潜入 2
遠くに放牧された家畜の姿がチラホラ見え始め、道の両側には緑色のまだ麦の身が成熟していない穂が風に揺れている、のどかな田舎道を突き進むと突如として白亜の城が目の前に現れる。
道の起伏と、のどかな森林とが重なりあって、いきなり城が目の前に現れたかのような錯覚を受ける。
途中にあったこの土地の街も、のんびりとしてはいるが活気があってここの土地の領主が良い人だということが伺い知れる。
アルとグランの知り合いだというから、とてもいい人なんだろう。
シルベスターは、先ほど立ち寄った街で買ったソーセージの挟まった気軽に手で食べられるホットドッグに被りつく。
外で食べる食事は最高だ。
「先ほど、一緒に食事をしたと思うのですが。いつの間に、買っていたのですか」
袋から、もう一つのホットドッグをアルに差し出す。
「食べたいなら、素直に言えばいいのに。ほい。運転変わる?」
「・・・・」
「いらないの?これ、ほいひいよ?ん!」
アルの口元に新しいホットドッグを差し出すと、アルは「口に物を入れて話さない」とかなんとかいいながらも、受け取って食べた。
「おいしいよね、これ」
もぐもぐしてたら、頭上の窓が開いて、グランが「私にはないの?」と呟いた。
顔を出してきたので、俺は俺の食べかけをいそいそと差し出す。
「ん!」
と、間髪入れずに前を見て運転していたはずのアルの右手が俺の頭を叩く。
「って!」
頭を抱えて、アルを見るとアルらしくもなく口にホットドッグを加えたままで、横目で俺に手綱を握れというそぶりを見せる。
仕方がないので、俺もホットドッグを口に加えながら手綱を握る。
「食べかけをお嬢様に差し出すとは何事か!このど変態が」
そういいながら、アルが加えていたホットドッグを、白い手袋が二つに割り、片方をお嬢様に渡す。
グランは笑いながら、食べかけでも全然いいのに。と言いながら
「アルは厳しいわね」と差し出されたホットドッグの片割れを美味しそうに食べた。
そうだ、そうだ。
食べかけでもいいのに!
むしろ、食べかけだからいいのに!!
そう思っていたらアルが「心の声が顔からダダ漏れていますよ」と冷たい目線付きで言われた。
変態と目線が訴えかけている気がするが、俺は断じて変態ではない。
健康なお年頃の青年なだけだ。
多分。
そんなやり取りを楽しみながら俺たちはアルとグランの知り合いが住んでいるという、城に着く。
城に住むくらいなのだから『獅子』もちの貴族なんだろう。
「綺麗な城だね」
目の前の荘厳な城に目を奪われる。
近頃のガルパン鉱石作りの建物ではなく、昔ながらの貴重な本来の石の壁にほぅと溜息がでる。
これだけでも相当な遺産だ。
城、というだけでも凄いが魔石が混ぜ込まれた貴重な石を使用した昔ならではの建築物に溜息がでる。
混ぜ込まれた魔石部分がキラキラと天然の光を受け、淡い光を微かに放っている。
魔石の、守護の魔法が練り込まれた光に俺は手を伸ばす。
相当な上位の『獅子』持ちの貴族らしい。
手のひらから、じんわりと暖かい熱が伝わる。
「すごいな。初めて触った」
「珍しいか?」
「うん。知識はあるんだけど現物は初めてだ。首都にはないだろ?」
「ええ。現在の首都中央の王家の城も一部が残るだけですからね」
「戦火に巻き込まれなかった、数少ない城なのよ」
グランが城の上の方を見上げながら呟いた。
王家の城も戦火に巻き込まれていなかったじゃないか。と言おうとして思いだす。
…そうか、石喰いの虐殺が行われていた、と。
高貴な一族、石喰いは王家の城に監禁されたのだ。
現在も首都の俺たちの街の中心部から少し離れた位置に聳え立つ王家の城を思いだしながら俺も城の上の方を見上げた。
淡い守護の光を放つ城のてっぺんが、青い空の向こうまで届く様な気がした。
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「よく、いらした」
俺の目の前には、よほど久しぶりの再会が嬉しかったのか涙ぐみながら迎えてくれた紳士がいた。
俺らが部屋に案内された時に身体を起こしたのか、ベッドの背もたれにフカフカのクッションを支えに上半身を起こしてはいるが、身体の中の魔石の光から相当弱っている事が伺えた。
がっしりとした体躯から、昔は騎士として名を馳せていたのかもしれないなと思う。
「将軍、こちらがシルベスターです」
アルが、俺を紹介する。
俺は、貴族の前でするという敬礼をしながら「シルベスターです!」と言った。
「面影が…よく似ている…」
敬礼をした後、俺の顔を見て一層涙を浮かべ、何故か将軍が、そう呟いた気がするが俺はこの紳士は知らない。
俺の親でも知っていたのだろうか。
そう思い、聞こうとしたらアルが俺の前にでて来て「将軍…」と紳士の涙をぬぐう。
「はっはっは。アルベルトから涙をぬぐわれるとはな。ワシも歳をとった。最近、涙もろくていかんな」
アルベルト?アルベスターじゃなくて?
疑問が顔に出ていたのか、グランが「アルのあだ名だよ」とニコリとほほ笑む。
「アンゼリーゼ様も、よくいらっしゃいました。一段とお綺麗になられましたな。アルベルトはあなた様の役に立っていますかな?」
「ええ。毎日とても助かっています。大切な私の家族です」
ほう、家族。それはよかったと将軍は少年のように笑った。
執事が再びメイドと共に姿を現し、俺たちにお茶を勧めた。
グランの勧めでアルが将軍を支え、将軍も席に着く。
俺に家族がいたとして、おじいさんが生きていたとしたら将軍みたいな感じなのだろうか。
その後、俺たちは他愛のない話しをして、その和やかな時間を楽しんだのだった。
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「ねぇえ?明日、あのカルヴァン家のお嬢様がこちらに来てくださるんですって?」
「そうらしいな。だが、まだ正式な婚約が決まったわけじゃない。大人しくしてくれよ?」
「やぁねぇ。この私がぼろを出すわけないじゃない」
赤い唇を妖艶に舐めながら、女が男の顎を指で撫でる。
「でも、何しにくるのかしら」
「無駄なあがきをしに来るんだろう。今更、あの額をどうにか出来るわけがないだろう?」
「でも、逃げられちゃうかもしれないわよ?」
「だから、逃げられない様に、すればいい。折角こちらにいらしてくださるんだ。こちらも、歓迎してやらねば」
「あら、悪い顔しちゃって」
くすくすと笑いながら女は手元にあるグラスを傾ける。
琥珀色の飲み物の中には、宝石のような輝きを持つ綺麗な石が光輝いている。
女はその石をカリッと噛むと味わうように舌で転がせ嚥下する。
「随分、慣れてきたね?」
男はそう言うと、自分も側にある女の飲み物に入っていた石よりは更に大きな塊を口に加えカリッと噛み砕くと、女の唇へと顔を近づける。
男の口に加えた石を、女が舌でからめ捕り嚥下するとそのまま男と唾液を絡ませた。
ねっとりとした糸が離れた唇からこぼれ落ちた。
シルベスター。君の妄想は受け取った。