潜入 1
白石の外壁に囲まれ、王宮騎士団が警備の目を光らせる中、王宮の通常、よほどの用がなければ入れない王族専用の入口に一人の従者を連れた女性が姿を現す。
王宮の女性に似合わず、質素で落ち着いた色の服を着ているにも関わらず、二人の醸し出す雰囲気に仕事に忠実な騎士団たちでさえも、目を追ってしまう。
新入りの騎士団員が、入れてしまっていいのですか?と聞くと、あれは特別な者たちだから覚えとけ。と囁く。
彼らを見ても何も見なかった事にしろよと、通り過ぎた後の二人の後ろ姿を見ながらベテラン騎士団員が後輩に教えた。
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本日からの俺のお仕事は、『まほうや』の雑貨店店員ではなく、ゼルセール様のお屋敷にお嬢様である、グランを送り届け護衛をすることである。
『まほうや』は仕入れの為に喫茶店共々、お休みを頂いている。
魔法学園卒業の為、護衛の任務などにはついたことはないが、まほうやに来た頃からアルにしっかりと剣術や身を守るすべを習っている。
当初は、アルは俺を殺し屋か何かにするつもりなのか?
もしくは、俺はこのままアルに殺されて、やっぱりまた路地に捨てられる運命なのかとも疑ったが、生きて成長した今では感謝している。
大人の男が3、4人。いや、もっと大勢の有志がまとめてかかってきても、何とかなる自信はある。
そもそも、騎士団でもないアルが何故あんなに凄い技や知識を会得しているのか、謎な事は多いのだが、グランもアルも存在自体が不思議なので俺は深くは追及せずにいる。
俺自身も、誰だか分からないのだから。
世の中、不思議な事や謎な事は追及せずにおいたほうが幸せなのだ。
世の中は不思議で溢れている。
それもまた、楽しいじゃないかと俺は思う。
それに最近は更に体力作りに磨きがかかっている。
身体の方も、以前より更に引き締まり、筋肉に磨きがかかっていると思う。
引き締まった身体はそれなりに自信があるのだが、風呂上りにグランに見せつけようと思い、上半身裸で風呂場から出てきても、アルもグランも「風邪をひくから上着を着ろ」としか言ってくれない。
アルはいいとして、グランには、なんらかの反応を示してほしい俺は悲しい限りである。
いや、もしかしてアルの身体を見慣れているから、男は皆、素敵な肉体美を持っていると誤解しているのではないだろうか。
ありえる。
俺は知っている。そもそも普段からあまり服を乱さないのだが、一緒に行う手合せや体力作りの際はシャツ一枚でやってくる。
一緒にシャワーを浴びる事もある。
ここに来たばかりの頃は、アルのようになってやると必死に筋肉を鍛えたものだ。
そうか…俺の肉体を見て何も反応も示さないのはアルのせいなのか。
じゃぁ仕方がないのかもしれない。
俺は日々、まほうやで売る、恋に利く魔法の粉や、乙女の祈り、集中力を高める指輪や、まじないのかかった可愛い雑貨まで。
それらの制作にも力をいれているが、それだけでは、この悶々とした己の欲望が収まってくれない。
若いのだから許してほしい。
アルがよく口にする、青少年の扉は既に開いているのだ。
学園を卒業してからというもの、俺の欲望に磨きがかかって自分でもヤバい奴なんじゃないかと思う。
今日だってもう、妄想が止まらない。
あー。その可愛らしい、ほんのりピンクの可愛い唇に、俺の欲望を流し込んでやりたい。
現在の俺の目の前には有名な魔法高等学園の清楚な制服を着たお嬢様が座っている。
白を基調とした清楚な制服。
ひざ下までのスカートたけから見える、お嬢様の綺麗な脚。
窓の外をそっと眺める菫色の綺麗な澄んだ瞳。
いつもは無造作にまとめられているシルバーピンクの髪も、本日は清楚なお嬢様姿らしく、ストレートでまとめられ、まるでそこに天上の天使が舞い降りてきているかのよう。
「んっ・・・シルベスター、こんなところで…」
俺は我慢できずに、お嬢様の唇に軽いキスをする。
いつも平常心のお嬢様の顔が、ほんのり赤く染まり、恥じらいを込めた目で俺を見つめる。
突然の事に驚いたのか、菫色の瞳が潤んでいる。
揺られている馬車の中、俺は恥ずかしさから背けるお嬢様の顔を優しくつかみ再度、唇に優しく口づけをする。
「好きです。グラン」と言いながら、何度も何度も角度を変えて軽いキスを降り注ぐ。
甘い吐息が重なり合わさった唇からどちらともなく、漏れていく。
あの、お嬢様が俺に喘ぐ。
それだけで、俺の心が満たされていくのが解る。
そっとお嬢様の手が俺の背中に回される。
そんな可愛い顔をされたら、軽いキスで満足なんて出来るわけがない。
「んっ!」
可愛らしい声が漏れるが、更に喘ぐ声を聞きたいと、
更に、欲望を流し込むべく己の舌をお嬢様の口の中へからませた。
舌の侵入に驚いたのか、抱いているお嬢様の肩が、軽くぴくっと動いたのが解る。
唾液が絡まり、くちゅくちゅと卑猥な音が狭い馬車の中に響き渡るが俺は更にお嬢様の舌に己の舌を絡ませていく。
「細部まで、味あわせて?」
自分でも驚くほどかすれた声が出てしまう。
お嬢様の吐息が俺の顔をくすぐる。
俺の目に、お嬢様の白い首筋が見える。
何て可愛らしい。何て美味しそうな。
お嬢様の舌や可愛らしい口の中を細部まで堪能し、唾液を絡ませ満足すると、俺は舌をお嬢様の首筋に這わせていく。
ぴくっと更にお嬢様の身体が動く。
「あ…やっ…」
ほんの少しのお嬢様の動きも封じると、更に首筋から鎖骨へと舌を滑らせ俺はお嬢様を堪能する。
もっと喜ばせたい。
もっと、お嬢様を味わいたい。
本当なら、最後までしたい。
「お嬢様、殴ってもよろしいでしょうか…」
控え目ながら、怒気を含んだアルの声が…
え?
