それぞれの『獅子』-シルベスターの憂いー
「アル―。ちょっと調べてはみたんだけど、このお嬢様ん家、少し変なんだよなー。」
金髪の頭を掻きながら、シルベスターがアルにほいっとまとめた資料を渡す。
『獅子』の称号といっても上から下まで様々だ。
今回、相談してきた貴族のお嬢様は、ただの『獅子』の称号しかもっていない家柄なので貴族と言えども平民と変わらない。
ただの『獅子』もち貴族には、故に収める土地は存在していないはずだった。
先日、『まほうや』の稼業の一つである貴族御用達の相談窓口に、憂いを秘めた目をしたお嬢様がやってきた。
お嬢様は良いお年頃らしく、魔術で有名な名門の高等学園の制服で現れた。
花の盛りの、何をやっても楽しいお年頃だというのに、カルヴァン家のお嬢様は沈んだ雰囲気を纏っていた。
『まほうや』の稼業の一つの貴族御用達の相談窓口は、週に一度、喫茶店の別館のお菓子の家の様な可愛らしい部屋で行われる。
喫茶店は締まり、グランとアルが担当する決まりだ。
勿論、紹介状がなければ相談窓口には来られない仕組みになっているから、誰もが相談できるという訳ではないし、完全予約制だ。
だが、そこは平和な昨今。
完全予約制、紹介状必須といえども、アルとも直接話せるとあって貴族の若き女性たちの間ではアルお目当ての高貴な対面お茶会。なんて日がほぼ大半を占める。
相談窓口の長であるグランはそれでいいのか?とシルベスターが聞いた所
「滅茶苦茶儲かっているから、それはそれで大変有難いし、私の仕事が減るから大歓迎よ!!」
とガッツポーズしながら仁王立ちしていた。
我が従者に一遍の悔いなし!
と言いながら、右手を天にあげていたりもしたから、グランにとっても良いことなのだと思う。
その言葉はどうかとは思うが。
或る時、シルベスター担当の日も作ろうか?と、グランから誘われたが丁重にお断りしておいた。
雑貨店の担当だけで、もうお腹はいっぱいなのに、これ以上仕事を増やされたら俺の命はない。
ましてや、色めきだっているお嬢様やお姉さま。御婦人の方々と対面で会話など、俺に出来るわけがないし、ごめんこうむりたい。
俺が対面でずっと話していたいのは、もちろん、グランだけだからだ。
雑貨屋でも、頬をほんのり赤く染めながらわざわざ俺に話しかけてくるお嬢様や奥様がいらっしゃる。
可愛いし、綺麗だとは思う。
思うがそれだけだ。
魔法屋の雑貨の話題で盛り上がったり、今流行っている世間話も勿論楽しいし、面白いと思う。
接客業に向いていると我ながら思うし、充実もしている。
だが、抱きしめたいとは思わないし、毎日声が聴きたいだとか、手を握りたいだとか、それ以上の俺の欲望が動くのはグランだけだと分かっている。
あのシルバーピンクの髪にキスをしたい。
グランの事を考えてしまわない日がない。
自分でも思うが俺はまだ子供なんだとも思う。
自分で自分の欲望がうまく抑えられないもどかしさを、現在は身体を鍛える事に費やしている。
だって考えても見てほしい。
毎日、抱きしめたい女性が目の前にいて一緒に生活もして、風呂上りの姿をさらされてみてほしい。
健全な二十歳の俺の身体がヤバい。
俺は、どうしたらいいんだ!
教えて!神様!
シルベスターの青年の悩みが、ほんの少し声に出ていたのかアルが
「神様は、そんな邪な悩みになんぞ答えている暇はないからな。」
と、渡した資料を見ながら辛辣に言う。
俺の思考がダダ漏れだ。
恥ずかしいが、アルだからいいか。
「シルベスター。青年の悩みダダ漏れの所、悪いんだがちょっといいか」
また、声が漏れていたらしい。
「カルヴァン家の財政状態もみたい」
俺はにんまりとほほ笑む。
情報は小出しにした方がいいのだ。
ほいっと第二弾の財政状態が詳細にわかる書類を渡す。
「なるほど」
少し上を見ながら考え込むのはアルの癖だ。
「シルベスターは童貞なんだな」
は?
え?
今、そんな話していましたか?
