真摯
彼女はこちらへときおり注がれる真摯なまなざしを十分に意識しながらしかしそれと気づかないふりのこだわりのなさで、フォークに刺したひと口大の牛肉をすっと口元に運ぶと、時を同じく彼の視線がひときわ無遠慮に唇へ向けられるのを見逃さない。にわかに耳まで火照ってくるのを知らないでいるわけにもいかず、きゅっと唇に力が入る。こういう目には慣れてるはずなのに、でもほんとうは慣れてないのかもしれなくて。だけど、今付き合っている彼がこんな不躾な目をくれたのはもういつのことだろう。嫌でも気づかずにはいられない、今では機械的になったあのひとの愛情の発露を、それが当たり前と思って諦めるように自分に言い聞かせるともなしに納得していたのが、こうやってふいに味わってみれば、彼女は自分にとっての当然の権利をみすみす手放してしまっていたと、フォークへ牛肉を突き刺しながらまたしても顔が熱くなるのと一緒に、胸まで弾んでくるのにちょっとした罪悪とそれを遮る愉悦にうっとりしつつ、舌へ載せた柔らかなそれから溢れる肉汁へ努めて意識を傾けながら、フォークを抜きとるまま上目遣いに年下の男を見つめると、彼もまっすぐなものを注いでくれている。瞳が合うそばから逸らしながら、びくっと嬉しいものが身内にながれるのを彼にはあくまで悟られないよう、何気なくフォークを置いたその手で赤ワインのグラスをやさしくつまみ口をつけると、その甘すぎない甘さが、今の気分をいやがうえにも高めるので、思わず笑みが浮かぶのを抑えきれない。そのはずみに、おいしい? と訊けば、彼は、おいしいです、と素直に答えてくれるのが、可愛くてしょうがなくて、いっぱい食べて、わたしいっぱい食べるひと好きなの、とわざと言っているのか、それとも媚がおのずと口をついてでるのか自分でもわからないまましかし淑やかに口走りながら、こころは照れと歓喜がないまぜにますます夢心地になってくる折から、どうしてもあのひとを思い出してしまう。べつにたいして年は変わらないのに、ただ年上ってだけで、やっぱり苛立つ。あのひとだって男振りは悪くないし、むしろお友達はこぞって羨ましがってくれるほどだけど。でもこの子は自分を慕ってくれている。それに。それだけじゃなくて、もっとこう、なんかこう崇拝してくれているきらめき。こちらにまで届くよいもの。これはあのひとには決してない。いつだって、どこか上から見下ろされているような、あの目。好きだけど、むかつく目。嫌な目。ううん、ちがう。あの冷たい目もほんとうは好き。だけど、この目も。そんなこと、思っちゃいけない。思っちゃいけないのに。でも許してくれるなら。だめ。でも。
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