはしゃぐのは見たことない。
それはいいんだけど、今光流に騒がれるのは困るんだよ。体がいうことをきかなくなる。頭の中が光流の声であふれてて、耳鳴りまでしてきた。
あ、今、体がビクンってなった。かなりヤバい。
このままだと光流に戻っちゃう。今戻ったら、どうなるかわかんないよ。
(お願い、光流、落ち着いて! 入れ替わっちゃうよ!)
全力で頭の中に叫んでたら、光流が静かになった。
「綾…ごめんなさい、どこかで会ったこと、あった?」
危ない、もう少しで「あやせ君」って言っちゃうとこだった。光流に戻りかけてたなぁ。
あやせ君は、何か考えてるような顔してたけど、そのまま離れていった。怖いから、絶対そっちは見ない。また光流が興奮しだしたら、今度は止められない気がするし。
握手会が終わって控室に戻ると、ボクはテーブルに突っ伏した。
「あ~~疲れた…」
ボクの側で入れ替わりを防ぐのは、すっごく大変なんだ。
(それで光流、さっきのあやせ君って誰?)
(え、流月忘れちゃったの!? 綾瀬くんだよ!)
(だから、誰それ? クラスメートじゃないよね)
(4年生の時、転校していったじゃない。綾瀬颯真くんよ!)
4年生? ってことは、小学校の頃か。あ、でも、小4の時って、ボクと光流はクラス別じゃなかった?
(ねぇ光流、小4の時の光流のクラスメートだったわけ?)
(うん、そう)
(だったら、ボクは知らないんじゃないの? ボク、クラス違ったよね)
(あれ? …そうか、そうだったね。
あれ、でも、流月も何度か会ってなかった?)
(覚えてないなぁ。
あ、ちょっと待って! その綾瀬君がヒカリを見て「やっぱり天野」って言ったってことは、ヒカリが光流だって気付いたってことなんじゃないの!?)
(あ、そうかも…。どうしよう?)
(ウイッグとカラコンくらいじゃ、わかる人にはわかっちゃうのかも。学校での光流しか知らない人なら大丈夫だと思ってたけど)
実際、中学では、光流は目立たないおとなしい子だから、ヒカリが載ってる雑誌を読んでるクラスメートも、ヒカリが光流だなんて誰も気付いてない。むしろ、気付いてた綾瀬君がすごすぎる。5年も会ってなかったのに一目でわかるとか、どうなってんの。
あ…
(もしかして、綾瀬君って、光流のこと好きだったとか?)
思いついて訊いてみると
(え!? そ、そうかな…え、でも、それはないよ)
とかモジモジしてる。あ~、つまり、光流は綾瀬君が好きなわけね。もしかして初恋だったとか? ボクは聞いた覚えないけど。
まぁ、光流は自分からそんなこと言うタイプじゃないからなぁ。
(光流は、綾瀬君とは仲良かったの?)
(よかったってほどじゃないけど、男子の中では話す方だったよ)
(ん~、まぁ、今まで連絡なかったんだし、今更連絡も来ないと思うけど、またイベントとかあったら来るかもしれないよね)
(うん…)
あ、なんか嬉しそうだなぁ。
(もし次イベントで会っても、今日みたいに騒がないでね。あれ、ホントきついから)
(うん、ごめんね流月。あんまり久しぶりだったから)
この時は、これで終わりだと思ってたんだけど。
4月に入って、光流の中から高校のクラス表を見て、ボクは目を疑った。光流が喜んでるのが手に取るようにわかる。
出席番号1番の天野光流の次に、綾瀬颯真の名前があった。
ボクらの波乱に満ちた高校生活は、こうして始まった。
続編をアップしました。