潜入 3
ゼルセールの屋敷は想像していたよりも大きく、敷地もそれなりに広かった。
魔石で儲けた金で買ったのだろうか。
ガルパン鉱石で出来た真新しい屋敷が俺たちを出向かえる。
勿論、本人が出迎えたわけではない。
「護衛も、メイドも沢山いますね」
俺はグランに囁く。
怪しい魔術が行われている屋敷にも見えない。
そればかりか、近隣では若い者たちがかどかわしにあっているというのに、よくこの屋敷にこれだけの護衛やメイドが働いているのかと驚く。
彼らの魔石の色や、表情からして何も知らないわけでは無いとは思うが、それにしても多い。
「操られているのか、操られている事も知らずにいるのか。それとも金で首が回らなくなって身を捧げているのか。何にせよ、行くわよ」
俺は胸にある銀時計の場所を無意識に触りながら、屋敷を見渡すとグランの横に並んだ。
「ようこそ、お越しくださいました。歓迎いたします」
応接室に通されると、前にみた写真そのままのゼルセールが俺たちを出迎えた。
写真で見るより、さらに衰え、腹の肉がさらに下に下がっているように見える。
子悪党というよりは、醜悪さが顔ににじみ出ている。
グランの顔を見た瞬間、その膨らんだ顔にうずもれていそうな目を見張るとゼルセールは一層の笑みを浮かべながら立ち上がる。
グランを上から下まで舐めまわす様に眺めると、にたりと卑猥な笑みを浮かべた。
握手を求めてきたが、護衛の俺がグランの前に立つ。
誰が触らせると思っているんだ。
「歓迎、痛み入ります、ゼルセール様。私は、お嬢様の護衛を申し付かっております、護衛のジルと申します。まさか、婚約前のお嬢さまに紳士であられますゼルセール様が手を出すとは思えないのですが。旦那様が、心配性でして」
案に手をだすなよ殺すぞと脅しを更にかけようとしたところ、グランが俺の後ろからさっと前にでると、まるで貴族に向かって挨拶をするような綺麗なお辞儀をした。
「大変申し訳ございません、ゼルセール様。うちの護衛はまだ新人でして。ジル?下がって」
「…」
「ゼルセール様、お忙しいのにこのような機会を設けていただき感謝しております。
カルヴァン・ルシール・ロザリーにございます」
俺の行動に気分を害したのか、ふんっと俺を睨み付けるとグラン扮したロザリーに顔を戻した。
「今回は、婚約前の顔見せ。まぁ、よい」
「旦那様、お食事の用意が整ってございます。お客様もご一緒に」
後ろにいた若い執事が声を掛けてきた。
この屋敷には似合わない、えらく顔の整った若者だ。
銀髪というのも珍しい。
主人よりも目立ってんじゃねぇか。
俺たちは応接室を後にした。
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ゼルセールの屋敷に、カルヴァン家の令嬢がやってくる少し遡る事数か月前。
三つ編みの髪を揺らしながら、今日の仕事をせっせとこなしていく新人メイドを淡い金色の髪をした青年が眺めていた。
彼女は良く動く。
くるくると動く彼女を見ながら、よくやるなぁと思う。
適度に動き、気付いたらもう居ない。
「レオンは、またあの娘を見ているんですか?」
最近入って仲良くなった男が、両手に暖かいココアを持ってやってくる。
高台にある屋敷の為か、暦よりは少し早めの紅葉に屋敷の周りの落葉樹が黄色や赤に色付き始めた。
もうそろそろしたら広い庭一面に落ち葉が敷き詰められるだろう。
最近は、朝夕が特に暖かい物が飲みたくなるくらいの気温だ。
植物は生存の為に、役に立たなくなった葉を身体から落として冬を越すのだ。
「…あの娘…よく動くなぁと思ってみてるだけだよ」
前職は貴族だったのではないのだろうかと、疑ってしまうくらいの整った顔つきの男の手には二つ、暖かいココアの入った白い陶器のコップを手に持ちレオンの元へとやってくる。
淹れたてなのだろう。まだ暖かいココアからは、かすかに白い湯気が立っている。
…暖かい。
そう思って、受け取った暖かいココアの入ったカップを今度は片手ではなく、両手で包み込んでいると、くるくると働く娘が去った後を追うように、後ろから銀髪の執事がゆっくりと歩いてくる姿が映った。
あぁ、やっぱり彼女に目を付けたか。
レオンは執事が去っていった方向から目を逸らし、別館の屋上で、真っ青な空を眺める。
一度、見殺しにしてしまった娘を思い浮かべる。
あの時も、遠くから見ていた。
まだ、確信が持てなかったということもあるが、動くな。と言われていたからだ。
だから、見捨てた。
あの娘は、どんな顔をしていたかも、もう思い浮かばない。
「午後からの仕事も、頑張りましょうね。しかし、本当にここは何だか怪しげな雰囲気が漂っている、そう思いませんか?」
最近入ったこの整った顔の姿勢の良い男は、何故か入った時からレオンに話しかけてくる。
ニコリとほほ笑むが、その目はまるで笑っていない。
…こいつも、何者なんだろうなぁ。
どこから派遣されたのか、正体不明のこの新人は、よく見ると姿勢もいいし、顔も整っているが故に人目を引く。
だが、何故か、彼がひとたびレオンの元から離れると、あの男だとは分からないくらいに使用人の中に溶け込む。
まるで、幻術にでもかかったかのような気にさえなる。
レオンも最初はこの男がこの目立つ容姿を持っているとさえ気付かなかった。
二人になった時に声を掛けられて、初めて、この男の魅力はこんなところで働いている様な男ではないはずだと思ったのだ。
言葉使いも丁寧で、目立つと思うんだけどなぁ。
何とはなく、男も休憩や暇を見つけてはレオンの側に来るし、レオンも不思議と嫌な気分はしなかったからそのままにしておいただけの事だ。
最近の休憩は二人でこの別館の屋上でとることにしている。
辺りを一望できるこの場所は、下から見ると丁度母屋の影になり、目立たずに下の様子を確認出来るので、レオンは決まって暇さえあればここに来ていた。
そこに新人の男もやってきて、そのまま、休憩はここで。という暗黙の了解が出来てしまった。
飲み物を用意するのが男の役目で、昼飯を用意するのがレオンの役目という役割分担すら出来ている。
…恋人みてぇだな…
半分まで飲みほした、甘いココアを両手に持ちながら、なんだかなぁと無償に悲しくなってその場にうずくまる。
どうしました?と今度は本当に眼を微笑ませながら、男がレオンの顔を覗き込んだ。
「…お前が、女だったら俺は惚れていた」
少し驚いたように目を見開くと、男は爽やかにほほ笑んだ。
言われ慣れている、と言うかのように。
「それは、どうも」と。
この男を見ながら、今度は救えたらいいとレオンは先ほど去っていったよく働く新人メイドの事を思い出していた。
どうか、思い違いであってくれと。
今後、俺の前から誰もいなくならないでくれと。
祈るように、両手のココアを飲みほした。