アル?
気付いたら、馬車が止まっていた。
え?
アルは馬車を動かしていたんじゃなかったでしたっけ。
え・・・?
あれ?
ゆめぇぇぇぇぇぇ????
狭い馬車の中で盛大に妄想を繰り広げた俺は、盛大にアルに怒られ、馬車から追い出されたのだった。
何ということでしょう。
天使の格好、もとい清楚な普段とは違う制服姿のグランを見て、つい本人を目の前に盛大な妄想をしてしまった。
変態じゃねぇの、俺。
あぁ、俺、本当、ヤバいんじゃない?
欲求不満すぎるんじゃない?
怒るアルの端に、顔を真っ赤にしながら悶え笑うグランの姿が見えた。
どこまで、俺の妄想が漏れていたのか気になる所ではあるけれど、グランが軽蔑したり怒ったりしていなければいいか。
笑ってくれていれば、いいかなと、アルの小言を聞きながら思った。
本当、軽蔑されなくてよかった。
俺、変態だよなぁ。
少し反省した。
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魔法屋のある都市部からゼルセールの家がある街までは、馬車で行くと半日はかかる。
むしろ魔法の粉を利用して、全速力で走った方がおしりも痛くならないし、早いと俺は思う。
「あれ?アル、道、違ってね?」
ゼルセールの家のある街に行くには遠回りに進んでいる気がする。
先ほどの妄想事件があって俺は現在アルの隣に座らされている。
そもそも、護衛騎士が従者席ってのは傍からみて、変に映らないのだろうか。
「この道で間違ってないですよ」
「え、でも。あれ?」
本来なら、先ほどの道を真っ直ぐに行くべきだ。
「せっかくの休日で、しかも遠出をするんです。少し知り合いの顔を見に行くことにしたんです」
「アルの?」
「ええ、私の知り合いですが、お嬢様の知り合いでもあります。だいぶお歳を召して、最近は外に出ていらっしゃらないと伺っていたので。丁度よいかなと。ロザリー嬢の件に関しては、調整がすんでますし、ゼルセールの家には明後日到着する旨も伝えてありますから」
「へー。グランの知り合いって珍しいな」
「そうですか?まぁ、基本的にお嬢様は外に出たがりませんからね」
「確かに。基本、まほうやにいるもんな」
グランは基本、いつも『まほうや』にいる。
買い物も、アルと俺が基本している。
相談部屋で本を読んでいるか、雑貨店の売り物を作っているか。
「あれ?でも、本屋にはよく行くよな」
そうですね。とアルが笑う。
「本屋巡りはお嬢様の趣味ですね。変わった魔法の本や、古い文献なんかは特に。昔から、お嬢様は同年代の方よりも身の回りの品にお金を使うよりは、本を集める事が好きでしたね」
趣味と実益を兼ねて、敷地内に小さな図書館まで作っているからな。
そして、たまにふらりと王立の魔法学園の研究棟まで繰り出していたりする。
魔法と本の事になると、意外に行動的だが、それも月に2、3回だ。
若い女性にしては少ない気がする。
学園を卒業して暇もあることだし、今度グランを誘って何処かにデートに行こうかな。
「…お嬢様をデートにでも誘おうかな。とか思っていませんよね」
・・・・思っていました。
え、なにアル、こわっ。
若干引いた目でみるとアルが溜息を付く。
「童貞の考える事はお見通しです」
そろそろ、童貞ネタを止めてほしい。
「まぁ、でも、お嬢様の健康の為にもいいかもしれません」
よし、誘おう。
「ただ、お嬢様が外出するとき必ず私も行きますから二人でデートするという妄想は残念ながら止めておきなさい」
ニコリと整った天使の様な顔で、満面の笑みを俺の方にアルが向ける。
あー。
アルの背中に黒い羽が見える気がする。
まぁ、そうですよね。
知っていました。
アル、風邪とかひかないかな。
「因みに、私は健康には自信があります」
アル、俺の心の中、読むのすげぇな。
俺は二人っきりのいちゃいちゃデート妄想を泣く泣くあきらめた。
調子が悪かったのは、マウスでした。
所で、王立騎士団長と少女の恋愛物語←大好物。を深夜遅くまで読みふけり
次の日仕事に繰り出したら、午前中まで乙女脳で隣に王立騎士団長が甘くささやき
もう、午前中、仕事どころではなかった。
乙女脳、ヤバい。