固まった俺に再び色気を帯びた神の審判の声が響く。
「童貞。なんだな?と確信をした。おめでとうシルベスター君」
何がめでたいのだ。
「実は高等学園で相当モテたらしいし、卒業後も雑貨店でシルベスター目当ての女性が沢山いたので、確認させて頂こうかと思ったが」
何の確認だ、アル。
「卒業後の君の行動と、先ほどの君の呟きで確信した」
だから、何を。
「おめでとう、シルベスター。未だ童貞の君だ、その青年の悩みは君を成長させるだろう。よかったな」
「い、いや!!ちょっ!!ちょっとまて!」
ん?反論でも?
と振り向きざまの冷たいアルの視線が突き刺さる。
いや、口元は満面の笑みだが目が怖い。
何故、童貞だとバレた。
いや、問題はそこではなく!
「ど、童貞じゃ!なっ!ないんだからなっ!!!」
顔を真っ赤にしながらシルベスターが叫ぶと同時に部屋のドアが開きグランが丁度
入って開口
「童貞じゃないの?」
と、外まで聞こえたわよと普通の顔をして入ってきた。
いや、待て。俺の尊厳はどこに。
いや、待て、そうじゃない。
俺の童貞・・・・
「いや!童貞だ!グラン!俺の童貞はグランに捧げるんだからな!!」
涙目になりながら真実の告白をするシルベスターに、満足そうに隣のアルが頷いた気がした。
頷かないで。
だろうね、って納得しないで。
俺がいたたまれない。
「…アルが」
え?
「アルがね、お嬢様の様な耳年増な女性は童貞はダメですっていうの」
はああああああ!!!??????
「だから、アルがね、私には童貞は重いんですって」
はぁぁぁぁぁぁぁあ?????
再度、言う。
「はぁぁぁあああああああ?????重くて結構!!童貞でいいじゃないですか!!誰の者でもない俺を!染めてしまえばいいじゃないですか!」
「女性の様な事をシルベスターはいうのだなぁ。面白いな、青少年の悩みと言うのは」
「いや!アルの所為だからな!!!」
「なるほど、染められるのね。私」
頬をほんのり赤らめながら顔に手を当てつつトロンとした目が潤んでいるように見えるグランが呟く。
ちょ!!
「誰に何を染められるんですかっ!グラン!俺は許しませんよ!」
「残念だったな、青年。グランは染めるよりも染められたいんだそうだ」
え!そうなの?
「もう、アルったら!」
いや、ちょっと、可愛すぎる顔やめて。グラン!
ってまって!
童貞だってやるときはヤレるからね!
おろおろしているシルベスターを後目にアルとグレンはソファーに座り、今までのやり取りなぞなかったかのように、カルヴァン家の内情を話し始めている。
「まって!置いてかないで!俺もまぜて!!!」
急いで主に心の体制を立て直し、シルベスターも仕事の顔に戻るのだった。
童貞、ダメなのか?と、一抹の不安を心に秘めながら。
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相談内容はこうだ。
カルヴァン家の一人娘である、ロザリー嬢には婚約者がいた。
『獅子』の称号を持つ貴族ではなかったが、両親ともども仲の良い関係で、ロザリーの高等学園の卒業を待ち、結婚しようとしていたという。
婚約者との関係も良好で、騎士学園に通う好青年なのだそうだ。
しかしである。
先日、突然の婚約破棄。
それも、カルヴァン家から。
当然、ロザリーは父親に意見するが、父は話しを聞き入れず泣く泣く婚約を破棄。
それでも、彼とロザリーの想いは変わらず、ロザリーも彼の事を信じて疑わなかった。
両親の了承がなくとも、昨今、結婚できるようにと法律が変更されている影響も大きい。
しかし、ロザリーの父親は勝手に次の婚約を娘に結ばせようとしてきたのだという。
「それが!この!まるまると太った、見るからに子悪党の、ゼルセール様です」
バン!と音を立てながら、壁にゼルセールの写真を貼る。
「うわっ!きも!」
グランが引く。
「お嬢様、きも!ではなく、気持ち悪すぎて反吐がでる顔ね。ですよ」
アルがグランの言動を正すが、正されてはいない。
しかしながら、グランの発言も頷ける。
彼は既に、結婚している身であり、かつ、ロザリー嬢よりも20も年上なのだから。
