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休憩室では、皆、近場で売っていたという宝石の様な青い石の付いたアクセサリーを各々見せ合っている。
似たような石が各々付いているが、指輪やネックレス、ブレスレットなど様々でしかもそれぞれデザインが異なっている。
アルベルトが作った物に似ているが…アルベルトが売ったのか?
俺の胸にもアルから貰った羽の形をしたブローチが存在感を放っている。
先日、アルベルトに皆キラキラしてるな、の話の後、大事な話があると言われ何かと思ったら、これを俺にくれたのだ。
「あら、レオンも買ったの?珍しい!さては、レオンもとうとう好きな人が出来たのね?」
調理場で働いているミラが笑顔で近付いてくる。
「?」
「あら、違うの?」
貰ったとも言えず、無言でうなずく。
「あら?本当!レオンのは少し違うのね」
ミラは自分の指輪と俺のブローチを見比べながら首をひねる。
「そうか?」
「ほら、ここの所。どこで買ったの?」
買ったわけでは無いので、無言で目をさまよわせているとミラが噴き出した。
「あぁ、買ったわけじゃないのね?なるほど!だから私のとは違うのね!」
照れ隠しに頭を掻きながら目を逸らす。
「俺には同じに見えるが…」
「ここよ。この部分」
ミラは自分の指輪の青い石の周りの部分を指さしながら俺のと見比べる。
「はー。これだから男は。ほら、全然違うでしょ?こっちは明らかに台座にくっ付けましたって感じだけど、その石、実は本物じゃないの?くっ付けたわけじゃなくて魔方陣か何かで石自体が宙に浮いているもの」
「は?」
「ほら、ちょっと外してよく見てよ」
胸からブローチを外し石の部分を見つめる。
確かに、石が何処にもくっついていない・・・。
ちょっと貸して、とミラがブローチを俺の手から奪い光にかざす。
確かに、ブローチの台座のどこにも石がくっ付いておらず光にかざすと更に濃い青い光を放つ石は宙に浮いている。
「なんだこれ!?どうなってるんだ?」
石から目を離すとミラに詰め寄る。
「何よ、レオン知らないの?」
「知るわけないだろ、こんなの見たこともない!」
ブローチおろか、アクセサリー類何ぞこの方実は買ったことも身に着けた事もない俺にそんな事が解るはずがない。
「台座にくっ付いてない石は、効力が凄いのよ。ただ、石を浮かせる魔方陣ってそれだけで凄い物だから、まず本物の石でしか使用されないわね。それに、この光を当てて更に濃い光を放つ石なんて…それ、彼女からのプレゼントだとしたら、本当に高いから大事にしなさいよ?多分、物凄く高いわよ、それ…一見偽物だと思うような加工が何故かされているみたいだけど…」
「…これ、そんなに凄い物だったのか…」
「確かよ!私、こう見えて宝石類には強いのよ。調理を扱う女が何言ってんだと思われるかもしれないけど、ここを出たらアクセサリー屋を開こうと思っているくらいなんだから!」
確かに綺麗だなぁとは思ったが、そんなに凄い物だとは思わなかった。
「アクセサリー屋…」
「そう!ここ、ほら、怪しいけどお給料はいいじゃない?私、特技がアクセサリー作りなのよ。だから、絶対お給料ためてお店を開きたくて」
「へー」
「だから、わざわざお給料の良いここに短期間だけど働いているってわけよ」
「その、お給料が良いってのは噂かなんかになってるのか?」
「そうねぇ、その界隈じゃあ有名かもね。だから皆、良くない噂も聞くけどここに働きにきてるんでしょ?レオンもそうじゃないの?」
「あぁ、そうだな」
「まぁ、その良くない噂が…まさか人が居なくなるって事だとは思わなかったけどね…」
「…」
やはり、働いていると分かるよなぁと、複雑な顔をしているとミラが困った顔をする。
「大丈夫よ。いなくなっているのって若い子でしょ?私は多分、対象外よ」
「いや、ミラも充分若い」
本心だ。確かにいなくなる新人のような若い子ではないが、ミラも充分若い。
「ありがとう。まぁ、私ももう少ししたら辞めようとは思ってるし、大丈夫よ。一か月に二人。しかも、多分恋する乙女が狙われやすいっていう噂だし。その点、私は恋に恋するって時期でもないし。それに、さらわれているって訳でもなさそうだし」
「…そうなのか?」
「ええ、そうよ。聞いた所によると、いなくなった人たちは皆、ちゃんといなくなる前に辞めるって事を所属長に伝えていたらしいのよ」
「そうなのか?」
「そうらしいわよー。だから安全って訳じゃないって言いたそうな顔してるわね」
そりゃそうだ。
本人が言わなくても、誰かが偽装することも出来る。
「でも、確からしいのよね…。実は私、わりとそういう噂疑う達だから、真実が知りたくなってちょっと周りの人にも聞いてみた事があるんだけど…その辞めた子の周りの皆にも、幸せそうな顔でちゃんと辞めるっていってたって言うし。噂は噂で、事件性はないのかなって。…まぁ…でも、辞めすぎだとは思う…それに、そう思う人が私の他にもいるからこう、嫌な噂が流れているんでしょうし…」
「いなくなっているの、ここに勤めている奴らだけじゃないんだろ?」
「そうなのよねぇ…下町でやっぱり若い子がいなくなってるって話なんだけど…」
「だけど?」
「・・・だけど、それもお金に困っていたっていう話があるとかで、そんなの一昔前だったらどこにでもある話だし、借金踏み倒して違う街でやり直すって事も今の情勢だったらあり得ない話しでもないしね…」
「まぁ、確かにな」
「でも…まぁ気を付けるって事にやり過ぎはないから…レオンも気を付けなさいよ?」
「俺は大丈夫だよ。強いしな」
にやりと笑いながら、腕の筋肉を見せつける。
「俺は大丈夫だとして、ミラは気を付けろよ?」
「あら、大丈夫よ、これがあるしね」
と、ミラは身に着けている指輪を見せつける。
「指輪?」
不思議そうな顔をしていると、あら?とミラが首をかしげる。
「ブローチ貰った恋人から聞いてないの?違う種類なのかしら…」
「?」
「これ、実は付けていると二割増しの魔法にかかるのよ。それと、これ身に着けていると人さらいからは二割減に見えるらしくって」
「は?」
「いや、だから、よく解らないんだけど、御守りになるらしいのよ」
「へええええ」
「あ、胡散臭いと思ったわね」
ばれていた。
「確かに胡散臭いんだけどね。でも、なんだか楽しそうじゃない?それに、これ買う時に売っていた金髪の可愛い坊やが、何か月か皆で付けていてくれたら宣伝になるから安くしてあげますよっていうから」
ふふふとミラが思いだし笑いを始めた。
楽しそうで何よりだ。
そして、売っていた奴はアルじゃないのか。
…金髪の可愛い坊やって…少年、とかじゃなさそうだな、ミラの言い方からして・・
無言で身に着けている指輪に目をやると苦笑しながらミラが「まぁ、レオンの恋人から貰ったその高価な品物とは違いますけどねー!!」
は?
ななな?
「な!…か?!彼女!?」
彼女だって?!
「何よ、今更照れないでよ。さっきまで普通にしゃべってたじゃない!え、何よ!こっちまで真っ赤になるじゃない!」
囃し立ててきたミラが、顔を真っ赤にして慌て始める。
「いやいやいやいや!!」
「何よ、違うの?」
「!!」
いや、違うというか!何というか!
真っ赤になっているであろう俺を、落ち着きを取り戻したミラが面白そうに見ながら、ずいっと俺の胸に高いと言ったブローチを差し出す。
「まぁ、その人が恋人だとしても、そうでないんだとしても、よ?レオン。これをあなたに贈ったその人は、あなたを、とても!大切に思っているはずよ!」
溜息を付くと下から俺を見上げ、一気に言い切ると、ミラは面白いもの見たと呟くと満足げに去っていく。
「上手くいったら、ちゃんと紹介しなさいよー」と、遠くから付け足すのも忘れない。
お蔭で、その場に残された俺は、皆の注目を浴びる事になり、真っ赤になっているであろう顔を隠しきれず、いや、隠せずにその場に両手でブローチを持ちながら慌ててその場から脱兎のごとく、その場を去ったのだった。
…俺を、大切に、思っている。
ミラの言ったその言葉と、アルにこのブローチを貰った際に、再度言われた言葉を思い出しながら…。
「以前、魔法のお菓子を差し上げた際に言いましたが。
これは、その言葉の私からの証明です。
このブローチはきっとあなたを確実に守ってくれます。
再度、言わせてください」
普段笑っていないその奥の目が、俺に向けて優しい光を帯びて煌めいていた。
「レオンに。私の勇気と幸運を、差し上げます。あなたは一人ではない。私が必ず貴方を守ります。ですから私にも、あなたの少しの勇気と幸運をください」
アルベルトの形の良いその唇から、俺の心を揺さぶったあの言葉を。
その魔法の言葉をアルベルトは俺に、再び告げると形の良い手に持った俺が褒めた、綺麗だと言ったブローチを俺の胸にそっと付け、再び煌めく様に優しく俺に笑いかけた…。
その、眩しいほどの光景が、俺の脳裏を占領して何故か無償に今すぐアルベルトに会いたくなっていた。
目的地などなく、その場から逃げだしたその足で。
アルベルトの元へと、今すぐ会いたいと。
嘘だ。
これが恋じゃなくて、何だというんだ。
俺はもう、彼に恋している。
いや、恋とかもう、そんなもんじゃない。
俺は、あれに、人として、惚れている。
泣きそうになりながら、ブローチを握りしめた。
ちょっと主人公(なのかは甚だ疑問になってきたが)の言葉使いに迷う所があって、章ごとに違う言葉使いをしていたのを直し全部変えました。
言葉使いだけなので大筋はそのままです。
全部消してしまっても良かったのだけれども、見逃してください。