「『獅子』もちではないのに、何故、この男に自分の可愛い娘を、しかも第二夫人という立場で捧げるのかしらね。人って、本当、落ちると落ちるところまで落ちるわ」
「で?カルヴァン家だけでは、ないのよね?」
そうなのである。
残念ながら、このゼルセールの餌食になった御令嬢はまだいるらしい。
『獅子』もちのカルヴァン家だから、この『まほうや』に相談にきたのだが、調べた所、どうやら餌食になってしまった御令嬢は、数多くいる。
今回の相談により新たな嫁ぎ先のゼルセールに関して調べた所、所々で怪しい噂が出てきたのだ。
両親のいない御令嬢や、借金のかたに売られていった御令嬢など。
このゼルセールの家がある土地の近隣の街では、年頃の若い女性が姿を消す事件が多発している。
ロザリー嬢はその事件の事は知らないまま相談に来たのだが、裏の『まほうや』稼業の方では話題になっていた案件だったのだ。
「戦争で儲けたにしては、規模が大きいのが気になるわね。まぁ単純に簡単に儲けられるとしたら…」
「魔石。でしょうね」
「そうね」
魔力を少しでも持つ、魔物や、人、植物、動物は、魔石を身に宿している。
それを具現化できるのは「石喰い」だけであるのだが、実はとある魔術を使用するとその具現化がほんの少しではあるのだが、可能になるのだ。
人命転換
人の命で持って、魔石を取り出す魔術である。
犠牲になる人の命は、若いか、もしくは心が成熟している者ほど、綺麗な魔石が取り出せる。
魔石にその人の心が反映されるからだ。
若ければ若いほど、石が澄んでいる事が多い。
だが、若いだけでは綺麗な石にはならず、ほぼ同じ色の石が出来上がる。
一番綺麗な色を作り出すのは、思春期にあたる年齢の者に多いと言われている。
複雑で、沢山の色が混じり合う事で、複雑で神秘的な石になる。
不安定な思春期の心情がそのまま石にも反映されるというわけだ。
そして、石喰いが取り出す際の魔石は、大きく、更に命を奪う訳ではなく、魔力のみを取り出せるが、この魔術は人2人で一つの、しかもほんの小さな魔石が生み出されるという非効率なものである為、滅多に利用はされない。
魔石は高額で取引されるモノではあるが、人命を二人も奪ってまでは。という事である。
「でも、なんでこのロザリー嬢が狙われたのかしらね。そもそも、人命転換の秘法を利用して魔石を生み出し利益を出しているなら、別にロザリー嬢じゃなくても今まで通り、事件性にもならない者を攫って来ればいい話よね」
調べた財政状態は確かに酷いものだったし、借金のかたにとられるというのもうなずけるのだが…。
「そもそも、もしロザリー嬢を贄にする気なら、婚約などせずに借金のかたという理由で侍女にでもなんでも出来た気がするんですけど」
「シルベスター黒いわね」
「…土地が欲しかった。という事も考えられはしますが…」
そういえば・・と、アルが資料を見ながら目を細め、更に目を見張る。
そして、地図と資料を交互に見つめた。
「あら?カルヴァン家は土地もちの『獅子』なの?」
「いえ、本来であれば領地のもたない『獅子』のはずなのですが」
確かにカルヴァン家は底辺の貴族であるにも関わらず、土地を持っている。
持ってはいるが、大戦の影響と土地の整備の問題で、土地の権利が複雑に絡み合い、一見しただけでは、カルヴァン家が土地を持っているとは分からない仕様になっている。
資料を順番に、アルとシルベスターで順を追って並べていく。
グランは静かにその様子を眺めていた。
そして、アルが順に白い手袋をはめた形の良い指で、順に地図に丸を書いていく。
売られた日と転売された者の名前も同時に記入し、最後にアルはとある国の最果てである、とある地方の北部をトンとたたいた。
『アルカザイル』
グランとアルが低い声で同時にその北部の地方の名を呟く。
アルの指が示した場所は、先の大戦で一番被害が出た場所だったと言われ、現在もそのままの状態で放置され、人など住める様な状態でないと聞く。
「アルカザイル…石喰いの…墓場」
そう、そうなのね。
とグランが低く呟いた。
シルベスター君の思考がダダ漏れ。おかしいなぁ、本筋のストーリーをただ進めたいだけなのに何故にこうなるのだシルベスター。
君が悪い。